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550 挨拶回り


「で、では、こちらにどうぞ!」

「ん」

「オン」


 職員室でウィーナレーンと分かれた俺たちは、案内役に付けてもらった女性教師と一緒にある場所に向かっていた。


「あ、あそこが第八塔です。上級クラスの教室は1階になりますっ」


 特戦クラスは学外に実習で出ているということで、先に教官として担当するいくつかのクラスを回ることになったのだ。


 案内役についてくれたのは、イネスというフランと同じ模擬戦担当の女性である。能力的に言えばランクD冒険者程度。しかし、フランの強さを感じ取る勘の良さは持っていた。そのせいで妙に緊張して、オドオドしているからな。


 ここはむしろ、戦闘力のない人の方が良かったのではなかろうか? もう仕方ないけど。


 先程までいた教員塔を出て、今は少し離れた場所にある学科塔の1つに向かっている。


 歩きながらイネスが簡単に説明してくれたが、塔によって役割が決まっているそうだ。教員のための研究塔や、魔道具の保管塔など、生徒が立ち入らないような場所もかなりあるという。


 超巨大な大学的な感じなのだろうか? ただ単に大きいだけの学校ではないらしかった。


 これから向かうのは、特に戦闘系の実習や訓練で利用する塔であるという。


「フ、フラン殿が編入する予定の特戦クラスの待機教室もここにあるので、利用する機会は多いでしょう」

「わかった」

「最初に、上級クラスに紹介します」


 一緒に歩いて緊張も解けたのか、オドオドしなくなったイネスが色々と説明してくれた。


 上級クラスはその名の通り、上級生のクラスという意味であるそうだ。この学校はいくつもの学科があり、専門学科なども多い。だが、特別な専門を持たない一般科という、満遍なく全てを学ぶ科も存在している。上級クラスはその一般科の上級生が所属しているクラスである。


 魔術学院の場合、入学してくる人間の年齢がかなりばらけているため、何年生といった分け方はしていない。


 まず最初は基礎学科で魔術を学ばされる。ここで魔術を習得できたものが、次のステップに進めるのだ。


 基礎学科で何年も修行して魔術を覚えられなければ退学だ。まあ、魔術学院なわけだし、そこは仕方ないだろう。


 その次が基本学科。ただ、学内では下級生と呼ばれることが多いらしい。ここでは座学などの魔術とはあまり関係ない授業と、魔術を使うにあたっての基本を2年間ほどで叩き込まれる。


 ここで問題がなければ、晴れて応用学科。つまりは上級生である。一般科の上級クラスだけではなく、冒険者科、魔術師科、特別戦闘科などの他に、火魔術科や水魔術科、鍛冶科のような、かなり細かい専門学科も存在していた。


 生徒はこの中で所属クラスを決めつつ、ゼミや部活のような形で好きな事を学べるのだ。


 授業の7割ほどが学科で決められた授業で、残り3割は自分で好きに選べる。


 それに、応用学科を卒業後に他の科に入り直すことも許されているので、やる気さえあれば好きなことを学ぶことはできるという。


 中には何度も卒業からの転科を繰り返し、10年以上学生をやっている生徒もいるというのだから驚きだ。因みに、平均で5年ほどで卒業していくらしい。


「前の特別模擬戦教官が退職してしまって、私たち一般教官で何とか穴埋めをしている状況だったので、とても助かります」

「特別模擬戦教官と一般教官は違う?」

「それは勿論です。特別教官の最も重要なお仕事は、圧倒的な実力を示すこと。我々には不可能ですので」


 世の中には多少強くなった程度ではどうにもならない圧倒的な強者が存在する。それを身をもって学ばせるとともに、いざ強者を前にしたときに硬直せず、即座に逃亡に移れる、もしくは交渉を行なえるだけの胆力を養わせる。それが特別模擬戦教官の役割なのだという。


 要は模擬戦で圧倒的な力で叩きのめすのが仕事なのだ。それには隔絶した実力が必要であった。


「なるほど。でも、ウィーナレーンじゃダメ?」


 フランがそう尋ねる。そうだよな。今の役目、ウィーナレーンなら確実だと思うんだが。


「学長は手加減が苦手なので。いえ、違いますね。あまりにも力が強すぎて、手加減をするにしても限度があるのでしょう。ドラゴンがどれほど手加減しても、その爪で仔犬を持ち上げられぬのと一緒ですね」


 誤って生徒を傷付けたことはないらしいが、賊相手にやり過ぎたことは何度もあるらしい。そのことから、教師たちもできるだけウィーナレーンが生徒の模擬戦相手をしないように頼んでいるという。


