529 試験官は難しい
「はぁぁ!」
「ふむ」
「くっ! この! ぜえぇい!」
フランに挑発された男が、槍を連続で突き出してくる。しかしフランは全ての攻撃を紙一重で躱していった。突いた直後の薙ぎ払いや、連続突きも全てが空を切る。
1分程経ったころ、フランが軽く反撃を入れ始めた。これも、相手が躱せるギリギリを見極めての攻撃だ。
上下の打ち分けには反応できるが、左右の連撃への対応が甘いな。危うく攻撃が当たりそうになったところで、フランが寸止めして引いた。
明らかに手加減されていることが分かっているのに、男はムキになって攻撃を続けている。これもよくはない。もっと冷静にならないと、もう何度死んでいるか分からんぞ? だが、それをフランに指摘されると余計にムキになったらしい。
結局、5分程やり合い、最後は疲労困憊になった男の頭部にフランの飛び蹴りが炸裂して、勝負ありであった。大丈夫。吹っ飛んだ男にすぐにヒールをかけてやったから。意識は失ったままだけど、すでに無傷である。
「では、次!」
「は、はいっ!」
2人目の女は、男の無様なやられっぷりを見ていたからか、慎重な出だしだった。槍を腰だめに構えたまま、アウトボクサーのようにステップを刻んでフランの周りで円を描くように動いていく。
隙を探っているようだ。その直後、フランが見せた隙を見逃さず、女が槍を突き入れる。最初から致命傷を与えるつもりの、良い突きだ。
しかし、背後から背中を襲った突きを、フランはあっさりと躱した。まあ、フランがわざと作った隙だからね。
その後も、フランに誘導されるように攻撃を繰り出し、全てを回避される女。だんだんと自分が攻撃させられていることに気づいたようで、誘いには乗ってこなくなった。
その顔には焦りの表情が張り付いている。どう攻撃すればいいのか分からなくなったのだろう。
「ならば――」
お、水魔術か。槍が無理なら、魔術でというのは悪くない。ただ、まだスキルレベルが低すぎるな。放たれた弾丸はフランの裏拳であっさりと砕かれてしまっていた。
「魔力の練り上げが甘すぎる。これじゃ実戦で使い物にならない」
「なっ……」
「じゃあ、次は私の番。いくよ?」
「くっ!」
攻守交代だ。先程の男と同じように、いくつかの攻撃を繰り出して防御の反応を確かめていく。
5分後。先程の男と同じように、疲労困憊で動きが鈍ったところで意識を刈り取られていた。
周囲の冒険者たちからは声も出ない。フランがこれ程に強く、一方的な展開になるとは思わなかったのだろう。特に、これからフランと戦わなくてはいけない、ランクF冒険者たちなど涙目である。
しかし、ガル爺さんたちは心底嬉しそうな顔で笑っていた。
「いやー! すばらしいぞフラン! 期待以上だ!」
「そうだね。これだけ評価のし易い戦闘はなかなかない。この感じで次も頼むよ」
「ん。わかった」
その後、駆け出したちは1人3分もかからず、フランに倒されていくのだった。
「ぶべろ!」
「あぐっ!」
「でも可愛いっ!」
まあ、前の2人よりも体力はないし、見るべき技も少ないから仕方ないのだ。
一巡目終了後。
「なんだよ、あの動き……」
「あんなの……ずるい……」
「はぁはぁ、もっと……」
意識を取り戻した冒険者たちが、絶望的な表情でフランを見ている。負けたからといって不合格にはならないが、全くいいところなしでやられてしまったからな。相当ショックなのだろう。
ランクF冒険者たちの中には、マジ泣きし始めてしまった奴もいる。ああ、ちょっと蹴りの角度が悪くて、首の骨が折れた男だ。即座にグレーターヒールをかけてやったんだけどな。本気で命の危機を味わって、心が折れたらしい。
他の参加者も、似たような様子だった。まあ1人、目覚めてしまった感のあるやつもいるが……。
