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535 緑の古木亭


 レディブルーは、想像以上にゴチャゴチャした町だった。大通りはともかく、ひとたび裏道に入ると、細い道が迷路のように入り組んでいた。


 クランゼル王国の王都も相当迷いやすかったが、こちらも負けず劣らずの迷路っぷりだ。ただ、建物の雰囲気が違うせいで、町のイメージは大分違っている。


 地中海風のクランゼル王国と比べると、こちらは古き良き英国風とでも言えばいいだろうか? まあイギリスに行ったことはないから、完全に主観だけど。


 テレビのビートルズ特集で紹介されていたリヴァプールの下町とか、郊外の田舎町なんかがこんな雰囲気だった気がする。


『なあ、前も全く同じ失敗をしたと思うんだが?』

「ん?」

『クランゼルの王都でも、メインストリートを外れて、迷ったよな?』

「おいしそうな匂いがした」

「オム!」


 俺の言葉にそう返すフランの手には、ワッフルのような焼き菓子が握られている。ウルシは3つを一気食いして咀嚼中だ。


 最初は普通に大通りを進んでいたのである。しかし、フランがおいしそうな匂いを嗅ぎつけて、急に道を逸れてしまったのだ。その元である焼き菓子屋を発見したところまではよかったんだけどね。


『完全に迷ってるじゃん』

「ん」

『焼き菓子屋のおばあさんに道を聞いたよな?』

「聞いた」

『なぜその通りに行かない?』

「こっちの方が面白そう」

『ああ、そう』

「ん!」


 体を横にしないと通り抜けられない小道とか、老人は途中で力尽きるだろっていうくらい急で長くて狭い階段とか、植え込みを利用して作られた緑のトンネルとか、とにかく子供心をくすぐるような場所が多いんだよ。


 フランもウルシも、喜び勇んで町を探検していた。最早、自ら迷いに行ったといっても過言ではないだろう。


『まあ、急ぐわけじゃないからいいけどさ。とりあえず冒険者ギルドにいっておきたいけど、それだって絶対じゃないからな』


 それに、俺もちょっとだけ探検が楽しくなってきたところだ。この辺はアパートタイプの建物が減り、一軒家の多い地区なんだが、各家の庭が凝っていて見ているだけで楽しい。


 すると、フランが急に立ち止まって、前方を指差した。


「師匠、あれ」

『どうしたフラン?』

「あの建物すごい」


 フランが指差すのは、少し先にある特徴的な外観の建物だ。なるほど、あれは確かに凄いな。


 そこは三階建ての一軒家なんだが、屋根から木が生えていた。屋上を緑化しているというわけじゃないよ? どう見ても屋根に穴が空いて、そこから巨木の上部が突き出しているのだ。


 よく見れば、三階や二階の窓の一部からはその木の物と思われる枝が飛び出ている。


 ただ、俺たちが驚いたのはそれだけではない。なんと、庭に洗濯物が干されている。どうやら普通に人が住んでいるらしい。


 俺たちはその家に近づいてみる。すると、そこでまた驚きの発見をする。なんと、敷地の入り口に「緑の古木亭」という看板がかけられていたのだ。


 どうやら宿屋であるらしい。


「ウルシ、行ってみる!」

「オン!」

『あ、ちょっと!』


 フランたちは目を輝かせて宿屋に突撃した。まだどんな場所かもよく分かってないのに!


「おおー」

「オフー」


 フランと中型犬サイズのウルシは、庭の真ん中で二人並んで巨木を見上げる。クスノキに似た木なんだが、その枝葉の広がりはすでに宿の屋根よりも広く、もう一つ屋根があるかのようだ。


 しばらく見ていると満足したのか、フランは宿の扉を開いた。よく手入れされてはいるが、非常に古い木製の扉だ。


「おおー」


 そして、もう何度目か分からない感嘆の声を上げた。


「中も木がある」

『そりゃあ、そうだろ。まあ、驚く気持ちも分かるが』


 木の幹は、想像以上に太かった。そこそこ広いはずの宿屋なのに、半分は木の幹に占拠されている。中央にドーンと鎮座する巨木と、その根っこの周りにまるでウッドデッキのように張り巡らされている床。


 木の周囲の床板の形が凸凹しているのは、根っこの成長に合わせてその形に切っているからだろう。


「おんやあ、お客さんかね?」

「誰?」

「誰って、あんたこそ誰だね?」

「フラン。冒険者」

「はーはー。なるほどー」


 宿の入り口で立ち止まっていたフランたちに話しかけてきたのは、一人の小柄なエルフの老婆であった。


「わしゃ、この宿の主人だで。お泊りかね?」

「ん! 一泊!」

『おいおい、ここに泊まるのか?』

(ん!)


 まだギルドなども発見してないのに……。相当気に入ってしまったらしい。


 それにしても、エルフの老人は初めて見たかもしれない。エルフはその長い人生の大半を若い姿で過ごし、最後の百年ほどで人間と同じように老化をするらしい。そうなると、大概のエルフは引き籠って長時間の睡眠に入るそうだ。

 

 老婆で、なおかつ人の町で働いているとなると、相当珍しいんじゃなかろうか?


「夕飯と朝飯が付いて、500Gじゃねー」

「わかった」

「あと、注意することがあるんよ。この大樹様を傷付けたら、叩き出すだよ。いいかね?」


 大樹様ね。何か特別な木なんだろうか? フランが尋ねると、なんと精霊が宿っているという。この老婆はその精霊と契約を結んでいるそうだ。


「悪いことしなければ、優しい方だで」

「精霊、私も会える?」

「さあのう。会えるかもしれんし、会えないかもしれん。まあ、良い子にしとれば、もしかしたら会えるかもしれんの」

「わかった。いいこにしてる」

「ほうほう、それはええ心がけだで」


 その後、案内された部屋は思ったよりも普通だった。綺麗なベッドに、簡単なインテリア。また、心配していたような、部屋の中に木の枝が張り巡らされているようなこともなかった。


 伊達に精霊が宿っているわけではなく、宿に合わせて成長する方向などを大樹自身が調整しているそうだ。そのおかげで、客間には大樹の枝が入り込んだりはしていない。


 根っこなどが太くなってしまうのは仕方ないようだが。


「良い部屋」

「オン!」

『随分と気に入ったみたいだな』

「ん! まるで森の中にいるみたいな、いいにおいがする」


 自然児でもあるフランにとって、町の中でありながら森の気配があるこの宿は、心安らぐ場所であるのかも知れない。ベッドに腰かけて、息を大きく吸い込んでいた。


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