563 獣人と魔術
『さて、今日は模擬戦が午後にしかない日だから、朝は普通に授業を受けるぞ』
「ん!」
「オン!」
『お? 結構乗り気か? もしかして授業が楽しかったか?』
でも、フランはともかく、ウルシが乗り気なのは何でだ?
「今日は調理実習!」
ああ、そういうこと……。
『なあフラン』
「ん?」
『他に、どんな授業があったか覚えてるか?』
「ん……?」
俺の質問に、フランはキョトンとした顔で首を傾げる。「それが何か?」って感じだ。悪びれていない――というか覚える必要性を全く感じていないようだった。
『調理実習があることを覚えてるんだから、一応もらった時間割に目を通したんだろ? 他は本当に覚えてないのか?』
「ん」
まあ、フランだしな……。
ただ、調理実習って自分たちで料理を作る授業だぞ? 学生の料理で満足できるのか? しかも特戦クラスの場合は、戦場や野外でササッと作る簡易調理を習うはずだ。フランの口に合う料理が出てくるとは思えない。
『フラン、調理実習ってどんな授業かわかるのか?』
「きっとご飯食べる」
ペッタンコな胸を期待に膨らませるフランに、俺は調理実習について本当のことを教えた。
すると、フランの表情が見る見る陰っていく。やはり想像とは違っていたらしい。
ウルシの尻尾もショボーンと垂れ下がっている。美味しい料理のおこぼれ狙いだったんだろう。だが、素人の料理のおこぼれなんて、まともに食べられるかどうかも怪しいのだ。それが分かっているらしい。
テンションだだ下がりのまま門を潜る。
「おはよう!」
「……おはよ」
今日は守衛さんにも止められなかったな。いい笑顔で挨拶してくれた。
校内ではまだ知り合いも少ないので、ほとんど声をかけられない。ただ、昨日のロッカールームの件でフランの顔を覚えた生徒もいるようで、何度か会釈されていた。
「フラン、おはようございます」
「おはよ」
教室に入ると、早速キャローナが話しかけてきてくれた。フランも自然な流れで彼女の隣に腰かけた。
今日のウルシは小型犬サイズである。フランの座った椅子の横にチョコンとお座りしている。
強力な魔獣だとばれていても、可愛らしい姿だと女生徒たちの視線が柔らかいな。キャローナの顔も綻んでいる。
「……ウルシ、可愛いですわね」
「そう?」
「ええ。その姿であれば怖くありませんわ」
まあ、ウルシはまだ調理実習に一縷の望みをかけていて、餌付けされやすい小型犬のサイズになっているだけだが。
朝一の授業は調理実習ではない。この世界は様々な種族がいるので、それらに関して詳しく学ぶための授業だった。
「やあやあ、まさかこんなところでかの黒雷姫殿にお目にかかれるとは光栄の至り。本当に進化なさっているとはねぇ」
講師は獣人の男性だった。ホリアルという名前の、鹿の獣人だ。ホリアルはフランの前で慇懃に頭を下げると、やや馴れ馴れしい態度で握手を求めてくる。
ただ、その目には本気の感動が浮かんでおり、進化した黒猫族を直接目にできたことに感激しているのだと分かった。
「フラン殿もおられることだし、今日は進化について語ろうか。昨年までは、獣人で唯一進化できないのは黒猫族であると教えてきたが、その説が誤りだったと判明した。その事実を世に知らしめたのが、何を隠そうこのフラン殿だ!」
今年から一部の授業内容が変更され、黒猫族は条件を満たせば進化可能な十始族の1つであると教えているそうだ。
それを聞いたフランが、嬉しそうに笑う。黒猫族が見直されていることが嬉しいのだ。
「まさに歴史を変えた存在と言ってもいい! そんな方と同席できるんだ、君たちは本当に運がいいな! それに、この学院は獣人が少ないうえに、進化している者はいないからねぇ。君らはもう、進化した姿を見せていただいたのかな?」
キャローナたちが苦笑を漏らしている。彼女たちにとってフランは、貴重な存在であるというよりも怖い教官の1人なのだ。運がいいという言葉にはまだ同意しかねる部分もあるのだろう。しかも、進化した姿のフランによってボコボコにされたしね。
ただ、フランだけは違う言葉が気になったらしい。
「この学校は、獣人が少ないの?」
「はい。ほとんどいませんね」
この規模の学園なのに、獣人がほとんどいないなんてことあり得るのか? だが、思い返してみると確かにその姿を見ていない。
もしかしてこの国や学院だと、獣人が差別されているとか?
「なんで?」
「簡単に言ってしまえば、ここが魔術学院で、獣人は魔術が苦手だからでしょうね」
差別とかではなかった。
そう言えば獣人は魔術が得意じゃないって聞いたことがある。
「黒雷姫殿のように、魔術を得意とする獣人はとても貴重です。かく言う私も、魔術は不得手としておりますね」
そうか。教員の場合は教える能力さえあれば問題ないから、魔術師でなくてもいいんだな。
「詳しく説明しますと、まず獣人は魔力が低い個体が多いのです。これは種族的な傾向で、人間やドワーフに比べると顕著です」
「なるほど」
「さらに性格的な問題もありますね……」
「性格?」
「はい」
これ、フランは首を傾げているが、俺は何となくわかったぞ。
「魔術の修業は非常に地味です。しかも退屈ですし、日々の積み重ねも目に見えては分かりません」
「ん」
「つまり、せっかちな獣人には、その修業に耐えられない者が多いのです」
耐えられないわけじゃないだろうが、適性がないことは確かだと思う。獣人全てがせっかちで短気なわけではないが、全体的にその傾向があることは確かだろう。
そんな中でも魔術が使える獣人たちは、単に才能が凄まじいのだ。多分、少しの修業でアッという間に魔術を習得し、感覚的に扱えてしまうような奴らである。野生の勘が鋭いとも言えるだろう。
獣王とかメアはそのタイプだと思われた。
「しかも、獣人の多くは戦闘職を目指します。5、6歳くらいから鍛錬をはじめ、10歳程度で見習いとして働き始める者も多い。遅くとも、15歳くらいですかね。それ故、学校というものに縁が薄くなってしまいます。勉強なんかするくらいなら、実地で修業を積むという考え方が一般的なのですよ」
将来的に冒険者や兵士になるつもりだったら、小さい頃から鍛錬を積む方が確かに効率的ではあるのかもしれない。
「あとは地理的な問題もあります。この国では魔術師の地位が高く、隣国では冒険者の地位が高い。結果、特に差別があるわけではないのですが、獣人の多くはクランゼル王国に行ってしまいますね」
しかし、獣人が絶対的に魔術師に向かないのかと言われたら、そうでもないらしい。大きな利点としては、種族毎に使える魔術の適性がある程度決まっているという点がある。
あらゆる魔術に対して適性があるかもしれない人間と違い、獣人はそれぞれの種族で特性が偏っていることが多い。たとえばホリアルの青鹿族は、水と土、樹木魔術の適性がほぼ間違いなくある。
それ故、修業の時間をかなり短縮できるらしい。逆に、他の魔術が使える者は多くはないそうだ。
「魔力が低いので魔術師として大成することは難しいですが、魔法戦士として両方鍛えることは難しくはありません」
とは言え、やはり獣人たちに魔術の修業をさせるのは中々難しいだろう。だって、フランや獣王が、地味な修業を何年間も延々と続けられると思うか? 絶対に無理だろう。
まだ夜になると微熱が続いているので、次回は17日更新予定です。
あと、本日コミカライズが更新予定ですので、そちらもよろしくお願いします。




