548 クソガキ
「こっちよ」
「ん」
俺たちは今、ウィーナレーンに連れられて職員室に向かっていた。職員の多くは私室や研究室を与えられているが、全員が集まるための大部屋も存在するらしい。
授業前の準備や、簡単な申し合わせにはそっちの方が便利だからだそうだ。本当に日本の職員室みたいな感じである。
「それにしても、あのタイミングでこれだけの騒ぎを起こしたのは、創立以来貴女が初めてよ?」
「どういうこと?」
「普通ね、学院に面接に来る人間は私の事を知っているから、ガッチガチに緊張しているのよ。そんな状態で騒ぎを起こす人間、普通はいないでしょ?」
それはそうだろう。ウィーナレーンを怒らせたら、それこそ身の破滅でもおかしくはない。そういう意味ではフランもかなりヤバかった。
「それに、私がいる場所でおかしな真似はさせないし」
「なるほど」
「普段の面接の場合はあえて1時間くらい待たせるんだけど、そこで怒って帰っちゃうくらいかしらね?」
「待たせる? なんで?」
「その程度で帰るような忍耐と熱意しかない人材、いらないもの」
地球の面接でもよくある奴だな。というか、俺も就職活動中はよくやられた。大規模面接なんかだと、当たり前のように待たされていたものだ。長時間待たせてからの圧迫面接のコンボである。
まあ、面接の時間が長引いてしまい、企業側が意図せず待たせてしまう場合もあるだろうが。企業が超優位な時代を経験した人間なら分かってくれるだろう。
「大層な肩書を自慢げに話す貴族とかは、こらえ性がない人もいるしねぇ。そもそも、教官や教師って大変よ? 素直で良い子ばかりじゃなくて、クソガキも大勢いるから。相手にするには熱意と忍耐は必須ね。もしくはスルーする心かしら」
「ん?」
ウィーナレーンの言葉を聞いたフランが、少し首を傾げる。俺もちょっとだけ違和感があったのだ。
「どうしたの?」
「子供好き?」
そうなのだ。クソガキと言ったウィーナレーンの口調に違和感があった。同じように子供好きなアマンダならまず言わないだろうし、言ったとしてもそこには親愛の情のような物が込められているだろう。しかし、ウィーナレーンの言葉からはそれが感じられなかった。
本当にクソガキと思っているらしい。すると、わずかに苦笑されてしまう。
「学院長なんてやってると、何故かそう思われてしまうみたいだけど……。まあ、自分で精霊と契約を結んで学院に縛られているみたいに見えるし、そこも勘違いされるポイントかしらねぇ? そりゃあ、素直でかわいくて優秀な子は大好きよ? 貴女みたいなね?」
ウィーナレーンはそう言ってウィンクをする。ただ、苦笑はしたままだった。
「でも、子供だからと言って無条件で全員を等しく愛せる訳がないでしょう?」
『それで、どうして学院長なんてやってるんだ?』
「大人には色々あるのよ。ああ、そういえばアマンダと知り合いなのよね?」
「ん」
そういえば、先程ササッとフランの資料とやらに目を通していたな。それに書いてあったのだろう。
「あの子と比べられてもねぇ」
「知り合い?」
「聞いてない?」
「ん」
「ふふっ。相変わらずね……。まあ、あの子の祖先が私の子供だから。言ってしまえば、私の子孫ということになるかしら?」
なに? 血縁なのか? だが、アマンダはそんなこと一言も言っていなかったぞ?
「あの子は私が嫌いだから」
「なんで?」
「グイグイ来るわね。まあ、色々あるのよ。理由の1つは、私が子供好きって言われて持ち上げられてるのが気に入らないんでしょうね。本物の子供好きとしては」
それだけか? 深くは追及はしないけど。あえて濁すってことは、言いたくないんだろうしな。
そうやって話しながら歩いていると、すれ違った生徒たちがフランを凝視しているのが分かった。
「あれ、だれ? 学長が自ら案内されているなんて」
「どっかの貴族なんじゃないか?」
「あの学長がその程度の理由で気を使うわけないだろ。王族をぶん殴るお人だぞ?」
「というか、あれが学長なの? 初めて見た」
「おいおい、入学式でご挨拶されていただろう」
「いや、家の都合で入学が遅れたから……」
さっきの事件がもう広まっているのかと思ったら、単純にウィーナレーンが案内していることに驚かれているようだ。
生徒たちはヒソヒソ話をしているつもりだが、俺たちにもウィーナレーンにも聞こえている。というか、ウィーナレーンの顔があまり知られていないっぽいんだけど。
「仕方ないわよ。実務はほとんど部下がやってるし。私が生徒の前に顔を出すのは上級生の模擬戦か、式典の挨拶くらいだから」
長い歴史のある学校だし、防衛だけではなく、教育のシステムも完全に出来上がっているんだろうな。
それに、学院長ともなれば頻繁に授業を担当したりはしないだろうし。
俺も、学生時代の校長先生の顔を思い出せと言われると微妙だ。高校時代の校長先生の毛髪が、ちょいと少な目だったことは覚えているんだけど。
「それに、普段から地味な格好で歩いているから、生徒には私だとは認識されていないと思うわよ?」
まあ、強さを感じ取ることができなければ、単なるエルフにしか見えないかもしれなかった。
エルフなだけあって美形だが、この世で一番とかいうレベルではない。ハイエルフに進化したって、外見は変わらないんだろう。
今も確かに、権力者にはあまり見えない地味なローブを着込んでいる。良い素材を使った高級品だが、見る者が見なければ分からないだろう。
さらに、あえてオーラを抑えているように思える。騒がれたくないのだろう。
そんな恰好をしたウィーナレーンを見て、フランも納得したようにうなずく。
「ん。ウィーナレーンは地味」
「ちょ、それはなんか意味が違って聞こえない?」




