547 学院の守護精霊
活動報告でもお伝えさせていただきましたが、PCが復活いたしました。
本日から更新再開です。大変お待たせいたしました。
本日は少々長めです。
ウィーナレーンに案内された先は、彼女の執務室のようであった。その一角に置かれたソファに座り、フランがウィーナレーンと向き合う。
「改めて名乗らせてもらうわ。ウィーナレーンよ。この魔術学院の長をやってるわ」
「ランクB冒険者のフラン。こっちはウルシ」
『俺はインテリジェンス・ウェポンの師匠だ』
「師匠? それが名前?」
『ああ』
「私も学長とか校長とか院長としか呼ばれなくてね。ちょっと親近感湧くわ」
やはりウィーナレーンのリアクションが薄いな。いや、別に驚いてくれなきゃ嫌なわけじゃないんだが、今まで俺の正体を見抜いたり知った人たちに比べると、大分冷静だ。
だが、その理由はすぐに分かった。
「まともな会話が可能なインテリジェンス・ウェポンに出会ったのは1000年ぶりくらいかしら?」
『俺以外に、インテリジェンス・ウェポンを知ってるのか?』
「そりゃあ、長く生きているもの。片手じゃ足りない程度には知ってるわ。会話が可能なうえに、ここまで人間臭い剣は貴方で二度目ね。大抵のインテリジェンス・ウェポンは狂ってしまっていたから……」
なんと、インテリジェンス・ウェポンに何度も出会ったことがあるらしい。だから、俺を見ても凄まじく驚きはしなかったのだろう。
それにしても狂っているインテリジェンス・ウェポンか。ファナティクスも言っていたが、普通は剣の体に人の意識が入った状態だと、精神的におかしくなる可能性が高いらしい。会いたい気もするけど、怖い気もするな……。
ただ、彼女にとってインテリジェンス・ウェポンが初見の存在でないことは分かった。むしろウィーナレーンの興味はウルシに向いているらしい。
小型化してフランの隣に座っているウルシと、ウィーナレーンがジッと見つめ合っている。まあ、ウルシは格上に見られて、緊張しているだけだが。
「ウルシがどうかした?」
「え? ああ、初めて見る種だったから。完全に初見の魔獣なんて久しぶりよ? まあ、そんなことよりも、知りたいことがあるでしょう?」
「ゼロスリードは、コルトにまかせて大丈夫?」
「そこは平気よ。私の術で邪気を封じたうえで行動を縛っているし、さらに精霊たちが監視をしているから」
やはりゼロスリードの邪気が減っていたのはウィーナレーンが何かをした結果らしい。しかもそれだけではなく、奴隷契約のようなもので縛り、さらに精霊の監視付きか。
「言葉は縛っていないんだけど、妙に大人しいのはこちらに従っているという姿勢をアピールしているんでしょうね。まあ、貴女に襲われた時は一瞬素が出たみたいだけど、反撃はしなかったでしょう? あれは学院内での戦闘行為ができないようになっているのよ」
確かに、ゼロスリードはこちらの攻撃を防ごうと手を突き出すくらいしかやらなかった。こっちのファーストアタックが失敗した後は、いくらでも反撃の機会はあったはずなのに。
『そもそも、どうしてゼロスリードがここにいる?』
「きっかけは一昨日のことよ」
ウィーナレーンのもとに、危険な犯罪者が自治区の中に潜んでいるという連絡が入ったそうだ。この国ではあまり知られてはいないが、他国では賞金がかかっているという。
すでに冒険者が捕らえようと出撃したが、何度も撃退されているという話だった。死人は出ていなくとも、その力は圧倒的であると考えられた。
そこで今回はウィーナレーン自身が出動することになったという。その武勇伝の派手さ、多さから、どんな時でもウィーナレーンが対応しているように思われがちだが、学外の事件に関して彼女以外で対処可能な場合は任せるようにしているそうだ。
「そうじゃないと、後進も育たないし。小さな事件にいちいち対応してられないでしょう?」
逆に言えば、ウィーナレーンが対応する場合はそれだけ大事であるということだった。
その後、ウィーナレーンは魔術などを駆使してゼロスリードを探し出し、戦闘の末に捕らえた。だがそこでゼロスリードに連れがいることを知る。
「ロミオっていう子供?」
「ええ、そうよ。ロミオ・マグノリア。私はその子供を保護することにしたわ」
やはりまだ連れ歩いていたらしい。
ウィーナレーンは子供好きという話を聞いたし、ロミオを保護するという決断を下すことは理解できる。同じ子供好きのアマンダだったら、同じようにするだろう。
だが、フランは首を傾げていた。
「ゼロスリードを殺しちゃいけない理由は?」
「そこが面倒なのよ……。ロミオとアレの間には、主従契約に近い繋がりが結ばれてしまっている。しかも、どちらかが傷つけば、もう片方も傷つくような、厄介なやつがね」
「ゼロスリードがやった?」
「逆よ。多分、ロミオが無意識に契約を行なったのだと思うわ。マグノリアの血のなせる業かしらね……」
『そんなことが、可能なのか? まだ小さい子供だぞ? それにマグノリアの血?』
貴族だっていうのは知っているが、何か特別な家なのか?
