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50 トラップとトリック

 ダンジョン調査依頼2日目。


「よし、5層に突入するぞ」


 調査隊一行は、すでに4層の終点まで探索を終えていた。


 ここまで問題は――まあ、ほとんどない。クラッドも、昨日の敗北が堪えたのか、大人しいものだ。いや、目覚めた後に目撃した、フランとアマンダの模擬戦の方がショックがデカそうだったけどね。ざまあみろ。


 ただ、アマンダからのアプローチが凄まじい。昨晩の模擬戦は、それは壮絶だった。フランなんて半殺しの目にあったし。脇腹を抉られた時には肝が冷えたぜ。いや、肝ないけどね! 


 なんか、比喩表現て体の部位を使ったものが多くて、無機物の俺には使いづらいな。どうでもいいことなんだけど。ちょっと気になってしまったのだ。


 まあ、ランクA冒険者の強さを体感できたのは良かった。フランも悔しくはあるが、アマンダを嫌ってはいないようだ。半殺しにしてくれた敵というよりは、いつかは越えるべき壁の様な相手に見えているんだろう。むしろ、アマンダに対する好意さえうかがえた。


 アマンダにとっても昨晩の模擬戦は満足いくものだったらしい。普通の冒険者相手では、少し鞭を振るっただけであっさり叩きのめしてしまうと嘆いていた。その点、フランは回避力も高いし、気を抜けばアマンダさえ危うくなる攻撃力もある。


 そのせいで、また模擬戦をしようと朝から煩いのだった。そして、クルスやフリーオンたちから見ても、アマンダとフランの模擬戦は次元が違っていたらしい。


 露骨に態度を変えるようなことはなかったが、行動や言葉の端々に、フランに対する畏怖の様なものが感じられた。完全にフランを格上と認めたみたいだな。


 意外なことに、クルス君からはフランに対して好意の様な物まで感じられる。ランクD冒険者如きに負けた、と思わないのだろうか? 多分、実力差を受け入れ、相手を認めるだけの度量があるのだろう。いい漢だぞクルス君。フランはやらんけどな!


 1層から4層までは、大した敵もいない上、罠も少なく、ほとんど立ち止まらずに進んでこれた。魔獣は蟲系が多かったな。新しいスキルを入手できなかったことは残念だが、そこはまあしょうがない。

 

「では、再確認だ。まず、この先には蜘蛛系の魔獣、トラップ・スパイダーが群れている」

「ん」

「囲まれると面倒だ。そこは注意してくれ」


 糸で雁字搦めにされたら、格下相手でも不覚を取る可能性は十分あるしな。


「それと、罠の数も増える。特に転移の罠は危険なので、十分注意してくれ。シーフの皆は、索敵よりも、罠感知を重点的に頼む」


 シーフ達を先頭に、5層へと突入である。戦闘になれば、戦士たちが前に出て、魔術師が援護するという連携だ。


 蜘蛛の素材はそこそこの値で取引されているらしく、できるだけ火炎系の魔術を使うなと言われている。トラップ・スパイダーの糸は、ランクの割に強靭なので、重宝されているらしい。だが、加工前は火に弱く、簡単に燃え上がってしまう。なので、フランはひたすらに剣を振るっていた。


 5層は問題なく踏破できそうだな。まあ、これだけの戦力があるのだし、それは当然なのだが。


 だが、問題が起きたのは6層に入った直後だった。


「くそっ、雑魚蜘蛛のくせに!」

「精霊魔術で倒しきれない? まさか!」


 トラップ・スパイダーが急に強くなったのだ。目に見えて生命力が高く、体も一回り大きい気がする。より下の階層にいる個体の方が、レベルが高かったりするのだろうか?


