55 トリックスターの恐怖?
蜘蛛の群れを前に闘志を高めていると、情けない悲鳴が聞こえた。
「うわーっ! た、助け!」
「リーダー!」
「クラッドの兄貴!」
すでに解放されていた冒険者A、Bがメチャクチャ慌ててるな。
おおう。クラッドが糸でグルグル巻きにされて、蜘蛛の巣にお持ち帰りされそうになっている。毒状態ではないが、麻痺状態だ。あれは結構ピンチだね。
『助けてやるか。ウルシは冒険者たちを』
「オン」
「ん。――ファイア・アロー!」
魔術で蜘蛛の糸を焼き払う。
「あちちち! 熱いっ!」
あ、炎が糸を伝って、クラッドに巻きついていた糸まで燃え上がったな。ちょっと髪の毛に引火しちゃってるけど、死にはしないだろう。
「アオォォォォォン!」
そして、ウルシの放った漆黒の矢が、冒険者たちの周辺にいる蜘蛛を倒す。蜘蛛たちに恐怖心があるのか分からんが、ウルシの強さを感じ取って、後ずさりしているのが分かる。
まあ、人間たちの反応の方が凄まじかったんだが。
「うわぁぁ!」
「な、なんだこいつっ!」
「ひぃ! この魔力は……!」
「オ、オニキスウルフ?」
「ばか! もっと強い!」
「こんなのがいるなんて聞いてないっ!」
「くそ! みんな落ち着くんだ!」
ただでさえランクEの魔獣に手こずっているのに、遥かに格上の魔獣が現れて、パニック状態である。
「いや、待て! アマンダ様だ!」
「それに、あの狼の背中! お嬢ちゃんがいるぞ!」
「ええ?」
どうやら気づいたようだな。これで、クルス君たちから攻撃される心配もなくなった。よしっ。このまま、宿敵トリックスター・スパイダーも――。
「中身ぶちまけて逝きなさい!」
ドガシュッ!
「フランちゃんに酷いことをした報いを受けさせてやったわ!」
アマンダの鞭が、トリックスター・スパイダーを粉々に砕いていた。あれは魔石も粉々だな。
まあ、瞬殺ですな。そりゃあ、トリックスター・スパイダーの脅威度Cは、罠改造スキルの厄介さによるものだよ? ステータスだけだったら、脅威度D程度の能力だろう。でもさ、あんなあっさりやられてしまうとは……。
『え――アマンダ、さん?』
「え?」
俺は思わずアマンダに念話を送ってしまった。
「あっ!」
そして、アマンダがこちらを向いて、「やっちゃった!」っていう顔をしている。
さっきアマンダには俺が魔石を吸収するって教えたんだ。いや、トリックスター・スパイダーの魔石を譲ってくれるって、約束してた訳じゃないんだよ? でもさ、なんか暗黙の了解っていうの? 譲ってくれるんだろうな~って勝手に思ってたわけだよ?
いや、ちゃんと約束してなかった俺が悪いんだけどさ……。
「さ、さぁ、この調子で他の蜘蛛もやっつけるわよ!」
あっ、誤魔化しやがった!
