571 新たな決意
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
学院にやってきて10日。
フランは教官として恐れられつつも、生徒としては学院やクラスに馴染みつつあった。
生徒たちとすれ違えば挨拶を交わし、その日に模擬戦の予定があればお手柔らかにと懇願される。味が多少は改善された食堂で食事も一緒にするし、授業中には互いに足らない部分を教え合う。
フランも学院の生活をそこそこ楽しんでいるようだった。
授業に関しても、居眠りしっぱなしというわけでもなかった。精霊に関する授業や、魔術に関する授業など、フランの興味を引く授業がいくつかあったのだ。まあ、興味がないと居眠りだけどね。
俺だって、最初はフランを起こそうとしたんだよ? だが、俺の呼びかけを無視して眠り続ける術まで編み出しやがったのだ。その執念に、俺はフランを起こすことを諦めた。あまりうるさくすると、フランが学院を嫌いになりそうだし。
それに、つまらない授業以外にも、不満があるようだった。
『ここは学院なんだし、そうそう本気で暴れられないのは仕方ないだろ?』
「……ん」
「……オン」
この1週間ほど、ほとんど本気で力を振るえていないことで、フランもウルシもかなりフラストレーションが溜まっているらしかった。
最初の数日はまだマシだったのだ。各クラスへの紹介時に、多少は発散できていた。だが、その後は生徒との模擬戦以外ではほとんど戦闘ができていない。
町の外だったらフランとウルシでじゃれ合うこともできたんだが、町中ではそんなこともできない。学院の訓練場を借りれないかと思ったが、これもまた難しかった。
本気を出してもあまり迷惑がかからない外のグラウンドは、だいたいどこかのクラスが使っている。そして空いている時間は、フランは授業を受けているのだ。
放課後はどうかと考えたが、その時間はサークル活動で埋まってしまっていた。戦技研究会とか大火力愛好会とか、物騒な名前のサークルばかりだけど。
冒険者として町の外に出ることは不可能じゃないが、町のすぐそばには大した魔獣はいなかった。だが、遠出するほどの時間はない。
『それに、明日からは校外サバイバル実習だ。魔獣やなんかを倒す機会もあるさ』
「ほんと?」
『……絶対じゃないけどな。それに、町の外に出たら、ウルシと模擬戦をしたっていい』
「おおー、なるほど」
「オンオン!」
『だから、次の模擬戦で力加減を間違えるなよ?』
「ん!」
「オン!」
実は、特戦クラスなどの数クラスは、毎年この時期に校外に出て訓練を行うことが恒例になっている。
場所はヴィヴィアン湖の畔が予定されていた。水練も行うことができるということらしい。
この国に住んでいる以上は一度は訪れておく方がいいだろうし、あの巨大湖を訪れることは国外からの入学者にとっても得難い経験になるだろう。
フランは引率教官側として参加することになっていた。
(楽しみ)
『護衛も兼ねてるんだからな?』
まあ、ヴィヴィアン湖周辺の冒険者も雇われるらしいから、そうそう生徒が危険な目に遭うこともないだろう。生徒自身もそれなりに強いんだしな。
移動には馬車を使うらしく、行きに3日。滞在3日。帰還に3日となっている。
『それが終わったら、教官の仕事も終わりだ』
「ん……」
『なあ?』
「なに?」
『フランが残りたいんだったら、学院に正式に雇われるっていう手もあるぞ? いや、生徒として入学したっていい』
フランにとっては初めての学院生活だ。それどころか、これだけたくさんの同世代と接することも初めてだろう。
もしフランが学院に対して居心地の良さを感じているのであれば、残ることだって選択肢の1つだった。
だが、フランはフルフルと首を横に振る。
「……いい」
『本当にいいのか?』
「ん。ここは楽しいけど、冒険者の方が楽しい。それに、ここにいたら強くなれない」
『でも、知識は得られる。それは遠回りかもしれないけど、強くなる手助けになるぞ』
「それでも、いい。進化の話を聞いて、思った」
『授業のか?』
「ん。ホリアルの話。あれを聞いて、みんなも進化できるようになったらいいのにって、そう思った」
このみんなというのは、自分以外の黒猫族のことだ。今までも、フランは黒猫族のことを想って戦ってきた。
自分だけではなく、黒猫族全体にかかった呪いを解く。
どうやらホリアルの授業を聞いて、今一度その想いを確認し直し、強いものとしたらしい。
『覚悟は、できてるんだな?』
「もちろん」
黒猫族の呪いを解く。それは茨の道などという言葉が生温く感じるほどの、苦難の道となるだろう。
黒猫族の力だけで、脅威度S以上の邪人、もしくは邪神の眷属を倒す。それが条件だ。
しかし、現状ではフラン以外に戦いに参加できそうな黒猫族はいなかった。
獣人国の黒猫族たちはすでに鍛錬を開始し、邪人たちを狩り始めているだろう。だが、それが実を結ぶまではかなりの時間がかかるはずだった。
しかも脅威度S以上の邪人と戦うには、パワーレベリングで得たハリボテの強さでは不足だ。経験を血に、修練を肉に、全てを己でつかみ取った芯のある強さでなくてはならない。
黒猫族たちがその域に達するのはどれほど先になることか。
となると、フラン単独か、仲間を探すしかない。最弱と言われ、進化を封じられている黒猫族。しかし、キアラという例外が存在していたのだ。彼女は、闘神の寵愛というエクストラスキルのおかげであれだけの強さを得たらしい。それと似たことが他の黒猫族に起こっていないとも限らない。
だが、いるかどうかも分からない相手だ。それだけに頼ることなどできるはずがない。
「もっともっと、強くならなきゃならない」
『ああ、そうだな』
結局、仲間と一緒に挑むにせよ、独りで挑むにせよ、フランが今以上に強くなることは試練の達成には必須なのだった。
 




