512 一時の別れ
修業の仕上げとしてワイト・キング、グレーター・ヴェノム・ガストを倒した俺たちは、今後の行動を相談していた。
「フランちゃんは、これからどうするの?」
「うーん? 師匠?」
『そうだなぁ』
何かをしなくちゃいけないということもない。やりたいことはたくさんあるんだけどな。
『俺としては、アリステアに頼まれた、模擬戦の教官をするっていう依頼。ちょっと興味があるんだよな』
依頼というよりは、学校に興味がある。まあ、今さらフランは学校に通いたいとは言い出さないだろう。
フランの最重要目的は、強くなって黒猫族の呪いを解くことだからな。その目的のためには、学校に通うのは遠回りになる。
ただ、同年代と僅かな時間でも触れ合うのは貴重だし、もしかしたらフランが学校に興味を持つかもしれない。
俺としては、フランが学校に通うのは賛成だ。積極的に勧めようとは思わないが、フランが通いたいと言えば反対することはない。
まあ、それも含めて、まずは学校というものを体験してみねば。
「私も興味ある」
『お? そうなのか?』
もしかして学校に通いたい願望があったか? そう思ったんだが、興味の矛先が違っていたらしい。
「ん。ハイエルフに会ってみたい」
『そういうことか』
「世界で一番強い種族。興味ある」
やはりフランの興味はもっぱら戦闘方面に向いているらしかった。だが、フランも行ってみたいというのであれば、次の目的地は決まったな。
『じゃあ、ベリオス王国の魔術学院に向かってみるか』
「ん」
「では、アタシの紹介状を渡す。これを持っていけば、ウィーナレーンに会うまでに何日間も待たされるようなことはないはずだ」
『ウィーナレーンっていうのが、ハイエルフの名前なのか?』
「そうだ」
それにしても、何日間も待たされる? 大貴族に面会するときにはそんなことがあると聞いているが……。魔術学院の学長という肩書から、偉い人だろうとは思っていたが、想像以上の大物であるようだ。
「魔術学院は自治が認められているからな。ウィーナレーンはある意味領主みたいなものだ。紹介状がなければすぐには会えん」
「どんな人?」
「あー、そうだな……。基本は穏やかな人物だ。むしろトロそうに見える。だが、時おり思い付きや突飛な行動で周りを振り回すことがある。ただ、悪意はないんだ。だから安心してくれ。少し変わり者なだけだから」
『それって、全く安心できないんだが』
周りを振り回す、悪意はないけど変わり者のハイエルフ。タチが悪くない?
「心配するのも分かる。だが、基本的には善人なんだ。実際、何百年も魔術学院を運営して、多くの人間に崇められてもいる。まあ、恨んでいる人間も多いらしいが……」
だから、最後に不安になる言葉を付け加えるな!
『なんか、行きたくなくなってきたんだけど』
「まあまあ、そう言うなって。フランはどうだ?」
「ん。ハイエルフ面白そう。会いたい」
「だとよ」
『くっ』
フランが会いたいんじゃ仕方ない!
『分かったよ……』
となると、国境を越える準備が必要だな。その辺の手続きはどうなってるんだ? アマンダに聞いてみると、ランクBの冒険者カードがあれば問題ないらしい。
「まあ、レイドス王国と接しているのが原因で、国境警備はかなり厳しいから、関所をキッチリ通ることをオススメするわ」
「わかった」
『壁でもあるのか?』
「それはないさ。だが、入国記録がきっちり管理されているはずだから、気を付けることだ」
どっかで身分証を確認されて、入国した記録がなければ面倒なことになってしまうわけか。
「本当はアタシも一緒に行きたいところなんだがな……」
『狂信剣の調査は終わったんじゃないのか?』
「それがまだなんだよ。元アシュトナー侯爵領の調査が残ってるんだ」
アシュトナー侯爵の領地に残されている資料を、ガルスたちと一緒に検分することになっているらしい。
国が管理する神剣の資料なんてそう簡単に見せてもらえるのかと思ったが、なんとすでに国王とは話を付けているらしい。
『国にそんな簡単に身分を打ち明けて大丈夫なのか?』
クランゼル王国の国王は、獣王みたいなサバサバしたタイプじゃない。場合によっては、力ずくで言うことを聞かせようとする可能性だってあるんじゃないか?
そう思ったが、それを否定したのはアマンダだった。
「大丈夫よ。ガルスの紹介で王に面会したんでしょ? はっきり言って、今の状況で筆頭鍛冶師と神級鍛冶師、揃って敵に回すような真似しないわ。それに、まともな国なら神級鍛冶師に手を出したりしない」
「なんで?」
「どんな魔道具を持っているかも分からないし、どんな伝手があるかも分からない。表に出ていないだけで、各国や、有名冒険者と繋がりがあることは間違いないでしょ?」
神級鍛冶師を囲い込もうとしたら、それだけで色々な場所を敵に回す可能性があるってことだな。
「それに、狂信剣の問題解決はこの国でも最優先に行いたいことだ。あれのコピーでも出てきたら、また同じことが起きる可能性があるからな。ま、少なくとも混乱が収まるまではアタシを丁重にもてなすだろうよ」
「そういうこと。それに、アタシもそれとなくアリステアとの繋がりを仄めかしておくから、安心なさい」
アマンダも敵に回すとなれば、いよいよアリステアには手が出せんだろう。
「だから、安心してくれ」
「分かった」
フランはアリステアの言葉にうなずくと、その場で深々と頭を下げる。
「アマンダ。アリステア。ありがとうございました」
それを見ながら、アマンダたちが微笑む。嬉し気に、だがどこか寂し気に。これが別れの挨拶なのだと分かっているからだろう。
「楽しかったわ」
「アタシもだ」
頭を上げたフランは、馬ほどのサイズに変化したウルシに飛び乗る。
「また会いに来てね?」
「勿論」
「アタシは、調査が終わったら魔術学院に顔を出す」
「ん。待ってる」
いつもはもっと別れの悲しみを我慢するんだが、今回は意外とドライだった。感謝の想いが強いが、それほど悲しみはない。
しばらく一緒に居たし、アマンダともアリステアとも、すでに何度か別れて再会してを繰り返している。多分、その関係に慣れてきたのだろう。
それに、この2人とはまた出会えるという確信がある。フランもそれを感じているからこそ、一時の別れと感じているのかもしれない。
「2人とも、ばいばい」




