565 調理実習
ホリアルの授業が終われば、次はいよいよ調理実習である。
ただ、場所は調理実習室でも食堂でもなく、何故か外であった。芝生の生えたグラウンドに制服のまま集合している。
そのグラウンドには冒険者ギルドでも見たことのあるブルーシートが敷かれ、さらにその上に10匹ほどの魔獣の死体が並べられていた。
見た目は体長1メートルほどのタヌキって感じだ。毛皮は乾燥気味なうえにボサボサで、お世辞にも清潔とは言えない。
しかも臭かった。微かではあるんだが、卵が腐ったような臭いがするのだ。
スカンクラクーンという魔獣である。こいつは肉が非常に臭く、まともに料理してもとても食べられるようにはならない。むしろ、普通の冒険者なら魔石と毒腺を回収して、他は捨てるだろう。
毛皮なども品質が低く、売り物にはならないのだ。
もしかしてこれを調理するのか?
そのブルーシートの前に、大柄な女性が立っていた。ヤフィと名乗った、元冒険者の教師である。
「今日の調理実習は、野外で仕留めた魔獣をその場で捌いて調理することを想定した授業となるわ!」
単に調理するだけではなく、解体なども自分たちで行うようだ。
「今まで教えてきたことを思い出しながらこのスカンクラクーンを解体し、調理すること! 作るものは何でもいいとします!」
やっぱりスカンクラクーンは調理用だったのか。また、意地の悪い獲物を用意してきたな。
「各班で分かれて、1匹を処理すること! 必ず、人数分の食事を作ってね!」
多分、食料を失った時などに備える授業なんだろう。不味い獲物を調理して、無理やりにでも食べる授業だ。
ウルシはそれを悟ると、そっと影の中に消えていった。逃げたな。
「えーっと、フランだったわね? あなたはどうしようかしら……。魔獣の解体や、料理をした経験は?」
「どっちもある」
「あら? そうなの?」
「ん」
「さすがソロの高ランク冒険者。だったら、どこかに入ればいいかしら?」
「でしたら私たちの班ではいかがでしょう?」
声を上げてくれたのはキャローナであった。他のメンバーも、微妙な顔だけど拒絶しているわけではなさそうだ。
「そうね。じゃあ、フランはあの班に加わってくれるかしら」
「わかった」
「ああ、手加減する必要はないわよ? 手持ちにある調味料なんかも使っていいわ」
「そうなの?」
「思いもよらない同行者がパーティに加わるのは、冒険者になればよくあること。その相手に、自分たちの取り分が減るから手加減しろと言えるの?」
「なるほど」
「むしろ、そういったイレギュラーな同行者の力をきっちり引き出して、協調できなければ一流とは言えない」
それもそうなのかもしれん。複数のパーティが合同して受ける依頼だってあるだろうし、特定の地域に詳しいソロ冒険者を一時的にパーティに加えることだってあるだろうしな。
「まあ、私も1組くらいは美味しい物食べたいしね」
それが本音か!
とは言え、俺は何もしないが。解体はともかく、料理に俺が口を出したら普通に美味しくなってしまう。フランには、自分で色々と経験してもらいたいからね。
「よろしくお願いいたしますね。フラン」
「ん。よろしく」
「あと、調理実習の班の仲間を紹介いたしますわ」
「レ、レルスです。よろしくお願いします」
「マーチェスです」
「オスレスだ。どうぞよろしく」
気が弱そうなヒョロ長がレルス。魔族の魔術師であるようだ。特戦クラスの生徒には珍しく、純粋な魔術師タイプである。
真面目そうなマッチョがマーチェス。レルスとは逆で、盾役の戦士だろう。
最後に手を上げて挨拶してきた、軽薄そうな優男がオスレスだ。一人だけ年齢が少し上である。20代前半くらいに見える。
まあ、魔術学院には年齢での入学制限がないので、中には他の者より年嵩で入学してくる者もいるのだろう。もしくは、進級するのに時間をかけたかのどちらかかね?
この3人にキャローナを加えた4人が、調理実習の班であるらしい。冒険者ギルドでパーティを組んでいた仲間かと思ったが、そうではないという。
「私たちが冒険者ギルドでクエストを受ける時、固定パーティを組むことはありません」
「卒業後も、クラスメイトとパーティを組める可能性は低いですからね」
慣れたクラスメイトたちだけとパーティを組んでいては、いざという時に柔軟に対応できなくなってしまう。それを防ぐために、特戦クラスの生徒が外でクエストを受ける時はローテーションで組み合わせを変えるらしい。
「フランが解体スキルをお持ちなのは、昨日の授業で分かっていますが。料理はどうなのですか?」
「ん……まあまあ? 師匠に比べたら下手だけど」
「まあ? フランの師匠? どのような方なのですか?」
「師匠は最強。なんでもできる」
「そ、それは……。いえ、フランの師匠になるような人物ですから、きっと本当なのでしょうね」
メチャクチャなフランの師匠=もっとメチャクチャに違いない。そう考えたらしかった。
「それで、どうされます? 私たちは指示を出していただいても構いませんが」
「わかった」
料理の腕前の未だに分からないフランに指示を仰ぐとは……。キャローナ、中々ギャンブラーだな。いや、高ランク冒険者に従うという、ある意味冒険者として当然の行動をとっただけか?
仲間たちも、特に異論はないらしい。普通に嬉しそうに頷いている。特に喜んでいるのがオスレスである。
「いやー、助かった。うちの班、全員料理が苦手なやつばかりでさ」
「そうなの?」
「そうそう。俺以外の奴らは壊滅的だからさ~。まあ、3人とも貴族だから仕方ないけど」
3人とも零細貴族家の子弟であるらしいが、さすがにお手伝いさんの1人や2人はいたそうだ。この学院に入ってからは多少頑張りはしたものの、得意にはなれなかったらしい。
対するオスレスは兵士長の息子で、平民の出である。そのため、普通に幼い頃から母親の手伝いで台所に出入りしていたし、料理に関しても抵抗はないらしかった。
「お世辞にも得意とは言い難いが、こいつらよりはマシなんだよね。一応、スキルも持ってるからさ」
ということで、リーダーはフラン。補佐がオスレス。他の3人は指示を受けて動くことになるのだった。
「この班の持ち物に調味料はある?」
「はい。班ごとに保管してある物がありますわ」
「じゃあ、それを全部持ってきて。あとは調理道具も」
「分かりました」
「俺たちはどうするんだい?」
「まずは獲物を確保。一番いい奴を取ってくる」
「一番良い奴って言っても、全部同じ魔獣だよ? 大きさも同じくらいだし、そんなに違いがあるのかい?」
「多分、何日もかけて準備した。明らかに鮮度に違いがある」
「そんなのよく見分けられるね」
「匂いと毛と目の濁り。あと舌の色とか」
「なるほどねー」
さて、どんな料理ができあがるかね?
次回の更新は23日とさせていただき、そこからは2日に1回更新に戻す予定です。
1月の繁忙期までは、できるだけそのペースで行けたらいいなー……。
今年の冬コミにマイクロマガジン様が出展されるそうです。
ここでしか手に入らない、るろお先生書きおろしイラストを使った限定グッズもあるそうなので、ぜひチェックしてみてください。




