520 湖畔の乙女
「みえた。おっきい水たまり」
『湖な』
「海みたい」
『いや、湖』
前方に見えるのは、キアーラゼンという町だ。
別名、湖畔の乙女。なんでも、湖が見える広場に水の精霊を象った像が立っており、それが観光名所なんだそうだ。フランは興味なさそうだけどね。
さらに、町の建物が白を基調にして美しいこともあわせ、湖畔の乙女という愛称で呼ばれているらしい。
乙女などと言われるだけあって、中々美しい光景だ。陽光を反射して青く煌めく湖面と、その畔に立つ白い建物たち。青と白のコントラストが鮮やかである。
大きな湖の上をちっぽけな漁船たちが行き来する姿は、人々の営みの尊さを感じさせてくれた。
「……おっきい」
「オフ……」
花より団子コンビも、この眺めには感じ入るものがあったらしい。口を半開きにして湖を見つめている。まあ、1分もたなかったが。
「魚」
『はいはい。じゃあ、町にいくか』
「ん」
入場はスムーズにいった。少し並んだものの、5分はかからなかっただろう。戦争の影響で人が少ないのかと思ったら、ほとんどの旅人が船を使って湖側から町へと入るらしい。
陸路を使うのはわずかな行商人か、冒険者だけだった。
『フラン』
「……ん?」
『買い食いはほどほどにして、冒険者ギルドに行くぞ』
「もぐ」
『口に物を入れたまま返事するのはお行儀が悪いぞー』
というか、町に入って30秒で屋台に向かうとは……。やばいな、フランの旅の目的に買い食いが確実に追加されている。
お金はあるんだけどさ、好きなだけ食べ物を買うっていうのは教育的にどうなんだろう? 絶対に無駄にはしないけど……。
『うーん』
「どうしたの師匠?」
『いやなに、フランはよく食べるなーと思ってさ』
「ふふん」
なんでドヤ顔? 可愛いって言われても全く反応しないのに。そもそもたくさん食べるって褒め言葉なんだろうか?
『で、何を買ったんだ?』
「これ」
『ほほう。魚の素揚げか』
見た目はフナとか金魚に近いだろう。淡水魚っぽいな。料理方法は単純で、内臓を取り出して、そのまま油で揚げただけ。鱗さえとっていない。
『味はどうだ?』
「塩?」
『……他は?』
「ちょっと泥」
典型的な下処理不足の川魚だろう。しかし、そう言いつつもフランは魚の素揚げを平らげる。
「バリバリするのはいい」
『ああ、食感が好きってことか?』
「ん」
素揚げされた鱗部分が気に入ったようだ。フランは食べ終わった端から屋台に突撃し、魚の素揚げを買っては齧りついている。
「!」
『ど、どうした?』
「これ、おいしい」
『ほう?』
「モムモム!」
『ウルシもか』
フランが目を見開いて見つめているのは、この通りにあるほぼ全ての屋台が提供している魚の素揚げだ。使っている魚も一緒のようだし、見た目では他の屋台と違いが分からない。
だが、フランとウルシが言うのであれば間違いないだろう。
『当たりの屋台だったんだな。多分、下処理とか味付けがいいんだろう』
「戻る!」
「オン!」
『あ、ちょっと!』
フランとウルシがダッシュで来た道を引き返し、ある屋台に突撃していった。というか、よくここで買おうと思ったな。
その屋台は閑古鳥が鳴いていた。しかも屋台がやけにボロい。塗装は剥げているし、暖簾のような物は色あせてみすぼらしい。
この外観のせいで客が来ないのか、客が来ないからみすぼらしいままなのか。少なくとも俺だったらこの店は選ばないだろう。
「あれー? また来てくれたの?」
売り子は、金髪ハーフツインの美少女だ。貴族の血でも混じっているのかと思うほどに美しいゆるふわブロンドに、白い肌。魚をその場で素揚げして売っているのだから、油跳ねで肌が荒れていなくてはおかしいと思うのだが、少女の肌にはシミ一つない。
だが、この少女目当てで客が殺到することはないだろう。黒い鉢巻みたいな眼帯で、両目を覆っているのだ。片目ならともかく、両目である。見目麗しい分、その目隠しのような眼帯の異様さが際立つ。
しかし、フランはそんなことには全く頓着せず、魚を注文した。
「ん! ここのが一番おいしい。匂いに嘘はなかった」
「オン!」
「ありがとう」
少女はふわりと笑うと、軽く頭を下げる。
どうやらフランたちは鼻でこの屋台を選んだらしい。揚げ油が他と違うのだろう。使い回しせず、こまめに入れ替えているのかもしれない。値段も他の店よりも少し高かった。
「全部ちょうだい」
「え?」
「全部ほしい」
「えっと、ここにあるの全部ってこと?」
「ん。揚げてくれたらそれも買う」
『こらこら、買い占めはダメだって。営業できなくなるだろ』
店っていうのは単に売り上げさえ良ければいいものではないのだ。お得意さんとか常連さんのために、ある程度は残さないと評判に関わる。
しかし、少女は普通に喜んでいた。
「ありがとう。じゃあ、早速揚げるわね」
「ん」
考えてみりゃ、これだけ流行っていないんだ。全部売れるのは少女にとって幸運でしかないのかもしれない。
『それにしても、凄いな』
少女は見えているのかと思うほどに、流麗な動作で魚の素揚げを作っていく。魚を捌く動作も、油から上げるタイミングも完璧だ。
それだけではない。フランからお金を渡された少女は、それをわずかに触っただけで銀貨か銅貨か判別し、お釣りを返してきた。
気になって鑑定してみると、その疑問は解消される。
名称:レーン 年齢:24歳
種族:人間
職業:料理人
状態:欠損・両目
ステータス レベル:25
HP:54 MP:101
腕力:30 体力:36 敏捷:41 知力:49 魔力:70 器用:47
スキル
鋭敏聴覚:Lv2、風魔術:Lv4、気流視覚:Lv2、気配察知:Lv2、杖術:Lv2、反響定位:Lv4、魔力視覚:Lv5、水魔術:Lv2、料理:Lv4、魔力操作
装備
樫の短杖、水精の服、魔力の眼帯、魔力の首飾り
視覚を補うためのスキルを多数所持していた。スキル構成から考えて、元々魔術師だったのだろう。
「……」
『!』
なんだ? いま一瞬レーンの目が俺を見た? いや、目は見えないはずだが……。魔力視覚で俺が魔剣だと分かったのか? 不思議な感覚だ。俺というよりは、剣に宿った俺の魂を見透かされたような……。いや、そんなわけないよな。
ただ、視力を失っている分、それ以外が非常に鋭敏であるらしかった。彼女の前では油断しないように気を付けよう。
「ありがとう。また来る」
「こちらこそ。私がこの屋台を始めて以来、最高売り上げだわ。またね」
そうしてレーンの屋台を後にしたのだが、なぜか彼女にずっと見られているような気がする。
『いやいや……。気のせいか?』
「師匠?」
『なあ、誰かに見られてるとか、ないよな?』
「む……?」
「オン……?」
俺の言葉にフランたちが一瞬身構える。だが、すぐに首を傾げた。何も感じないのだろう。やはり俺の気のせいか。そう思っていたら、不可解なモヤモヤもいつの間にか晴れていた。
『すまん。俺の勘違いだったみたいだ』
「ん」