「昔、ゴルディシア大陸には邪神の欠片の封印を守る、特殊な家があったわ。マグノリア、ウィステリア、カメリア。その3家の人間は邪神と交信し、その力を操ることができる特殊な血筋だった。その特性を生かして、邪神を鎮める儀式を行っていたのだけど……。竜人に滅ぼされて、欠片を奪われてしまったわ」
トリスメギストスが大魔獣を生みだすのに使った邪神の欠片が、その3つの家が守っていた欠片だったのだろう。
「ロミオという子供はマグノリアの末裔よ。しかも先祖返りなのか、その血が濃く発現している」
もしかして、ミューレリアやゼロスリードがロミオに妙に執着するのも、その血のせいなのだろうか? いや、確実にそうなのだろう。
「ともかく、その契約がある限り、アレを殺せばロミオもただじゃ済まない」
しかもそれだけではないらしい。
ゼロスリードと長時間一緒にいたことで、ロミオの幼い体は邪気に汚染されているそうだ。強い邪気に晒されることで起こる邪気酔いという現象があるが、あれをさらに悪化させた状態であるらしい。
それを治さなくては命に関わるが、契約の関係上、2人を長期間引き離すことは危険である。
結局、ロミオを学院で保護して治療するには、ゼロスリードを一緒に連れてくる必要があった。
「そこで、私の力でゼロスリードの力を大幅に封印し、ロミオの治療が済むまでは学院に留め置くことにしたのよ……。臨時職員扱いでね。なんでそんなことをするのかも説明するわ」
「ん」
「まず、この魔術学院は強力な守護精霊と、その眷属精霊たちによって守られている。それこそ、数百の精霊が学院内を防衛しつつ監視している状態ね」
『もしかして、フランの攻撃を最初に防いだあの謎の攻撃は……』
「ゼロスリードの監視を担当している上級精霊よ。あの場合、ゼロスリードを守ったというよりも、部外者が学院内で行った暴力行為を止めたっていう感じだけど」
だから俺には見えなかったのか! しかも上級精霊ともなれば相当強いだろう。そいつにステルス状態でいきなり攻撃を仕掛けられるとか、そうとうヤバい状況だったんじゃないか?
ただ、フランは微妙に見えていたっぽい。いや、微かに感じてる程度だったか? しかし宿のことといい、もしかしたらフランは精霊を感じる能力があるのかもしれなかった。
『フラン、精霊が見えたか?』
「……変なのがいた」
「あら? もしかしたらフランには精霊使いの才能があるかもね」
「ほんとう?」
「可能性があるというだけだけど。例えば、これはどうかしら?」
ウィーナレーンが指先を軽く天井に向けた。僅かに魔力が動くのだけは分かるが、俺には何が起きているのか分からない。
しかし、フランには確かに何かが見えているようだ。
「もやもや?」
「うーん、姿はほぼ見えないか。でも、感じることはできるみたいねぇ」
やはりフランには精霊術師の才能があるのかもしれない。ぜひともスキルがほしいところだな。
「どうすれば、覚えられる?」
「ふむ……。そうね……。精霊と接して、精霊を常に意識する、としか言えないわね。清い心が必要なんていう人もいるけど、正確には清い心を持った人間が好きな精霊もいる、ってところね。そもそも精霊には人間の善悪なんか関係ないっていう子も多いし」
「そうなの?」
「ええ。考えてもみて? 人間が勝手に定めた価値観や罪科、法律なんて、精霊が斟酌すると思う? この学院の守護精霊もそう。その防衛倫理には、善悪などは関係ない。まず第一に契約に定められた学院関係者の安全。次に、優先度の高い人間の安全となっているわ。どんな理由があろうとも、守護精霊は敵対者を許さない」
しかも、防衛システムは精霊の監視網だけではなかった。
「そして私自身も、その防衛システムの一部に組みこまれているの」
「?」
首を傾げるフランとウルシに、ウィーナレーンがさらに説明する。
「簡単に言うと、守護精霊たちが敵対者かどうか判断し、私が制裁を下す。そういう感じね。さっきフランに攻撃をしかけたのも、それが理由よ」
