503 師匠とフランとウルシ
「ウルシ! いま!」
「グルオオオオオ!」
身体大変化スキルで元の肉体よりも遥かに巨大化したウルシが、ハンマーのような尾を振り回す巨獣に向かって突進する。背に混じる灰銀の毛並みが、まるで一筋の流星のように見えた。
そのウルシの姿を見て、改めて思う。
『デカいな』
その大きさは、以前の倍以上あるだろう。鼻先から尻尾までで10メートル以上。体高も倍以上に増え、まるで大木のような影を作っている。
しかし、重い体のせいで動きが遅くなるようなことはない。力強さが増した分、むしろ直線は速くなっている。
放たれる様々な攻撃を完璧に回避しながら、あっさりと距離を詰めるウルシ。そして、その巨大な前足が、硬い甲殻に守られた巨獣――インビジブル・デスの頭部に叩き込まれる。
さすがにそれで仕留めるまではいかないが、相手の頭部を激しく揺さぶることには成功したらしい。ウルシの一撃で軽い脳震盪を起こした巨獣が、攻撃の手を止めてその場でたたらを踏むように動きをとめた。
チャンスだ。
「いく!」
『おう!』
「はぁぁ!」
空から飛び降りたフランは、俺を大上段に振りかぶる。
「ブゴオオオオォォォォオォォォッ!」
さすがに脅威度Bの魔獣。たとえ隙を晒している状態でも、簡単に攻撃はさせてもらえないようだ。
全身の水晶鱗を逆立たせ、真上にいるフランに向かって一斉に射出してきた。そこに混じって、強力な狙撃まで放ってくるのだから、かなり凶悪である。
だが、フランはあせらず冷静に対処していた。俺の転移を使うまでもなく、体捌きと剣捌きで、水晶を完全に躱しているのだ。
以前のままであったら、空中跳躍をここまで連続で、しかも微妙な力加減で使うことはできなかっただろう。しかし、今のフランには難しくはない。
狙撃に関しては、隙のない剣技を使うことで完全に相殺していた。これもまた、修業の成果である。剣術で鱗の散弾を迎撃しながらも、攻防の中によどみなく剣技を混ぜ込んでいた。
宙にいるフランは、当然のことながら重力に引かれ、少しずつその高度を下げている。インビジブル・デスに近づけば近づくほど、攻撃の激しさは増していくのだが、フランの守りに一切の乱れはなかった。
「閃華迅雷!」
そのまま、フランが一気に勝負に出る。
「やあああ!」
「ブモオオ!」
『そこだぁ!』
インビジブル・デスの放った鱗と光魔術は、攻撃にシフトしたフランに代わって俺が防ぐ。以前よりも精密性が増したおかげで、フランに当たる水晶鱗だけを見極めて念動で防ぎつつ、光魔術は闇魔術で相殺することも可能だ。
そのまま、黒雷に包まれたフランの放った全力の剣聖技が、目の前の甲羅を切り裂く。
巨大な水晶と幾重もの障壁に守られたインビジブル・デスの強靭な甲殻も、今の俺たちにとっては障害ではなかった。
技が特別なのではない。技を使うフランが強くなったのだ。
フランの黒雷と、俺が多重展開させた属性剣が甲殻の内側の肉や骨を打ち砕き、内側から爆散させる。
「しぃっ!」
「ブモオオオォォォォ……」
最後は、露出した魔石に俺を突き立て、インビジブル・デスを短時間で仕留めたのだった。
以前、散々苦労させられたインビジブル・デスに完勝だ。無論、あのときの経験が生きているのは確かだが、それ以上にフランとウルシの力が増していた。
『フラン、本当に強くなって』
「師匠、また言ってる」
『仕方ないだろう。お前の成長した姿は何度見たって嬉しいんだ』
「でも、もう1ヶ月くらいたつ」
『それでもだ!』
「別にウルシみたいには変わってないよ?」
『外見はな! ウルシの場合は変わり過ぎだから』
「オン?」
牛くらいのサイズになって近寄ってきたウルシをフランが撫でてやる。一番変わったのは毛並みだろうな。
黒地にわずかな赤の混じった姿だったのだが、今は赤毛の量が増え、背中に流れるような銀の線が2本入っている。また、全体的にもモフモフ度が増しただろう。
フランがウルシに抱きつく頻度が明らかに上がっていた。
『でもな、短期間でこれだけ強くなったのは、間違いなく成長だよ』
「オン!」
「ん」
そんな話をしていると、不意に俺たちの耳に、無機質でいながらどこか優しい女性の声が聞こえてきた。
〈インビジブル・デスの魔石から複数のスキルを取得。同名スキル、上位スキルへの統合を確認〉
「ん」
わずかに力を取り戻したアナウンスさんである。潜在能力解放のときのように会話ができるわけではないが、俺がこの世界に来たときと同じ程度には力が戻ったようだ。ファナティクスの力を吸収できたことも、良い方向へ働いたらしかった。
俺の制御の一部をアナウンスさんが肩代わりしてくれているそうで、魔術や念動を使う際の負荷もかなり減ったのだ。
また、新たな機能としてアナウンスさんの声がフランにも届くようになっている。フランにはすべて説明しているんだが、完全には理解できていないようで。俺の中にいる声だけの精霊さん的なイメージであるらしかった。
そうそう、フランには取り戻した記憶についても話をしている。
俺が死に、剣となるまでの記憶だ。
メンテナンスが終了する直前、混沌の女神様に再び出会って説明されたが、あえて転生前後の記憶を思い出させたらしい。中途半端に記憶が戻りかけていた部分を放置していると、余計に気になって他の記憶の封印にまで影響が出かねなかったそうだ。
もし全ての記憶が一気に戻るような事態になれば、確実に俺は狂ってしまうらしいからな。まあ、思い出しかけが一番たちが悪いってことなんだろう。
あ、色っぽい話は一応黙っております。フランにはまだ早いのだ。というか、なんて説明する? エッチな記憶は俺の精神を強く揺さぶる可能性があるから、神様に封印されましたって言うのか? 自分でフランにそんな説明するくらいなら死ぬ。
『それにしても、もうすぐ俺が復活して1ヶ月か』
「ん」
『もう連携もバッチリだな』
「ん。ばっちり」
「オン!」
最初はかなり戸惑ったな。お互いに。何せ、フランもウルシも見違えていたし、俺はアナウンスさんの補助によって戦闘力が増していたのだ。
この1ヶ月かけて、連携を仕上げてきた。その結果が、今回の戦闘であった。
『いやー、目覚めた直後は大変だった。連携以外にも色々な……』




