514 関所
「クンクンクンクン」
「ウルシ、どう?」
「クゥン……」
『ダメか』
俺たちはディディーアンの町で食べ歩きをしながら、ウルシの鼻でゼロスリードを探していた。もし町中にいるのであれば、ウルシの鼻から逃げることは不可能に近い。
何せ奴とは何度も戦って、その匂いをウルシが記憶しているのだ。
しかし、結果は空振りであった。本人の匂いどころか、残り香さえなかったのだ。完全にこの町に潜伏している線はなくなったと言っていいだろう。
『仕方ない。どうせ不確定な情報だったんだ』
「ん」
フランとしても、ダメ元という感じだったし、そこまで落ち込んでいないらしい。そもそも食べ歩きのついでにやる時点で、期待してないと言っているようなものだ。
『それで、どうする? チーズは大量に仕入れたけど、この町で1泊するか?』
「いい。次の町行く」
『いいのか?』
「ん。チーズ飽きた」
ああ、そういえばさっきからチーズと関係ない料理を買うなーと思ってたんだ。食べ過ぎて飽きたらしい。まあ、チーズってそんな大量に食べるもんじゃないしな。
『次の町はもうベリオス王国だ。その前に、国境がある。ちゃんとしたルートで入国しておかないと、後々面倒だからな』
「わかった」
この世界、国境というのはあやふやなものだ。線が引いてあるわけでもないし、壁などで仕切られているわけでもない。関所を無視しようと思えば簡単にできてしまう。
また、仲が良好な国同士では、通行などに特に制限のない国も多いらしい。
だが、これから向かうベリオス王国は違っている。この世界ではトップクラスに入出国管理が厳しいのだ。
街道筋には全て関所が設置され、監視所なども多い。また、関所を通らずに入国したことがばれると、入国税というものを取られるそうだ。それだけではなく、入国手続きをしていない状態で犯罪を起こすと、軽犯罪でも重罰化することが多いという。
これは隣国のレイドス王国からのスパイなどに対抗するための措置であり、賄賂などでも見逃されることはないんだとか。まあ、兵士が真面目なのはいいことだよね。
それに、国境をきちんと通過していれば、そこまで酷いことにはならないはずだし、俺たちはあまり気にする必要はないだろう。
「じゃあ、いく」
『え? 今すぐか?』
「ん」
余程チーズに飽きたらしい。そういえば、カレーのトッピングでリクエストされることも少ない気がする。フランにも好き嫌いがあったのか。いや、チーズが嫌いなわけじゃないから、超好きか、大好きか、普通に好きくらいの差だろうが。
『じゃ、関所に向かおう。ウルシの足ならなんとか今日中に国境を越えられるだろ』
「ん!」
「オン!」
それから1時間後。買い物や冒険者ギルドでの出国報告などを済ませた俺たちは、一つ目の関所にたどり着いていた。
『あれがクランゼル側の関所だな』
「砦?」
「オン?」
『まあ、関所兼砦ってことなんだろ』
むしろ関所としての機能よりも、ベリオス王国への牽制と言う意味の方が大きいのだと思われた。
クランゼル王国とベリオス王国の国境線は、一部は川であるが、この辺は山岳部となっている。山の峰を国境線と定めているらしい。
その中で、山と山の間を通すように街道が設置されており、関所はその街道の途上に存在している。国境線上ではないのは、関所が砦としての機能を有しているからだろう。
たとえ友好国だとしても、一方だけに砦を作ることを許すわけがない。片方が関所という名の砦を作れば、もう一方も同じことをするはずだ。そして、できるだけ相手の国に近い場所に砦を作りたいと思うはずだった。
しかし、双方が同じことを考えれば、国境線を挟んで2つの砦が隣接し合うということにもなりかねない。
そこで大概の場合、国境からある程度の範囲内に建造物を作らないという条約が国同士で締結されていることがほとんどであった。まあ、これはディディーアンの町の衛兵から聞いた受け売りだが。
『まずはクランゼル王国側で出国手続きをする。その後、峠を越えてベリオス王国側の関所で入国手続きだ』
「わかった」
『とりあえずこの辺で降りよう。このままウルシに乗って近づいたら、絶対にあらぬ誤解をうける』
危険な魔獣が攻めてきたとでも思われたら、余計に時間を取られるだろう。
「オンオン!」
そして、国境に向かったんだが、手続きは非常にスムーズだった。そもそも、俺たちしかいないから待たされないし、冒険者カードがあれば煩雑な手続きもない。出国の理由なんて、「冒険」と答えればそれで済んでしまった。
まあ、フランが本当にランクB冒険者なのかと少し疑われたようだが、冒険者カードが本物だと分かれば突っ込んだことも聞かれない。冒険者の中には身の上を聞かれることを嫌がる人間も多いし、本当のランクBともなれば怒らせるわけにもいかないからだろう。
ウルシに関しては従魔証もあり、サイズも最小であれば全く問題にならなかった。関所を通り抜けるのに5分もかからなかっただろう。
むしろ、ベリオス王国への入国の方が大変そうだった。
『じゃあ、峠を越えるまでは歩きで行くぞ。ウルシの姿をこの辺で見せるのは色々と混乱を招くからな』
「オン」
「ん」
峠と言っても、そこまで険しいものではない。一般人でも半日程度で抜けられるそうだ。
魔獣が出没するらしいが、兵士たちが狩りをしているので精々が脅威度Fまでしか出没しないという。
一応、確認されている中で一番強い魔獣は脅威度Dという話だったが、そいつも数年に1度目撃されるだけであるらしい。
脅威度Dの魔獣と出くわさない限り、フランとウルシなら峠を越えるのに半日もかからないだろう。既に夕方だが、野営をしたとしても明日の朝には向こうの関所にたどり着けるはずだ。
そのはずだったんだが――。
『まさか、フラグだったのか?』
「ん?」
『いや、なんでもない。それよりも、早く助けるぞ!』
峠の頂上付近で、旅人が襲われる現場に出くわしていた。しかも、脅威度D魔獣であるストーム・ワイバーンに。
「ウルシ、いく!」
「ガル!」