学外の人間が学院に攻撃を仕掛けた場合など、ウィーナレーンはそれに対して対処をしなくてはならないらしい。精霊との契約で強制力が働き、精霊が制裁が十分と判断するまでは止めることもできないそうだ。
「精霊の目は欺けないから、場合によっては私の意に反して殺さなくてはならないこともあるわ」
全ての行動を精霊たちが監視しているうえ、精神精霊が敵対者の感情などを読み、反省しているかどうかや嘘をついているかどうかの判別までするそうだ。
つまり形だけ土下座して、あとで復讐してやると思っている人間に対しては、むしろ制裁の度合いが強くなるということだった。
また、その制裁の度合いも、相手の立場や、敵対度合いでかなり変化する。
敵対組織が学院内の生徒を傷付けたら、問答無用で破滅だ。ただ、学院に対して好意的な相手。例えば卒業生などが生徒に馬鹿にされて思わず手を上げた程度なら、形だけでも謝罪すればそれで終了となる。
場合によっては学院の方が悪い場合もあり得るが、制裁度合いを判断する精霊にはそんなことは関係ないらしい。たとえ相手が聖人であろうが、重罪人であろうが、それこそ国王であっても、制裁は発動するということだった。
「邪人であるアレを学内に留めておくには、肩書なしでは無理だった。精霊達を納得させるためにはロミオの保護者というのでは足りなくて、臨時職員の肩書が必要だったのよ」
「ゼロスリードでも、職員になれる?」
「ああ、罪人でも構わないのかということ?」
「ん」
「そうねぇ。さっきも言ったけど、それを判断する精霊には人間が勝手に作った法律なんて意味ないから。それに、大勢の人間の命を奪ったというのであれば、私が直接手にかけた人数はアレが殺した人間の何百倍にもなると思うわよ?」
そう言って、ウィーナレーンが肩を竦める。
「長い間、世界を巡ってきて、戦場に出たこともあるし、国を相手取って戦ったこともある。未だに、私を大罪人として手配している国だってあるわ」
そういえば、学院にちょっかいを出した他国の貴族を殺したりもしているんだったか? そりゃあ、場合によっては敵視されるだろう。
「そんな人間が学院長をやっているのよ? 今さらではないかしら? まあ、精霊はどんな罪人だって気にしないと言うことよ」
結果、学校関係者となったゼロスリードに学外の人間であるフランが攻撃を仕掛けたことになり、制裁が発動してしまったというわけだった。
「そこで1つ、貴女に謝らないといけないことがあるわ」
「なに?」
「貴女への制裁を弱めるために、貴女が学園の関係者であるということにして、守護精霊ベルトゥディーを誤魔化したのよ。具体的には、『特別職員内定者及び短期編入予定者』ということになっているわ。学外の人間が、学院関係者を殺しかけたという扱いではなく、末端の関係者が、末端の関係者といざこざを起こしたということにしたわけね」
なるほど。そういう抜け道もあるのか。アリステアの紹介状を持ち、実際にウィーナレーンが関係者だと認めたことで、その場で関係者として扱うことが承認されたそうだ。
特にアリステアの紹介状は強力であるらしい。これを持っているだけでも、ちょっとした暴行事件程度なら問題なしと判断されるほどであるという。だからこそ、殺人未遂というそれなりに大それた事件を起こしたフランであっても、拘束と反省、謝罪で済んだそうだ。
一瞬、アリステアに対してそのへんの情報を何で教えておいてくれなかったのかと思ってしまったが、普通に考えたら教える必要はないだろう。
学内で暴れてはいけないとか、ウィーナレーンと敵対するなとか、当然のことだしね。これから雇ってもらおうという相手に対し、無礼を働くなというのは注意するまでもない世の常識だ。
大企業の面接にいく知人に「会社で暴れるなよ」とか「相手の会長を侮辱して怒らせるな」といった注意をする人間がいないのと同じである。
