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579 水の異変


「嬢ちゃん、助かったぜ……」

「モドキがこんな場所にまで出るなんて……」

「ああ、積み荷が……」


 フランによって救助された5人の船員たちが、地面の上で呻いていた。水を飲んだ者もいるが、命に別状はないだろう。


 最も年嵩の船長が、沈みゆく船を見つめながら嘆いている。


「積み荷は、水にぬれたらダメな奴?」

「穀物類はヤバいだろうな。ただ、緋水薬だけはどうにか回収しねーと。足りてないって話だからよ。頑丈な箱に入ってるし、無事な瓶もあるだろう」

「緋水薬?」

「最近開発された、緋水草から作る薬さ。風土病に効くのは今までの錠剤と変わらんが、水薬にすることでより効能が高まってるらしい」


 あの船には、その新薬が積まれていたそうだ。


「薬の引き上げは冒険者に頼むことになるだろうな……。魔獣の少ない場所ならいいんだが」


 それはどうだろう。今はモドキのおかげで他の生物が逃げたらしく、気配は感じられない。しかし、少し時間が経てば戻ってくるだろう。


(師匠)

『行くか?』

(ん)


 今なら俺たちでも取りに行けるからな。


「その薬は、どこにある?」

「え? 舷側の倉庫だよ。ちょうどモドキの野郎が張り付いていたあたりだ」


 船長が指差すのは、右舷側を下側に向けて沈んでいく船の、左舷側に開いた大穴だ。


 あそこなら問題ない。むしろ大きな穴が開いていて、入りやすいだろう。まあ、沈む理由の半分くらいはあの穴だけど。残り半分は、船体のいたるところにできた亀裂である。モドキの触手のせいだった。


「ちょっと待ってて」

「あ、お嬢ちゃん?」


 驚く船長に軽く手を振って、フランは再び飛び出す。


「薬を回収する」

『まて、まずは船体その物を収納できないか試してみよう』

「おお、なるほど」


 それができれば一番早い。しかし、船体を収納することはできない。多分、船内に生物がいるんだろう。人間じゃなくても、魚や鼠がいるだけで次元収納に仕舞うことはできなくなる。


「無理……」

『仕方ない。俺が呼吸を担当する。フランは水魔術で移動を頼む』

(分かった)


 狭い船内を探索するなら、フランが自分で動く方が小回りが利いて安全だろう。


 フランはモドキによって開けられた穴から船内へと飛び込んだ。中はすでに水が入っており、半分くらいは水没している。


 フランは半ばほどが水に浸かった木箱の上に降り立つと、倉庫の中を見回す。


「どれ?」

『うーむ……』


 魔法薬だと聞いていたので魔力感知を使ってみたが、上手くいかない。


 この部屋の水全体から、微量の魔力が感じられたのだ。もしかしたら、緋水薬の瓶が割れて、中身が水に溶けだしているのかもしれない。


 ただ、なんか変なんだよな。何が変なのだと言われると困るんだが……。


『仕方ない。箱のラベルを確認するしかなさそうだ』

「ん」


 まだ水に浸かっていない箱を確認していくが、緋水薬はない。いや、こうなったら箱を全部収納していって、後で確認した方がいいだろう。


『とりあえず収納しまくろう』

「わかった」


 そうして、積み荷の回収を始めたんだが、水中に入ったフランが、すぐに水から上がってしまった。


 焦っているというほどではないんだが、やや驚いたような顔をしている。


『どうした?』

「……魔術が変」

『変?』

「なんか……少し上手くいきすぎる」

『どういうことだ?』


 詳しく話を聞いてみると、自分の想定よりも魔術の出力が高いらしい。細かいことだが、10センチほど動こうと水を操作すると、目算よりも数ミリ進んでしまう。


 普通なら気にならないのだろうが、修行によって高い魔術制御力を得たフランは僅かな違和感に気付いたらしい。


『何か緋水薬以外にも魔法薬が漏れ出ているのかもしれん』


 危機察知が働いていないので毒ではないだろうが、少々不気味ではある。さっさと回収を済ませて、ここを出よう。


 フランを残して俺が水中に入り、パパッと積み荷の収納を済ませた。


 俺も水魔術を使ってみたが、確かに違和感がある。どうも、発動した水魔術がおかしいというよりも、操作する水自体に問題があるようだ。やはり何らかの魔法薬が溶けだしている可能性が高い。


 もしくは水に溶けてしまったモドキの影響だろうか? それもありえそうだった。


『ともかく、さっさと脱出しよう』

「ん」


 転移を使って、一気に湖岸まで戻る。その姿を見た船長たちが、安堵の表情で駆け寄ってきた。


「無事だったか! 薬は引き上げればいいんだ! あまり無茶するな!」

「へいき。それよりも、荷物を持ってきた」

「なに? いや、今のは転移……。もしかして時空魔術を使えるのか?」

「ん。ここに出していい?」

「あ、ああ。頼む」


 すでに船員の中でも元気だった者たちを選抜して、セフテントに向かわせたらしい。救援はすぐに来るだろうということだった。


 ただ、フランが木箱を積み上げていくと、船長の顔がドンドン変化していく。最初は喜び。次に困惑。そして焦った表情となり、最後は驚愕である。


 時空魔術はレベルが低いと、効果が非常に弱い。それこそアイテムボックスが小箱サイズでもおかしくはなかった。


 船長としては、緋水薬の入った箱だけを見つけ出し、回収してきたのだと思っていたのだろう。だが、俺たちは全ての積み荷を回収してきてしまった。


 30近くの木箱を目の前に積まれ、喜びを通りこしてしまったらしい。


「これでいい?」

「あ、ああ……。あり、ありがとうよ」


 メッチャ困っているな。それでもお礼を言ってくれるとは、いい人だ。


 ただ、俺たちにもどうしようもないんだよね。今は生徒の護衛を引き受けている最中だ。緊急事態だったので離れはしたが、できるだけ早く生徒の下に戻らないといけない。


 本当はセフテントまで荷物を運んでやりたいところだが、それでは護衛失格なのだ。


 ああ、戻る前に、気になっていたことを聞いてみた。水魔術の違和感についてだ。ただ、船長もよく分からないようだった。少なくとも緋水薬以外の魔法薬は積んでいなかったらしい。


 となると、モドキの体液説が有力かね? ああ、緋水薬そのものが原因ということもあり得るな。


 ただ、薬が足りていない今、実験のために分けてくれとは言えん。


 あとで詳しそうな人――ジル婆さんあたりにでも聞いてみるか。


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