 しかし、ここ数ヶ月は適当な人材が見つからず、教官たちを複数相手にしたり、防御を固めたウィーナレーンに攻撃を打ち込み続けるといった形で特別模擬戦を行っていたそうだ。


「ただ、それではやはり効果が微妙でして。短い間でもフラン殿のような強い方に来ていただけて、本当に有り難いです」


 そんな話をしながら、塔の1階の奥にある部屋に案内される。そこは座学の授業をする教室であるようで、20人程の生徒が講義を受けている。


「リデュア、少し時間をもらえるか?」

「は、はい。イネス先生、こちらのお嬢さんは?」

「それは今説明する。フラン殿、この女性は歴史担当のリデュアです。そして、今講義を受けているのが、上級クラスの生徒たちになります」

「ん。わかった」


 生徒たちが驚愕の表情でこちらを見ている。ただ、その驚きはフランではなくイネスに向いているようだった。


「あ、あの鬼のイネス教官が、子供に……?」

「だ、誰だよあれ。本当にイネス教官か?」

「鬼の霍乱だっ!」


 普段のイネスと今のイネスは、少しばかり違うらしい。生徒たちがそれを見て驚愕したようだった。


「鬼? 人なのに?」

「い、いえ。気にしないでください! こらぁ! 今私語を口にした者! 後で覚えておけよ!」

「ひぃぃ!」


 なるほど鬼のイネス教官か。


「あー、こちら、短い間ではあるが特別模擬戦教官として貴様らひよっこの相手をしていただくことになったフラン殿だ!」

「よろしく」

「「「えーっ!」」」


 先程とはまた違った悲鳴があがるが、イネスが再び怒鳴って黙らせる。これが彼女の本性であるのだろう。


「静かにっ!」

「「「……」」」


 生徒たちもピタリと黙るのだ。その辺はさすがだね。


「貴様らには分からないだろうが、フラン殿の実力は本物だぞ? 教導いただくのは明日以降になるだろうが、楽しみにしておけ」

「ん」

「オン!」

「そちらはフラン殿の従魔のウルシだ」

「よろしく」

「オンオン!」

「「「よろしくおねがいします!」」」


 フランが挨拶をした直後、生徒たちが一斉に頭を下げた。まだ半信半疑なのだろうが、ここで下手な態度をとればイネスの雷が落ちることは確実だからな。


 まあ、機を見る能力、空気を読む能力は備わっているだろう。しかし、イネスは生徒たちが自分の言葉を信じていないことが不満であるらしい。


「フラン殿。少々脅してやってはくれませんか?」

「……わかった」


 多分、威圧スキルで脅せという意味だったのだろう。だが、フランは違う方法を選んでいた。先程、生徒たちに殺気を浴びせて脅してしまった事を気にしているのだろう。


「ん」


 フランが無詠唱で発動したのは、光球を生み出す術だ。生徒たちの視線が天井近くの光球に集中する。そして、気付いた時には生徒たちの視界からフランの姿は消え去っていた。


 ほんの一瞬でフランがいなくなったことで、生徒たちにざわめきが広がる。


 コンコン。


 教室の後ろで音が鳴り、生徒たち全員が慌てて振り向く。彼らが目撃したのは、教室の一番後ろに静かに立ち、完全に気配を断っているフランの姿であった。そこに居ながら、壁を叩かれるまで全く気付かなかったのだろう。目を丸くしている。


 フランがやったことは単純だ。光球に目を引きつけ、気配を消して高速移動しただけである。だが、生徒たちには何が何だか分かっていないに違いない。


 しかし、全員の目を欺き、一瞬で移動してみせたことでその実力は十分に示されていた。何せ、これが戦場だったら何もできずに切り倒されていたことは間違いないのだ。


 さらに、上級クラスの生徒は、無詠唱や気配遮断の難易度に気づける程度の実力は持ち合わせている。もう侮った顔をしている生徒は1人もいなかった。


「ふむ。貴様らひよっこでもフラン殿の実力の一端は垣間見えただろう。明日以降、楽しみにしておけ。では行きましょうか」

「ん」

「では、邪魔したな」


 その後、ほぼ同じようなやり取りを5回ほど繰り返し、挨拶回りは終了したのであった。


 しかし、最後に案内された教師の準備室でも同じ反応って、どういうことだ? イネスは教官の中でもまとめ役であるらしく、その彼女がフランに敬語を使っているのが余程不思議であるらしい。


 模擬戦を担当する教官はともかく、基礎や戦術論などを担当する教師たちはそこまで強くないのでフランの実力を見抜けないようだ。


 特戦クラスは明日帰ってくるそうなので、編入の挨拶と一緒にすればいいだろう。


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