526 地域密着型
セフテントのギルドマスターに依頼を受けるように頼まれた翌日。
フランの姿は小型の船の上にあった。隣にはギルドマスターのジル婆さんもいる。
目指すのは港から100メートルほど離れた場所に停泊する、冒険者船と呼ばれる中型の船であった。
最初はウルシで向かおうとしたのだが、ジル婆さんに止められたのだ。パニックになるからという理由で。全員に周知する方法がない以上、確かに魔獣の襲来と勘違いされる恐れがあるだろう。
船が密集しているこの場所でパニックが発生したら、町中以上に被害が増える可能性があった。それこそ、逃げようとした船が他の船にぶつかって沈没とか、マジで起きかねない。
「あそこに冒険者ギルドがあるの?」
「ああ、そうだ。いざという時に小回りが利くように、大型船じゃないのさ」
「ギルド支部だけの船?」
「まあ、冒険者用の宿舎や、訓練場。あとは解体場に武器屋なんかもある。冒険者に必要なものが全部そろった船と思えばいい」
「じゃあ、試験をするのも、その訓練場?」
「ああ。そうだよ」
ジル婆さんからフランへの依頼。それは冒険者の昇進試験の試験官であった。合否を判断するのではなく、立ち合い相手ではあるが。
いつもであれば、戦闘力を測る試験の相手は国内の離れた町から呼び寄せているそうだ。しかし、戦争騒ぎや、国内で起きた事件などの影響で、半年ほど先延ばしになってしまっているという。
なぜわざわざ部外者を呼ぶのかというと、甘さを失くすためと、外の世界の広さを感じさせるためであるそうだ。
この地域の冒険者は、他の地域に比べてヴィヴィアン湖周辺で生まれ育ち、そのまま冒険者になったものが多い。
普通の地域であれば腕を上げる為や、自分に適した難易度のダンジョンなどを求めて、旅をする者が多い。旅というほど大げさではなくても、ダンジョンや魔境に興味があれば、若い頃はそれなりに拠点を移すことが当たり前だった。
しかし、商業船団を中心に、地域ぐるみで冒険者を育ててきた結果、驚くほどに定住冒険者の数が増えたのだという。地域密着型冒険者ギルドとでも言えばいいのかね? 地元出身なのでお行儀はいいし、暗黙の了解などもきっちり分かっている。いいことずくめだった。
ただ一方で、馴れ合いが発生してしまうという弊害もあった。特に問題なのが、低ランク冒険者の危機感、競争心の薄さであるそうだ。
多くの冒険者が顔見知りであるし、格上の冒険者たちは自分が小さい頃に憧れた英雄たちである。そのせいで試験などで叩きのめされても、「~さんに負けたんなら仕方ない」と考えてしまい、悔しがるような事もしない者が多いのだという。
「だから、試験官はできるだけよそ者を呼ぶのさ。他地域の人間に舐められたくないっていうのは、どこでも同じだからね」
「ん。わかる」
「お、そうかい?」
「私も、黒猫族が舐められてるのが嫌」
「ああ、確かにそれに近い感情かも知れないね。だから、せいぜい小僧どもを打ちのめしてやっとくれよ」
「わかった」
「ひひひ。今回の試験に当たった奴は運が悪かったね」
ジル婆さん、性格悪いな。だが同感だ。フランに負ける冒険者たちは、かなりショックを受けるだろう。少女でよそ者で黒猫族で強そうには見えない。
うむ、俺なら泣くね。恨むなら、それを承知でフランに依頼をしたジル婆さんを恨んでくれ。フランに手加減させればいい? はは、無理に決まっているのだ。
「それに、他の奴らにもあんたのことを見せておきたいからね」
「なんで?」
「戒めと目標さ」
「?」
「ま、あんたの力を見せつけてくれればいい」
「わかった」
「オン!」
「ほほう。良い魔力だ。こりゃあ、楽しみになってきたよ。ウルシもよろしく頼むさね」
やっぱ性格悪いぜ。
5分後。
接舷した小舟から、フランが冒険者船に乗り移る。
『見た目は普通の船だな』
「ん」
「オン」
マストに冒険者ギルドの旗が立っている以外は、この近くに停泊してる中型船とさほど変わらない外見をしている。しかし、中に入ればそれが間違いだと分かった。
なにせ、冒険者ギルドの受付ロビーがそのまま船内に存在していたのだ。そこには多くの冒険者がたむろしている。活気もすさまじい。
相当な数の冒険者がセフテントに上陸したはずだが、それでもまだこれだけ乗っているんだな。
ジルに連れられて足を踏み入れると、全ての冒険者の視線がこちらに向いた。それなりに腕が立つ冒険者たちが、値踏みするようにフランを観察している。
訝し気な表情をしている者も多い。ジルを見て、フランを見て、その背後に目をやったりしているようだ。
ジル婆さんが試験官を連れてくるという話はすでに知られているのだろう。だが、それが少女であるとは伝わっていないらしい。ジル婆さんのことだから、わざとだろうな。
フランを値踏みしている冒険者たちは、フランが雑魚ではないと感じ取った者たち。戸惑っているのはフランのことが見た目通りの少女にしか見えていない者たちだろう。
「よく来たなババア」
「そちらこそ出迎えご苦労だねジジイ」
ジル婆さんと同じように、小柄で皺くちゃな爺さんが受付の前で出迎えてくれた。この爺さんがここのギルマスなのだろう。
「儂はガルフィラン。ここのギルドマスターじゃ。ガル爺さんとでも呼べ」
「わかった」
「うむ。では今日の説明をする故、こちらに来い。歓迎するぞ」
「ありがと」
ガル爺さんがフランを普通に受け入れたことで、試験官であると理解できたのだろう。高ランク冒険者たちは納得したようにうなずき、下級冒険者たちからは驚きの声があがっている。
すると、納得できていない顔の青年が、フランたちの前に立ちふさがる。
「ガル爺さん。それが今日の――」
「バカモン!」
「ひっ」
「わざわざこちらの依頼に応えてくれた冒険者に、その態度はなんだ! 礼儀も知らんのか!」
ガル爺さんに怒鳴られて腰を抜かした若者を、仲間が助け起こしている。
「あとで紹介してやる。実力を見極めることもできんボンクラは黙っておけ!」
「だ、だって……」
「そもそも、儂が丁重に出迎えたってことは、それなりに重要な相手だって分かんねえのか? そんなことにも気付けねーボケナスどもは、鍛え直さにゃならんようだな……! 後で覚悟しておけ!」
これも、ジル婆さんが言っていた馴れ合いの弊害かね? ギルマスと客の会話を邪魔した挙句、舐めた態度で接するとか、制裁の対象だろう。これがクランゼル王都で出会ったエリアンテだったら、ぶった切られていてもおかしくはなかった。




