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521 商業船団とは


 レーンの屋台を後にして、俺たちは冒険者ギルドに向かっていた。だが、その道中もあの眼帯の少女のことが気になる。


『あの娘、俺が鑑定を使ったことに気づいてたかな?』

「レーン?」

『ああ』


 俺の勘違いだと思ったが、やはり何かが引っかかるのだ。


「だったらすごい」


 そもそも俺たちはあの平原での修行で、隠密能力や隠蔽能力をかなり強化していた。鑑定を発動させる気配なども、以前よりも抑えられている。


それこそ高レベルの鑑定察知でも持っていなければ、勘づかれない自信がある程に。


 なにせ、アマンダでさえ余程集中していなければ気づけなかった。それに、気付くと言ってもせいぜい「見られたかな?」という違和感を与える程度だったのである。


 俺が見たところレーンはそれほど強くはなかった。感覚が研ぎ澄まされていると言っても、動きは素人に毛が生えた程度の物だったし、魔力も低い。冒険者としてはランクFやE程度だったはずだ。


 はっきり言って、勘づかれるとは思ってもみなかった。実際、彼女のスキルで鑑定に完璧に気づけるスキルはなかったし、強者のように勘や感覚で何となく気付くということもないステータスだったはずだ。


 はずだったんだが――。


『……自信なくすぜ』


 鑑定は非常に有用なスキルだ。いざというときにひっそりと使うためにも、日々の訓練は必要である。


平原の魔獣相手には散々練習した。察知系の能力が高い相手でも、ほとんど鑑定の気配を気付かれることがない程度には熟達してきている。なので、今は人間相手に練習を積んでいる最中だったのだ。


 とは言え、王様とか、ギルドマスターなんかにはさすがに使わないよ。使うのは、鑑定に気付く可能性が限りなく低い町中の一般の人とか、鑑定を使ってもこちらの落ち度にはならない道中ですれ違う旅人たちなどだ。


 いや、それでも気付かれる可能性はわずかにある。それこそ鑑定察知スキルを偶然持っている可能性だってあるだろう。でも、そんなことを言っていたら、鑑定スキルを怖くて使えなくなる。


 鑑定を使ったことがばれるのが怖いなんてことを理由にこのスキルを封印して、いざという時に失敗するのは間抜けすぎるだろう。それこそ頭が悪いとしか言いようがない。


いや、鑑定を発動するだけなら失敗などしない。しかし、隠密スキルと併用してスキル発動時の気配を抑えるには、それなりに練習が必要なのだ。


 ゲームみたいなシステムがある世界だが、誰が使っても同じ効果を発揮するわけじゃないし、訓練すれば訓練するだけ上達する。


 鑑定も同じだ。使っていかなきゃ上手くはならない。


 ディアスの言葉を忘れたわけじゃないよ? ただ、あれは王族などに鑑定を仕掛けたら、不敬罪になるかもよと忠告されただけだ。鑑定を使うなと言われたわけじゃない。むしろ、上手く使えという忠告だった。


 その忠告に従い、できるだけ安パイっぽい相手に鑑定を使って、練習をしていくつもりだったのだが……。


 やはりレーンのことが気になる。しばらくは人間相手に鑑定の練習をするのは控えるか。


 そんなことを考えていたら、あっと言う間に冒険者ギルドの看板が見えてきた。


「たのもー」

「はい、冒険者ギルドにようこそ!」


 キアーラゼンのギルドに入ると、受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれる。


「ご依頼――ではないかな?」

「依頼を見にきた」

「やっぱり冒険者さんか。一人なの?」

「ん」

「あれ? でもおかしいわね」

「何が?」

「あなた、商業船団にくっついてきたんじゃないわよね?」

「しょうぎょうせんだん?」

「知らない? もしかして外国の生まれ?」

「ん」

「そっか。商業船団っていうのはね――」


 お姉さんが説明してくれた。商業船団というのは、ヴィヴィアン湖を回遊している大船団のことである。ああ、ヴィヴィアン湖というのは、この巨大な湖のことだ。


 小国よりも大きな湖の畔には大きな町や都市がいくつも存在しており、船団はそれらの場所を定期的に巡っているそうだ。


 彼らの仕事は多岐にわたり、特産品などを仕入れて売る交易。冒険者や旅人の移動の足。危険な湖中央部での漁業や素材の仕入れ。さらにはサーカスや吟遊詩人などの娯楽を提供し、医者などによる定期健診まで行うそうだ。


「そんなにたくさん、船に乗れる?」

「一艘じゃないから。そうじゃなきゃ船団とは呼ばれないでしょ?」

「じゃあ、船がいっぱい?」

「うん、いっぱいね。正確な数は分からないけど、大型船が10以上。中、小型船が50以上はいたかな」

「ほー」


 そりゃあ凄い。そこまで行くとちょっとした村よりも人が多いだろう。


「もう何百年も昔からこの湖を周ってるんだよ?」

「へー。誰がはじめたの?」

「それが面白いの。嘘かほんとか分からないけど、このヴィヴィアン湖は昔は海だったんだって」

「海が湖になった?」

「元々は小さい湖があって、その湖と海が合わさって、大きな湖になったって話よ。ヴィヴィアン湖はその小さい湖の名前が引き継がれてるんですって」

「どういうこと?」

「うーん。私も詳しくはわからないけど、天変地異で湖と海が繋がって、その後地面の一部が盛り上がってここと海を切り離して、今の湖の形になったらしいわよ? その時に湖側にとり残された貿易船が、魔物から身を守るために集まったのが商業船団の始まりだって、船団の商人さんが言ってたわ」

