554 制服
魔術学院で教官を務めつつ、生徒として編入することが決まった翌日。
フランとウルシは魔術学院に向かって歩いていた。
『昨日はあれから精霊の気配は感じなかったのか?』
「ん」
食堂での接触で、精霊が満足してしまったのかもしれない。フランは昨晩、一切目覚めることもなくグッスリ快眠であった。
『その恰好、動きやすさはどうだ?』
「問題ない」
『うーん。それにしても破壊力がやばいな……。フランはその服、気に入ったか?』
「ん? 防御力は低いけど動きやすい。でも破壊力は上がってないと思う」
『あー、そうじゃなくて、可愛いとか、お洒落とか、そんな感じの感想は?』
「?」
ダメか。まあ、フランが女の子らしい服を着て「可愛い~」って喜ぶ姿は想像できんが。
今、フランは魔術学院の制服を身に着けていた。戦闘訓練時などは別として、座学の授業中には制服の着用が義務付けられていた。
クラスや学年を分かりやすく示すためだ。これだけ大きな学校になると、生徒の数も膨大だし、見た目で分かる方が色々と便利なんだろう。
マンモス校なだけあり、購買ではありとあらゆるサイズの制服が用意され、その場で購入することができた。ああ、フランの場合はタダで貰えたけどね。
特戦クラスの制服は、魔術学院のエンブレムが肩口と胸に縫い付けられた濃紺のブレザーに、赤地に白い線の入ったネクタイ。そして紺と白のチェックのスカートである。
なんだろう。地球でよく見るやつだ。異世界でも制服となるとこうなる? それとも、神が伝えた文化なのか? まあ、可愛いからいいけど。
それ以外の部分は好きに選んでいいと言うことだったので、白いワイシャツと灰色のベストセーター、紺のソックスに黒いローファーを選んでおいた。
え? 俺の趣味ですが、何か? え? 俺の趣味ですが、何か? 外套とか、上から羽織るローブなどもあり、ファンタジー感のある姿にもできたのだが……。あえて学生服に寄せてみた。だってその方がフランのプリティーさが際立つからね!
『あとは高めのツインテールだったら完璧なんだが……』
しかし、それには大きな問題があった。
なんと、普通に高めの位置でツインテールにしようとすると、猫耳が邪魔をするのだ。至高の猫耳が、至高の髪型とぶつかり合うものだったとは!
仕方ないので、結び目低めの、おさえめツインテールにしておいた。まあ、これも素晴らしいものだが。
「師匠」
『うん? どうしたフラン』
「なんで師匠、小さくなってる?」
『そりゃあ、この格好で俺を背負ってたら変だろう?』
「?」
せっかくブレザー姿なのに、武骨な剣なんか背負ってたら台無しでしょうが! 俺は短剣サイズに変形し、ブレザーの内側に釣られている。
今の俺ならば、サイズ変更程度であれば長時間維持できる。少なくとも、学校にいる間くらいは問題なかった。
あとは通学鞄があれば完璧なんだが、そこはしかたないだろう。次元収納がある限り、邪魔でしかないからな。だが、あれがあってこその完成形! やはりフランに持ってもらうべきか? いや、しかし――。
「師匠……また変」
昨日、購買で制服を選んでいる時にも向けられた、ジトーッとした目を向けられてしまった。邪念が漏れていたのか?
『は、ははは。変じゃないよ? どこが変だっていうんだい?』
「やっぱ変」
『ぐ……。ま、まあまあ。それよりも正門が見えて来たぞ』
「……ん」
ふーっ。なんとか誤魔化せたか? 誤魔化せたということにしておこう。
『手帳を見せるんだぞ?』
「わかった」
守衛さんに教員手帳を見せれば中に入れるはずだったんだが……。
「ちょっとまってくれお嬢ちゃん!」
「ん?」
「オン?」
教員手帳を提示して、そのまま正門を通り抜けようとしたフランを、守衛のおじさんが止めていた。
裏門にいた落ち着いた雰囲気の人ではなく、いかにも元冒険者といった厳つい風貌の男性だ。その顔には困惑の色がある。
「あー、お嬢ちゃん、生徒だよな?」
「ん」
「なのに、今提示したのは教員手帳だよな?」
「ん」
「え?」
「ん?」
生徒姿のフランが教員手帳を提示したことを訝しんでいるらしい。
「しかし、精霊は反応してない……。ああ、もしかして! 猫耳で、狼を連れた……。名前を教えてもらえるか?」
「フラン」
「やっぱり。呼び止めて済まなかった。話は聞いていたが、一度確認しないと本人かどうか分からなくてな」
「ん」
「オン」
教員手帳か生徒手帳を提示すれば問題ないと言われていたんだが、さすがに初回はもう少しキッチリ見せればよかった。というか、生徒手帳にすればよかった。
「昨日、雇われたばかりだっていう話だが、学院内の地理は分かっているか?」
「だいじょぶ」
さすがに今日向かう教室の位置などは確認済みなのだ。
フランは守衛さんに別れを告げて、再び歩き出す。
しかし、すぐに首を傾げた。
「?」
『どうしたフラン』
「なんか、見られてる」
フランが呟く通り、周囲の生徒たちの視線がフランに集中していた。もしかして昨日の事件の被害者なのかと思ったら、視線には恐怖や怯えの色がない。
悪感情がないわけではないが、嫉妬や苛立ちが主であるようだった。
「あの美少女だれだよ」
「か、可愛い……!」
「ちょっと、何鼻の下伸ばしてるのよ!」
謎の美少女として注目を集めているらしい。ただでさえ可愛いうちのフランが、制服によっていつもとはまた違う可愛さを手に入れたわけだから仕方ないが。
冒険者たちの向ける敵意や侮りにはもう慣れたのだろうが、こういった注目のされ方は珍しいため、気になるらしい。
『今は無視しておけ。この学院にいる限りはずっとこの調子かも知れんし、慣れれば気にならなくなるだろ』
「わかった」
とりあえず今デレデレした顔の男ども、顔は覚えたからな!