ただその中に在って、1人闘志を失わないものがいた。最初からフランに殺気を飛ばしていた、あの少年だ。
ランクFたちの中では一番長くもっただろう。それでも5分程度だったが。昨日、ランクアップ条件をギリギリ満たしたばかりとは思えないガッツだろう。
それに、技術面でも悪くはない。能力的に言えば、ランクEどころかDに届く可能性すらあった。この若さでそれはかなりの才能である。
まあ、一言も口を利かなかったので、フランを睨む理由は未だ分からずであるが。
「じゃあ、次だよ。全員前に出な」
「え? まだやるんですか?」
「当たり前だ! まだまだ終わらん! だいたい、さっきの戦闘だけで終わったら、全員不合格だぞ! 気合見せろ! ごちゃごちゃ言ってるとこのまま始めっぞ?」
ガル爺さんの喝によってやる気を取り戻したのか、逃げられないと悟ったのか。冒険者たちがフランの前に一列に並ぶ。
「次は、全員対フランだ。ババアもいるし、ポーションもある。船を壊さない程度に本気でやっていいぞ」
これは、冒険者たちに向けた言葉であったのだろう。数が揃ったことで安心してしまう者や、いくら何でもこの人数で掛かればフランがただでは済まないと心配してしまう者が、本気を出すように仕向けるための言葉である。
しかし、それに反応したのはフランだった。
「本気でやっていいの?」
「……酷い怪我はさせないでくれれば」
「ん」
フランとガル爺さんの会話を聞いて青い顔の冒険者たちと、フランの第2戦がはじまった。そして終わった。
うん、10秒ぐらい?
超高速で突っ込んだフランの初撃でリーダー格であるランクE2人が吹き飛ばされアウト。その後は1秒1撃2気絶のペースで冒険者が脱落していき、あっさりと決着がついたのだった。無策で固まっていりゃ、こうなる。
悠然と立つフランの周囲には、意識を刈り取られた冒険者たちが寝っ転がっていた。
「終わった」
「あー……。そうだな。すげーな」
「ふふん」
「ただな……」
「ん?」
「たぶん、こいつらは何されたか分かってないだろうな」
だろうね。気付いたら倒れていたという感覚だろう。
「実力差も分かってないと思うんだよ」
「そうだった。ボッキボキのバッキバキにするんだった」
「鼻をだからな? ああ、比喩だぞ? 伸びた鼻。つまりプライドをへし折れって意味だからな? 骨とかを折れってことじゃないからな?」
ガル爺さんが不安そうな顔でフランに言い聞かせる横で、ジル婆さんが冒険者たちの頭を蹴って目を覚まさせている。
「ほら、起きな! 次だよ!」
彼らの受難はもう少し続きそうだ。
あまりにも早過ぎて何が起きたか分からなかったということで、今度はもう少し手加減して長時間戦うこととなった。
冒険者たちは今度は最初から散開して、武器を構えている。
固まっていると、瞬殺されると思ったのだろう。だが、それでいいのか?
「では、始め!」
ガル爺さんがそう叫んだ直後には、フランが一番右端の男の前にいた。
「……胴に行くよ?」
「うぁ……ぐぼっ!」
鞘に入ったままの俺が、男を壁際まで吹き飛ばす。あとはその繰り返しだ。フランが孤立している冒険者に近づき、一声かけてから1撃を加える。
さっきよりは時間がかかった。それでも5分くらいだけど。
「まったく、ボケどもが……。まとめて倒されるのを恐れるあまり、適当に広がっちまうからだ!」
そうなのだ。ただ適当にばらけただけでは、各個撃破されるまでの時間を多少伸ばす効果しかなかった。離れすぎていて、仲間が攻撃している最中に背後からフランを攻撃することもできない。ガル爺さんが怒るのも無理はないだろう。
「次だ! さっさと起きろ!」
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黒雷姫の読み方は「コクライキ」です。




