517 騎士と冒険者
カーナたちの護衛を引き受けたフランだったが、すぐに日が落ちてしまっていた。
今は峠の下り道で野営の最中だ。大地魔術で壁などを作り出し、野営地の周囲を囲んで防御陣地を構築している。
『まあ、ここなら脇道からの通行の邪魔にもならないし、大丈夫だろう』
「ん」
この峠は完全な一本道ではない。何十もの脇道があり、それらの道は様々な場所に繋がっているそうだ。中にはレイドス王国に繋がる道もあるらしい。当然、関所や見張櫓で監視はされているので自由な通行はできないが。
「こ、これほどの魔術が……」
「う、嘘でしょう……!」
フランが作り上げた陣地を見て、ディアーヌとシェラーが呆然としている。
フランが強力な戦士であることは分かっていたのだろうが、魔術の腕前がこれほどの物だとは思わなかったのだろう。カーナやディアーヌが驚倒していた。ウルシの最大化を見せた時よりも驚いたんじゃないかね?
道中の雰囲気は思ったよりも悪くなかった。完全に心を折られたディアーヌと、未だにフランに恐怖を抱いているシェラーがほとんど喋らなかったのだ。対して、カーナはフランに積極的に話しかけてくる。
野営中、フランからもウルシからもやや離れた場所で気配を殺すようにしているディアーヌたちに対し、カーナはフランの真横に座ってカレー風味のスープに舌鼓を打っていた。
さすがにシェラーが毒見などをしていたが、フランが出した一見粗末な料理をカーナは文句も言わずに食べている。まあ、見た目は粗野だが、魔獣肉と香辛料をたっぷり使った高級料理だけどね。
むしろ串焼きなどをそのまま食べることが楽しいらしい。その表情の明るさは演技ではないだろう。
「フランさんは冒険者なのですよね?」
「ん?」
「フランさんは、私と同じくらいの齢だと思いますが、それくらいの冒険者は珍しくはないのですか?」
「ん……。いる」
「そうですか……。あの、フランさんは、なぜ冒険者に?」
ディアーヌたちのように憎々し気な気持ちはないようだが、冒険者に対して興味はあるらしい。そんなに珍しいものか? どんな町にだって何人かはいるだろう。それとも、全く見かけたことがないくらい箱入り? それにしては魔術が使えたり、野営に文句も言わないなど、逞しさがある。
「強くなるため」
「強く、ですか? それは、例えば騎士や兵士を目指すのではいけないのですか?」
「子供じゃ無理」
「そうですか……。あの、冒険者の仕事は辛くないんですか?」
「なんで?」
カーナの問いを聞いたフランは心底不思議そうに聞き返した。
「私と同じくらいの年齢でそんなに強くなるには、凄く大変だったんじゃないですか?」
「……強くなりたいから冒険者になった。だから、怪我したり、強い相手と戦ったりするのを苦しいと思ったことはない」
「そ、そうですか……」
フランの真っすぐな目に見つめられ、カーナは気圧されたように目を逸らした。まあ、互いの価値観が余りにも違いすぎる。分かり合えないとは言わんが、出会って一晩で全てを理解し合うことは無理だろう。
カーナにとっては地獄のような日々に思えるとしても、フランにとっては掛け替えのない日々だったはずだ。
逆に、フランにもカーナのことは理解できない。きっと、いいとこの令嬢には彼女らしか理解できない辛さがあるのだろう。
人っていうのはそういうものだ。
「冒険者のお仕事は、魔獣や盗賊を倒したりするんですよね? あとは、商人さんの護衛をしたり」
「ん? 違うよ?」
「え? そうなのですか?」
え? そうなの? 俺も驚いちゃったんだけど。
「冒険者の仕事は冒険」
「冒険?」
「そう。冒険するのが冒険者」
「盗賊を捕まえたり、魔獣を狩るのは? 冒険者の方がやっているのでは?」
「やってる。でも、本当は騎士とか兵士がやる仕事。でも、やってくれないから、冒険者がやってるだけ」
うーん、フランと同じ意見の冒険者はあまり多くないと思うけどな。フランの言う冒険とは、魔境やダンジョンに入って、戦う事全般を指しているはずだ。
そして、単に盗賊や魔獣を倒す治安維持は、本来騎士団の仕事であると言っているのである。だが、そこは結構境界線が曖昧だった。ダンジョンの中で魔獣と戦っているのだから外でも戦えるし、盗賊などと戦うこともその延長上であるとも考えられるのだ。
「……だ、だが、力を持つ者には人々を守る義務があるはずだ!」
「そうなの?」
「そうだ! 力には義務が伴う!」
「ふーん。よくわかんない」
「ディアーヌ」
カーナが制すが、ディアーヌの言葉は止まらない。
「お、お前はそれ程の力を持ちながら、弱者を見て何とも思わないのか? 救おうと思わんのか!」
「思うよ? だからあなたたちも助けた」
「……今、よくわからないと……」
「ん? 助けたいから助ける。それだけ。別に、自分が弱くても助けたいと思ったら助けようとするから。お前は自分が強いから人を助けるの? 弱かったら見捨てる?」
「そ、それは……」
「ディアーヌ! 黙りなさい!」
「……っ! も、申し訳……」
カーナに怒鳴られたディアーヌが、青い顔で黙り込んだ。
しかし難しい問題だ。力の義務っていうのは、強者を利用するための弱者の都合のいい理屈。もしくは力に酔った強者の驕りだと思う。
フランの場合はそんな難しいことは考えていないだろう。そもそも、目の前に困っている人がいれば理由を考える間もなく、とりあえず助けちゃうからね。自身が口にした通り、助けたいから助ける。それだけだ。
もし相手がムカつく奴だったら普通に見捨てるか、助けて法外な報酬を要求するだろう。
これもまた、冒険者と騎士の差と言えるかもしれない。騎士というのはいわば税金で食わせてもらっている人たちだ。その辺の義務と権利について、入団時から叩き込まれるのだろう。ああ、腐ったクズ騎士団じゃなければね。
ただ、「給料分働け!」では士気も上がらないし誇りも保てない。だから、弱者の救済とか、正義の為の奉仕、みたいな表現が使われるのだろう。そういった教育が行き過ぎれば、ディアーヌみたいな騎士が生まれる訳だ。
対して冒険者は全て自己責任だ。つまり手に入れた力も自分の力であり、自分のために使うという考え方が普通であるはずだ。
「ディアーヌの肩を持つわけではありませんが、冒険者の中には盗賊まがいのことをする人間もいると聞きました」
「冒険者だからっていう訳じゃない。騎士にだって貴族にだって、クズはいる。あなたたちの国には、悪人がいないの?」
「それは……そうですね。本当です。悪い騎士や貴族もいますものね」
カーナはフランの言葉を聞いて、深く頷いている。何か心当たりがあるらしい。考えてみれば、お嬢様がこんな所を少数で旅しているのも不自然だし、何かわけありなのだろう。
「それでは冒険者というのは――」
余程冒険者に興味があるのか、カーナの質問は就寝するまで延々と続くのだった。
次回は9/1、9/4、更新予定です。その後、正常に戻せればいいなーと思ってます。