「さあ、フランちゃんも!」
……仕方ない。今は蜘蛛の殲滅が優先だ。
「ん、やる」
「グルゥ!」
『こうなりゃ自棄だ!』
火魔術の連打で一気に焼き払おう。
そして、魔術の乱舞が始まる。アマンダの風魔術が天井の蜘蛛たちを巣ごと切り刻み、ウルシの闇魔術が壁の蜘蛛を正確に穿ち、俺達の放つ火魔術が蜘蛛を広範囲で焼き払う。あと、フリーオンも参加したようで、蜘蛛たちに蔦が巻付き、締め上げている。
圧巻だな。特にアマンダの暴風魔術は、数発で天井にいた全ての蜘蛛を倒してしまった。あれがアマンダの本気か。それでいて、冒険者たちには一切の影響が出ていない。制御も完璧なんだな。
「アマンダ、さすが」
「あらー? フランちゃんに褒められちゃった!」
うん、褒められて照れる姿は全然強そうには見えんけどね。
床には、蜘蛛たちの残骸が散乱している。大分ボロボロだけど、中には使える素材もあるだろう。魔石も、探せばあるかもしれない。
『ウルシ、魔石を探すんだ』
「オフ」
せめて、トリック・スパイダーの魔石を確保しておかねば。ウルシに頼んで、魔石をいくつか確保しておいてもらう。鼻が利くからか、次々と魔石を探し出すウルシ。
しかも、影の中に魔石をしまい込めるみたいだ。影潜りの応用みたいだな。便利だ。
「お二人とも、その、その狼は……」
クルスくんたちが恐る恐る近づいてきた。なんとか無事みたいだが、何人かが辛そうにしている。猛毒が回り始めてるみたいだ。
『フラン』
「ん。――アンチ・ドート! アンチ・パラライズ!」
「おお! 助かったぁ!」
フリーオンたちは安心したせいか、その場で座り込んでしまった。泣いてる奴までいるぞ。まあ、犠牲が出なくて良かった。
「それで、この狼は、もしかしてオニキスウルフですか?」
「違う。ダークネスウルフ」
「ええ?」
「初めて見た!」
「まじで?」
騒いでるな。アマンダでさえ初見のレア魔獣だしな。
「フランさんが?」
「ん」
「まさか、これほどの召喚魔術を……。むしろ、ランクDなのがおかしいですね」
フリーオンは目を輝かせてウルシを見ている。どうやら、好奇心に勝てないようだ。研究者タイプの人間みたいだし。
ていうか、目立つよな? 町に戻ったら、メチャクチャ注目されるだろう。それに、宿に泊まれるか?
実は、送還的なことができないか試しているんだが、無理みたいなのだ。呼び出したら、呼び出しっぱなしという事なんだろうか。
そして、もう1つ気になっていた、召喚のコスト的な物だが、召喚中は魔力が減り続けると言ったことはなく、召喚時の魔力だけで良いようだった。これは助かる。
『ウルシ。影潜りで、フランの影に入れるんだよな?』
(オン)
俺の念話に反応したウルシが、フランの影に沈み込んだ。おお、一瞬なんだな。それに、気配も全然感じられない。俺には魔法使いスキルがあるのでかろうじて判別できるが、下位の冒険者程度ではウルシの存在に気づくことさえできないだろう。
『町にいる時は、影に入りっぱなしっていうのは、可能か?』
「クゥ……」
『嫌なのか?』
「オン」
『でも、町でお前の姿は目立ちすぎるんだよ。場合によっちゃ、攻撃されるかもしれんぞ?』
「オウゥ」
ウルシは耳をペタンと寝かせて、妙に悲し気な表情をしやがる。むう、そんな顔されたら、無理に影に入ってろとは言えんじゃないか。
(師匠、私からもお願い)
『いや、でもな』
(だめ?)
(オンオン?)
ずるい! 円らな瞳が計4つ。俺を見つめてやがる! 周りの人からは、背後を見つめる変な一人と一匹だ。
「オン!」
『何だ? 何かあるのか?』
「オオォォォン」
おお? なんかウルシが縮んでいくぞ! 数秒で、普通の大型犬くらいの大きさに変わってしまった。
『もしかして、身体変化スキルか? てっきり姿を違う魔獣に変える様なスキルだと思ってたぜ』
「オンオン」
「きゃーっ! 超かわいいわ! こんなに小さくなっちゃって! 私も飼いたい!」
いや、さっきまでの姿と比べたら小さいが、これでも十分でかいんだけどな。まあ、これならギリギリ許容範囲内かな?
『はぁ、仕方ない。街中ではその姿でいるんだぞ?』
「オン!」
(ありがとう師匠。これでいつでもウルシをモフモフできる)
フラン、そのためにお願いしてたのか……。っていうか、俺もウルシをモフモフしたい!
まあ仕方ない。召喚しちゃったんだし、きちんと面倒見ないとな。となると、散歩とかさせた方がいいのか? あと、リードとかはいらんのかね? うーん。なんか、本当に犬を飼った気分になってきた。
「よろしくモフモ――ウルシ」
「オオン?」