「そのままずっと湖にいるの?」

「だって、せっかくの船を放ってはおけないでしょう? そのまま居ついちゃっても不思議はないんじゃない?」


 船っていうのは高価な物だ。それだけで一財産。外洋を航海できる交易船ともなれば、積荷などよりもはるかに高価である。交易船の船長たちが、船の持ち主なのか雇われだったのかは分からないが、船を放置して国に戻るという選択肢はなかったのだろう。


 だが、生きるには仕事をしなくてはならない。湖賊にならないだけの良心があったのか、獲物が少なくて盗賊稼業ができなかったのかは分からないが、彼らは湖の村などを港として考え、交易を始めた。


 まあ、湖の畔にあった村々を巡るだけでは碌な収入は得られないだろうし、稼ぐ方法を色々と考えたのだろう。輸送、漁業、護衛、娯楽、交易。結果、今の商業船団と呼ばれる形になっていったとしてもおかしくはなかった。


「で、商業船団にはこの辺の駆け出し冒険者がたくさん乗ってるんだよ。荷運びとかの安全な仕事もあるし、先輩冒険者さんの仕事を見て学べるしね」


 この湖周辺では、駆け出しはまず商業船団で修行をするというのが冒険者たちの常識になっているほどだという。


「だからあなたぐらいの年の冒険者は、商業船団だと結構多いのよ?」

「へぇ」


 子供冒険者が多い場所っていうのは、珍しいかもしれない。ただ、命の危険が少なく、先輩冒険者の指導も受けられるのであれば、意外と悪くない職場かもしれなかった。


「船団も快く迎え入れてくれるし」

「そうなの?」

「最初に恩を売っておけば、成長したときに商業船団のお得意になるじゃない? 強く育てば護衛として雇ってもいいし。冒険者から支持されているっていうのは、大きな武器だもの」


 そこまで行くと、湖の上を移動する大商会っていう感じだ。乗るかどうかはともかく、一度見てみたいな。フランも同じ気持ちであるらしい。


「その商業船団。どこに行ったら見れる?」

「あら、興味出た?」

「ん」

「そうねー。本隊は今の時期だと東の方に居ると思うわよ。さすがに正確な位置は分からないわね。分隊って呼ばれてる、数隻の小型船で村なんかを回っている商隊なら、1週間に1回はくるけど」

「わかった」


 この町は、湖のちょうど真南に位置している。ここから東と言うと、俺たちが向かう魔術学院のある方角とも一致している。


 魔術学院は湖から離れているが、その周辺の自治領が湖とも接しているそうだ。これは、大船団を拝むチャンスがあるかもしれない。


「ねえ、1人でクランゼル王国から来たの?」

「ん。でも、なんでクランゼルって分かった?」

「そりゃあ、レイドスに冒険者はいないもの。だったら、この辺にくる外国の冒険者なんて、クランゼル王国から来た人しかいないわ」

「なるほど」

「あなたぐらいの年齢の子が1人で来るのは初めてだけどね。でも、商業船団に所属するのはいいことだと思うわ。1年もすると、いっぱしの冒険者になれるもの」

「ん? 別に所属しない」

「あれ? 興味を持ったんじゃないの?」

「見てみたいだけ」

「あー、そういうことか。でも、命の危険はないし、絶対にお勧めなんだけどな。商業船団内にギルドの支部もあるから、ランクアップもできるし」


 船の中にギルドの支部? すげーな。動く大商会どころか、動く町だったらしい。


「ランクGとかFの子でも、うまくいけば1年で1ランクアップできるの。冒険者を育てるノウハウが蓄積されてるから、安全に成長できるんだから」


 つまり、冒険者を育てるために、段階を踏んで仕事を割り振ってくれるってことか? それは確かにいい制度かもしれない。商業船団の紐付きになってしまうだろうが、この近辺で活動するならむしろそのコネはプラスだろう。


「さすがに高位の冒険者になると、物足りなくなって船を下りるらしいけど」

「だったら、私はいい」

「あら? どうして?」

「これ」


 明らかにフランが駆け出しだと思っているお姉さんに、フランがギルドカードを見せる。


「……? いつもの黒いカードと色が……」


 冒険者カードはG、Fが銅でE、Dが黒。C、Bの場合は銀色になる。どうもこのギルドにはランクD以下の冒険者しかいないらしく、フランが出したランクBの冒険者カードを見慣れていないようだ。


「えええ? ほ、本物? 本物だよね? うん、本物! 本物なんですけどぉ!」

「うるさい」


 ようやくこれが本物だと分かった途端、お姉さんが絶叫した。直後、直立不動になる。


「も、もも、申し訳ありませんでした! 舐めた口きいてましたぁ!」

「ん?」

「す、すんませんしたぁ!」


 もしかして元ヤン? それにしても凄まじい恐れられようだ。実力を示してもいないうちからここまで激しく反応されたのは初めてだな。


「あ、あわわわわ……」


 分かりやすく動揺していらっしゃる。これはまともに話が聞けそうになかった。


「……ん?」


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