516 冒険者の価値
少しだけ待っていると、どうやら話し合いが終わったらしい。ディアーヌが相変わらずの上から目線で話しかけてきた。
「おい、冒険者」
「なに?」
「同行を許可する」
うわー、何様だこいつ。フランがイラッとするのが分かった。
「いくら出す?」
「金をせしめようと言うのか!」
いや、何言っちゃってんの? 冒険者を護衛に雇うのがタダなわけないじゃん? しかし、ディアーヌはさらにフランを罵倒した。
「これだから冒険者というのは……!」
「冒険者を護衛に雇うのに、報酬が必要なのは常識」
「カーナお嬢様の御身を守らせてやろうと言うのだぞ! 名誉な事であろう!」
「騎士は名誉でお腹が膨れる? すごいね。でも冒険者はただ働きをしない」
「申し訳ありません。私たちは少々冒険者さんの常識を知らないんです。おいくら出せばよろしいですか?」
「お嬢様!」
カーナが頭を下げたのを見て、ディアーヌが悲鳴を上げているが。カーナは鋭い視線を自らの護衛に向けた。
「黙りなさいディアーヌ」
「な……! 何故です!」
「自分の価値観を他人に押し付けてはいけません。騎士と冒険者の価値観は違うのです。同じ騎士同士、貴族同士でも違うのですから……」
「……それは……」
「ねえ。そっちで話してるだけなら、もう行っていい?」
ああ、いい加減フランも飽きてきたみたいだ。だが、フランの言葉にディアーヌが何か言う前に、カーナが再度頭を下げた。
「申し訳ありません。それで、おいくらならよろしいのでしょうか?」
「ん……」
「ふん。どうせ高い金額をせしめようというのだろう。いいぞ、ほら」
ディアーヌがそう言って革袋をフランの足下に投げた。こいつ、学習能力がないのか? カーナがメッチャ不愉快そうにお前を睨んでいるぞ? フランが革袋を拾って開いてみると、中には2000ゴルドほど入っていた。
「一晩なのだ、破格であろう?」
よくない! これで雇えるのは精々ランクE以下の冒険者だろう。
フランはランクB冒険者だぞ? 一晩だろうが、その程度のはした金で雇われるわけがない。フランもさすがに腹に据えかねたらしい。
金を拾えという態度よりも、その安さに。冒険者という職業を馬鹿にされていることは分かっているが、これが決定的にフランの機嫌を損ねたのだろう。
言ってしまえば、お前らなどその程度の価値しかないと言い切られたわけだからな。
「弱者を守り、魔獣を狩るという栄えある仕事を、下世話で下劣な金銭などに替える者どもは、金さえ払えば命を懸けるのであろう?」
もしかして、フランをわざと怒らせて交渉を決裂させようとしているのか? それとも、そこまで冒険者が嫌いなのだろうか? だが、フランがそんな事情を汲んで様子見をする訳もない。
フランは革袋を少々強めにディアーヌの足下に投げ返すと、口を開いた。
「足りない」
「馬鹿な! 一晩だけだぞ? たった一晩でいくら取ろうと言うのだ!」
「私はランクB冒険者。この程度で雇えるわけない。依頼料は冒険者への評価の証。私がその程度の価値しかないというのであれば、交渉は決裂」
「……ふん。金銭で身を売る冒険者らしい言いざまだ。ではいくら出せばいいというのだ!」
「私を雇うなら、有り金全部出せ」
「ば、馬鹿な! ふざけるな! それでは、今後我らの旅が立ち行かなくなるではないか!」
「ふざけてない。私を雇わないか、有り金全部出すか。そのどちらか。よかったね?」
「は?」
「お金は下世話で下劣なんでしょう? 私が全部もらってあげる。それとも、下世話で下劣なお金が本当は大事なの? 騎士なのに嘘ついたの? ああ、お前が噓つきなだけ?」
あ、メッチャキレてた。口数が超多い。
多分、言いたいこと全部言って、それで相手を怒らせるつもりなのだろう。交渉を決裂させるつもりなのはフランの方でした。
「ぐっ……。何をわけの分からぬ理屈を……」
「それはそっち。何様なのか知らないけど、冒険者を馬鹿にするな」
「ひっ……」
フランの威圧を叩きつけられたディアーヌが、顔を青ざめさせてその場で尻餅をついた。目の端には薄っすらと涙が浮かんでいる。
蔑んでいようと、相手が圧倒的強者であるという事実に変わりはない。そして、今現在敵対しかけている。そのことに気づいてしまったのだろう。
その直後、カーナがフランと彼女の間に割って入る。
「そこまでです。ディアーヌ、あなたが悪いわ。聞いていた私も不快です。もう喋らないように」
「あ、あ……」
ほほう。護衛の女を注意するように見せかけて、フランから庇ったぞ。しかも、自分が威圧を叩きつけられる位置に入ったのに、その表情に変化はない。
「……ふん」
「本当に申し訳有りません。ディアーヌには後できつく言って聞かせます。これ以上、あなたに不愉快なことは言わせませんから。どうか、お怒りを鎮めてはくださいませんか?」
「……」
フランが威圧を解いて、カーナと向き合う。やはり、この少女だけは特別だな。ディアーヌがやり込められるのを見ていたシェラーなどは卒倒しそうな顔をしているのに、カーナの顔には恐怖すらない。謝罪の言葉にも嘘はなかった。
「それで、どうする? 有り金全部、出す? 出さない?」
「それなんですが……。少しまかりませんか?」
「ん?」
「正直言いますと、我々は今の手持ちのお金でどうしてもセーナルの町まで行かなくてはならないのです」
(セーナル?)
〈ベリオス王国西部に位置する都市。向かっている魔術学院の近くに存在しています〉
(おお、なるほど)
「ここで有り金を全て渡してしまうと、少々路銀に不安が残り……」
面白い。あれだけの威圧感を発していたフランを見ているにもかかわらず、交渉しようというのか。しかも、上目遣いであざとさ全開である。
俺は、フランの口元に薄っすらと笑みが浮かんだのを見逃さなかった。多分、ディアーヌの醜態を見て憂さが晴れ、カーナへの興味だけが残ったのだろう。物怖じせずに、値段交渉をするカーナを面白がっているらしい。
「あなたがお強いのは分かりました。きっと、凄くたくさんのお金が必要になるんでしょう。でも、私たちに払えるのはこの程度なのです。これで、次の関所まで同行してはもらえませんか?」
そう言って差し出した革袋には金貨が入っていた、全部で3万ゴルドを超えている。面白いのは意外と適正であるということだった。
モンスターのレベルが低い場所をランクB冒険者が一晩護衛するとなると、まあこのくらいなのだ。いや、彼女たちにある程度戦闘力があり、野営の準備などもできているならむしろ貰いすぎかもしれん。
これが分かっているのかどうか……。ただ、これでフランが彼女を決定的に気に入ったのは確かだった。
「わかった。そのかわり、そいつは……」
「勿論です。もう、悪口は言わせません」
「ん。なら引き受ける」
「ありがとうございます!」
次回は29日更新とさせてください。