 俺は鑑定を使ってみた。そして、名称と説明を見て、驚愕の事実を知る。


『フラン、こいつらはトラップ・スパイダーじゃない。トリック・スパイダーだ! 進化してやがる!』


 トリック・スパイダーは一見すると、大きいトラップ・スパイダーの様だが、中身は全然違う。何せ、進化した上位種だ。脅威度も1つ高いEである。


 ステータスは倍以上だし、攻撃手段も多い。何より、混乱毒と猛毒牙を持っている。トラップ・スパイダーと勘違いして攻撃し、命を落とす冒険者も多いらしかった。


「ゲンネル! どうした!」

「わから、ねぇ……。毒消しが、効かない」


 やられた奴がいたか。トラップ・スパイダーの毒は非常に弱く、直ぐに5等級の毒消しを飲めば、全く問題にならない。なので、トリック・スパイダーをトラップ・スパイダーだと勘違いしたまま、低等級の毒消しを飲んだだけで戦い続けると、猛毒にやられてしまうという訳だった。


『フラン。あいつヤバそうだ』

「ん」


 フランは僅かに下がると、男にアンチ・ドートをかけてやる。王毒までは完全に無効化できる術だ。


「た、助かった!」

「ありがとう」

「ん。あれはトリック・スパイダー。猛毒を持ってる」

「なっ! トリック・スパイダーだと? バカな! 進化が起きたのか!」


 実は、この洞窟にトリック・スパイダーのポップは設定されていない。最も強いのが、トラップ・スパイダーなのだ。


 だが、いくつかの要因が重なった場合、こちらの思惑を超えて、進化が起きてしまう場合があるらしい。


 それは、強力すぎる個体が生まれてしまった場合だ。ダンジョンの力で生み出されるとはいえ、ダンジョンモンスターにも個体差は存在する。時には、ユニーク個体やレア個体と言った、他の個体を越える力を持った魔獣が生まれることもあった。


 強力個体が生まれた場合、何が起きるか。それはその個体によるエサの独占と、飢餓による下位個体同士の共食いだ。すると、餌を十分に食べた強力個体が、進化する可能性がまず生まれる。次に、共食いに勝ち残った下位個体にも、進化のチャンスはあるだろう。


 双方が潰し合う場合がほとんどだが、最悪の場合は進化個体同士が共生してしまい、ダンジョンの生態系が変化してしまう事さえあった。


 それ以外にも、経験値の高いエサを偶発的に摂取して進化してしまう場合や、何らかの外部要因によって進化する場合もある。


 まあ、攻略されたダンジョンの場合、後者の2つはほとんど有り得ないらしいが。


「くそっ、油断した! アマンダ様!」

「分かってるわよ。フランちゃんも、行くわよ?」

「ん」


 そして、始まったのは蹂躙だ。ランクE冒険者たちでは手こずっていたトリック・スパイダーの群れが、瞬く間に数を減らしていく。わずか数分後。20匹ほどの蜘蛛の群れは、物言わぬ屍へと姿を変えていた。


「雑魚と戦ってもつまらないのよね。ね、フランちゃん?」

「ううん。楽しかった」

「あら、そうなの? フランちゃんが楽しかったのなら、良かったわ」


 フランたちは楽しそうだが、他の冒険者たちは疲れた顔をしている。クラッドたちは、限界が近そうだ。


「一旦引くぞ、5階層へ戻る! そこまでは奴らも追ってこない!」


 ダンジョンモンスターは、ダンジョンマスターの命令がある場合か、設定されている個体数の上限を超えて増えない限り、階層を勝手に移動しない。なので、5層に逃げれば、トリック・スパイダーも追ってこないはずだった。


「すでに繁殖が行われているとしたら、かなり危険だ」

「分かった!」

「俺たちと、フランは殿を務める」

「ん」

「E級のパーティーは先に下がれ!」

「わ、わか――ぎゃあぁ!」

「お、落ち着け! かすり傷だ!」

「後ろにもいやがった!」

「1匹だけだろう! 騒ぐんじゃない!」

「ま、前からもまた来たぞ!」


 この場面でパニックに陥ったのは、クラッドたち竜の咆哮のメンバーだった。どうも、魔獣に囲まれるということに慣れていないらしい。さらに、混乱の状態異常を受けている様だ。


「待ちなさい」

「う、うるさい!」


 クラッドはまだギリギリ戦意を保っていたが、背後から奇襲を受けた部下の二人が、前方の蜘蛛の群れに向かって闇雲に走り出してしまった。


「あ、まて! そっちにはまだ罠が!」


 そして、シーフの探知が済んでいないエリアに足を踏み入れ、案の定罠を作動させてしまった。


 キュイイイイーン


「よりにもよって転移の罠だと?」

「まずい――」


 そして、フランの姿が掻き消えた。手に握っていたはずの、俺をその場に残して。


『え? フラン?』

「フランちゃん!」



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