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575 再びセフテント

 学院を出発して3日目の夜。


 校外サバイバル実習一行は、予定通りにヴィヴィアン湖へと到達していた。


 2日目の食糧調達のための亀狩りや、ゴブリンの大群の襲来など、それなりに大変ではあったが、それも教師陣からすれば想定の範囲であったらしい。


 例年通りだと笑顔で語り合っている。


 それに対して、生徒たちの顔には濃い疲労の色があった。長旅というだけではなく、戦闘をしながらだしな。


 しかも2日目の夜は野営をしなかった。


 夜通し進むのが危険な森林地帯は仕方なく野営を行なったが、夜間行軍が可能な平原では車列を止めずに夜通し走り続けたのだ。


 それもまた経験ということなんだろう。


 護衛役の生徒たちは交代で仮眠を取ったはずであるが、非常に眠そうだ。もっと過酷な条件だったはずの教師陣が元気なのは、ステータスと経験の差だろう。


 フラン? フランは元気だよ。何せウルシの背中で仮眠を取っていたし。勿論、魔獣が近づけば起きられる状態で。


 ウルシは進化したことによって今までよりも眠りが不要になっており、数日間は寝ずに活動できる。まあ、眠ること自体が好きなので、いつもは普通に眠っているけどね。


 今回のような場合は頼もしかった。実際、出発から一睡もしていないんだが、元気いっぱいなのだ。


『またセフテントに戻ってきたな』

「ん」


 魔術学院一行が天幕を張っている場所は、セフテントの町の隣である。外壁などがあるわけじゃないんだが平らに均されており、野営をし易そうな場所である。毎年ここを拠点として、ヴィヴィアン湖で調練を行うらしい。


「みんな眠そう」

『あれで護衛ができるとも思えんな』


 眠気を堪えた護衛役の生徒たちが、何とか歩哨に立っているのが見える。あれじゃあ、目の前を不審者が通り抜けても見逃しそうだった。後で確実に怒られるだろう。


「キャローナ、今の危なかった」

『あの真面目な娘が居眠りするところなんて、初めて見たぜ』


 居眠りというか、寝落ちって感じではあったが。大きく舟をこいだ瞬間に、その勢いで目が覚めたらしい。慌てた様子で周囲を見回し、異常がないことに安堵している。


 実は、野営地の周りに大地魔術で壁を作ろうかと提案したんだが、ウィーナレーンに却下されてしまった。


 疲れた状態での野営や護衛を経験することも、この校外実習の目的であるらしい。


 壁があれば生徒の緊張感が欠けるだろうし、多少は魔獣が姿を見せてくれないと生徒たちの戒めにもならない。


 スパルタではあるが、一理あるだろう。


 俺たちにしてやれることは、精々大物が現れないように周囲を見回ることだけだ。町のそばなのでそうそう大物が出るとは思えないが、たくさんいる獲物の匂いに引き寄せられる可能性はあるだろう。


 ただ、それも必要なくなりそうだった。


「師匠、たくさんきた」


 町から野営地に向かってくる冒険者の一団が見える。30名ほどはいそうだった。


『セフテントの冒険者たちだ。学院に護衛として雇われたんだろう』

「ジルがいる」

『本当だな。ギルドマスター直々にお出ましかよ』


 先頭は、小柄な老婆だ。しかし、その身から発せられる魔力は、一流魔導士のそれだった。若手からベテランまで揃っている冒険者たちの中に在っても、最も強いだろう。


 セフテントのギルドマスター、ジル婆さんだ。冒険者昇格試験の模擬戦相手をフランに頼んできた人物でもある。


 その姿をウルシの背から見下ろしていると、フランが視線を虚空へと向けた。だが、そこに存在しているのは、夜の闇だけだ。


『どうした?』

「精霊がきた」

『なに?』


 フランの言葉の直後、何もない闇の中から湧きだすように、薄ぼんやりとした光の塊がその場に現れた。ボウリングの球サイズで、光の強さは豆電球くらいだろう。


 敵意は感じない。


「フラン。天幕に来てくれる?」

「わかった」

『なるほど、精霊の可視化ってやつか』


 精霊を使役するにあたっての最大の利点は、その隠密性である。しかし、それだと不便な場合もあった。


 例えば今のように伝令として使う場合だ。緊急時に人を誘導したりする場合や、敵などに警告をする場合なども、目に見えない状態の精霊では難しい。


 そこで、精霊が誰にでも見えるように可視化する術があるそうだ。精霊使いであれば誰でも使える技術だという。ただし、遠くに自分の声を届けるような真似は、上級の精霊使いにしかできないそうだが。


 今、ウィーナレーンが精霊を通して声を届けてきたが、かなりの高等技術であった。アレッサの町にいた頃、ギルドマスターのクリムトが同じことをやっていたが、実は凄い難しいことをやっていたらしい。


 精霊の後に付いてウィーナレーンの天幕へと向かうと、外に出ているウィーナレーンとジル婆さんが、挨拶を交わしていた。


 その周囲の冒険者の中には、昇格試験の時に見た顔もいる。ただ、フランに殺気を飛ばしていた少年はいないようだった。まあ、護衛依頼中に変なことに煩わされたくはないから、その方が都合はいいだろう。


「今年もよろしくお願いいたします。ウィーナレーン様」

「ええ。今年もお願いね」


 握手をしている2人。一見するとジル婆さんの方が経験豊富で偉そうなんだが、実際は逆である。ジル婆さんの言葉の端々に、畏怖と尊敬が込められているのも分かった。


「明日から水練を行いたいのだけど、状況はどうかしら?」

「さすがウィーナレーン様。すでにご存知でしたか」

「精霊が教えてくれるから」

「このところ、湖に異変が起きております。いつものようにはいかないかと……」


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