542 不意の再会
フランが精霊らしきモノの気配を感じた翌日。
『フラン。寝不足っぽいけど、大丈夫か?』
「へいき」
精霊の気配をずっと探っていたらしい。結局、その後は何も感じなかったらしいが。
目をグシグシと擦りながら、それでも朝食を食べる手は止めない。その姿は本物の猫っぽいね。
朝食は焼き立てのパンと肉入り野菜スープ。あとはフルーツ盛り合わせに、ミートボールのような挽肉料理大盛りとなかなか重いが、フランたちは喜んで食べている。
「まだねむいんかいね?」
「ん……」
「何かあったんかのう? ベッドが悪かったんならすぐに直すけんど」
「視線を感じた」
「ほー?」
フランが昨晩の感じた視線について教えると、おばあさんは嬉しそうに笑っている。
「精霊様に気に入られたんじゃねぇ」
「そうなの?」
「そうだで。でなきゃ、見つかるほど熱心に覗いたりはせん」
この宿に泊まるには精霊に認められなくてはならないが、それで精霊が気に入ったわけではないという。泊まることが許された人間の中でも、ほんの一握りが精霊に気に入られるそうだ。
場合によっては姿を見た宿泊客もいるらしい。
「どうすれば精霊さんに気に入られる?」
「さてなー? 良い子にしとればいいんじゃないかねぇ」
うーむ、分からん。良い子って……。精霊樹に悪戯をせず、お婆さんと仲良くしてればいいんだろうか?
そうやって朝食を摂っていると、宿の入り口が開いた。入ってきたのは、エルフの男性だ。おお、エルフなのにイケメンじゃない!
いや、シュッとしてるし、よく見ればまあまあイケメンだな。ただ、ギルマスを見た後だと、ちょっと地味な顔だった。以前、蜘蛛の巣を一緒に探索した地味エルフのフリーオンを思い出した。
エルフでもそこそこの顔の奴はいるんだな。
「あのー、こちらにフランさんという冒険者の方がお泊りのはずなんですが……」
「ん?」
新しいお客さんかと思ったら、フランに用事があるようだ。その男性はフランを発見すると、笑顔で近づいてくる。
「そのお姿、フランさんですか?」
「あなたは?」
「ああ、申し訳ありません。私は魔術学院の職員です」
お、ということは?
「本日の早朝に学院長が戻りました。そこで、フランさんの面接を行う日取りをお伺いするために参りました」
「お伺い?」
「はい。学院長は今日でも明日でも構わないと申しておりますが、いかがなさいますか?」
やっぱりウィーナレーンが戻ってきたらしい。それにしても、今日でもいいんだな。いついつに来いって言われるかと思ったが、こっちの都合を優先してくれるようだ。いや、そう思わせておいて、何日も置いたら失格?
(師匠、今日でいい?)
まあ、俺たちはすぐに行くけどね。
『構わないと思うぞ』
ここで明日にしたとしても、どうせやることは町の探検くらいしかやることがないし。だったら早い方がいいだろう。
「今日で」
「かしこまりました。それでは、時間のご指定はありますでしょうか?」
「こっちで決めていいの?」
「はい」
「じゃあ、ゴハン食べたら行く」
「承知いたしました。学院長にはそうお伝えいたします」
ということで、朝食を食べ終わったフランは、その足で魔術学院へとやってきていた。今日も裏口からお邪魔する。正門に行こうかと思ったけど、フランの顔を知っている守衛さんがいる方が、話が早いと思ったのだ。
これで正門に回れと言われたら従うつもりだったんだが、あっさりとコルトを呼んでもらえた。そもそも、裏口に飛び込みで部外者が来ることは少ないらしく、姿が見えた時点でもうコルトを呼んでくれていたようだ。
「やあ。昨日ぶりだね」
「ん」
「学院長の部屋に案内するからついてきて」
昨日と同じようにトンネルを歩きながら、コルトから注意事項を教えてもらう。
「学院長は穏やかな人だけど、学院に敵対的な相手には容赦ない。怒らせないように気を付けて」
「わかった」
皆が口をそろえて怒らすなって言うな。逆に言えば、それなりに怒りやすい人物だってことなんだろう。
『フラン、絶対に粗相のないようにな』
(ん)
相手はハイエルフだし、最初から敵対する気はないけどさ。何が起きるか分からないのだ。
昨日も通されたトンネルを抜けるが、今度は守衛の詰め所には向かわない。コルトの視線は、奥にある一本の塔に向いている。あそこに向かっているのだろう。今日は学院の校舎へと案内してもらえるようだった。
建物の周囲にはまばらに生徒の姿が見える。先日はいなかったんだが、時間帯のせいだろうか? 休み時間とか、そういった感じなのかもしれない。
冒険者ギルドで出会ったキャローナたちと同じ外套を纏った生徒や、魔術師のようなローブを着込んだ生徒が多い。
そんな生徒たちを遠目から観察していると、向こうからも観察されていることがわかる。
「新入生かな?」
「でも、あの装備は?」
「別に冒険者からこの学校の生徒になる人もいるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
多くの生徒の視線の中、フランが不意にその足を止めた。
「あれ? どうしたんですか?」
「……」
案内役のコルトが、驚いて振り返る。だが、フランの耳には届いていないだろう。今のフランの意識は、奥の建物から出てきた人物にしか向けられていない。
「……なんで、ここに……?」
俺も驚いた。どうしてこんな場所にあいつがいるのだ? そして、慌ててフランを止めようとしたんだが――。
「覚醒……閃華迅雷っ!」
『まて! フラン!』
遅かった。フランはすでに臨戦態勢で駆け出していたのだ。
フランが音が鳴るほど強く歯を噛みしめながら、憎き男の名前を呟く。
「ゼロスッ……リードッ!」
転剣6巻の発売まで10日を切りました。
今回は表紙も凄くド派手なので、ご期待ください。
次回更新は25日となります。その後は通常通りの更新に戻せると思います。