面接に合格すれば普通に教えてもらえる話だそうだし、あえて教えるまでもないと思ったのだろう。一応、紹介状があれば多少のやんちゃは許されるわけだし。今回は多少じゃ済まなかっただけで。
いや、そうだ。そこも謎なのだ。
『俺たち、ウィーナレーンに対しても攻撃を仕掛けたが……? 実際にダメージも与えたよな?』
天断で腹をぶった切って、ウルシも傷を負わせたぞ? それって、精霊からしたら制裁強化の対象にならないのか? 実際、ダメージを与えないと治まらないとか言ってたよな? 今ならあの呟きの意味も分かる。
「ああ、私が抵抗していいと、最初に告げたでしょう? だからアレは私が許可を出した扱いになっているから」
ウィーナレーンの許可によって、模擬戦みたいな扱いになったってことか? つまりフランが抵抗してもいいように、先に予防線を張ってくれたということなのだろう。
「でも、その後しまったと思ったのよね。フランは想定以上に強かったから。まあ、師匠の支援が計算に入ってなかったせいなんだけど。いくらでも抵抗していいじゃなくて、私を傷付けてもいいくらい言っておけばよかったわ。許可された以上の抵抗をしたと精霊が判断をしてしまったのよ。ごめんなさいね」
そう言って頭を下げるウィーナレーン。
ゼロスリードに対する奇襲は、多少のダメージを与えられ、拘束されたことで相殺。ウィーナレーンへの攻撃は、その後にウィーナレーンから与えられたダメージで相殺。生徒に恐怖を与えたことも、その後に謝罪したことで許された。そういうことらしい。
だが、問題が残っている。
『特別職員内定者及び短期編入予定者って言ってたよな? もう決定事項ってことか?』
「はぁ。問題はそこなのよね。そもそも、フランがこの学院にきてからのことを考えたら、好感度が上がる要素が皆無だし。私だって、栄えある学院の一員にしてあげるわ、震えて感謝しなさい! とか言うつもりもない。でもね、今のところはその肩書があるからこそ、フランはベルトゥディーに許されている」
『拒否したら?』
「……今度は私だけじゃなくて、精霊たちも相手にすることになると思うわ」
それって、結局拒否権がないってことじゃないか!
「大丈夫。さすがに即辞めたりはできないけど、2週間くらい働いてもらえば、精霊も納得するから。短期編入も、そのくらいで一区切りにできるし」
いや、説明を聞けば必要な処置だったと分かるが、なんかモヤモヤする……。フランの事を勝手に決定されてしまったからだろう。
それにしても、教師役だけじゃなくて、編入生? それってつまり、学生をやるってことだろう? 大丈夫なのか?
だが、当のフランはあっさりと頷いていた。
「わかった。その特別……?」
「特別職員内定者及び短期編入予定者」
「それでいい」
『フラン、いいのか?』
「ん? もともとそのつもりだった。面接に合格したのと同じ」
どうやらウィーナレーンに対しても特に思うところはないらしい。普通にウィーナレーンの話を受け入れていた。
「ここにいれば、ゼロスリードも見張れる」
『それは確かに』
復讐の機会が巡ってくるかどうかはともかく、ここで諦めて見逃すつもりもない。
「それに、この学院には精霊がたくさん?」
「ええ。ここ以上に密度が高い場所は、なかなかないわよ?」
「だったら、ここにいれば精霊魔術の修行にもなる。だからいい」
「はぁ……。よかったわ。本当にありがとう。これでアーちゃんにも怒られずに済む……。ああ、せめてものお詫びと言ってはなんだけど、お給料は弾ませてもらうから。他に何か望みはある?」
「……ウィーナレーンと模擬戦がしたい」
「はぁ? 私と? 別にいいけど……」
むしろ、この学院に来た理由の大半はウィーナレーンへの興味だ。世界最強のハイエルフの強さを見てみたかった。そして、その強さは実感できたが、まだまだ戦い足りないのだろう。
どうやら戦闘狂ではないらしいウィーナレーンが苦笑している。
「可愛い顔して貪欲ねぇ」
「?」
「ま、そのうちね。とりあえず、これから短い間よろしくお願いするわ」
「ん。よろしく」




