499 わかれ
「じゃあ、やりましょうか?」
「ん!」
フランとアマンダが祭壇の前で向き合い、鋭い視線を搦め合う。久しぶりに再会して十数分で模擬戦か……。
フランが構えるのは、長いこと使っている幻輝石の魔剣。アマンダの鞭は『悪魔の責め苦』という厳つい名前の付いた、禍々しい鞭だった。武闘大会で壊れてしまった天龍髭の魔鞭や、決勝で使っていた予備の鞭ともまた違うな。
名称:悪魔の責め苦
攻撃力:721 保有魔力:616 耐久値:720
魔力伝導率・B-
スキル:伸縮自在、与苦痛増加、麻痺付与
名称:天龍髭の魔鞭
攻撃力:1030 保有魔力:1800 耐久値:1000
魔力伝導率・A
スキル:重量変化、伸縮自在
以前使っていた天龍髭の魔鞭よりは弱いが、結構強い。与苦痛増加が嫌らしい能力だな。
「新しく手に入れた鞭の試運転をさせてもらうわね?」
「ん。上等」
「ふふ。じゃあ、いくわよ?」
その瞬間、戦闘が始まった。外から見ていると唐突に見えるが、2人の間ではそうではない。武器を構え合った時点で始まっているようなものだからだ。
「しぅっ!」
「む!」
「はぁぁ!」
「ん!」
アマンダの鞭を躱しつつ、フランが切りかかる。そんな攻防を数分間繰り返していると、アマンダが感心するように笑った。
「立ち回りを変えたのね」
「ん」
「なるほどなるほど。剣技を使うことを意識しているのね」
あっさりと見抜いたアマンダ。改めて見るとアマンダの立ち回りは、鞭術の中に本当に自然に鞭技が織り込まれている。
「しぃ! はぁ!」
踊るような鞭の攻撃の合間。鞭が地面に潜り込むと地中から槍のようにフランに襲いかかり、再び横薙ぎの一撃に変化する。
下から相手に襲い掛かる鞭技『狂い睡蓮』を上手く使い、横の動きの中に縦の動きを組み込んでいるのだろう。それにより、フランは回避のタイミングを崩されるだけではなく、常に下にも注意を払わなくてはいけなくなった。
それ以外にも、アマンダの鞭技は凄まじい。
一度剣で弾かれた鞭があり得ない動きでフランに再度襲い掛かってきたせいで追撃を封じられたり、アマンダが全く腕を動かさない状態から鞭が動いて奇襲してきたりと、改めて武技の有用さを分からされた。
『あれが目指す先か……』
結局フランは鞭の嵐に押し切られ、剣を弾き飛ばされてしまっていた。やはりアマンダは強い。
「むぅ……」
「まあ、まだまだ負けないわよ? でも、この立ち回りを身につければ、相当強くなれるでしょうね。武術の腕前自体は、もう私を超えているようだし」
「ん!」
「それに、師匠の援護なしで戦うのは、絶対にフランちゃんのためになるわ。攻撃力や魔術だけじゃなくて、戦闘中に相談できなければ自分で考えるしかないしね」
「……わかった」
フランは悔しそうだが、アマンダの助言に素直に頷いている。この素直さが、フランの成長力を支えているのだ。
頑固な部分は絶対に譲らないが、戦闘などの教えを請う場合は驚くほどに素直だった。
「じゃあ、次行きましょうか」
「ん!」
まあ、1回で終わるわけないよね。
その後、日が傾き始めるまで、フランとアマンダの模擬戦は続いたのだった。
「いやー、久々にいい模擬戦ができたわ!」
「ん……」
フランは結局1度も勝てなかったな。立ち回りを変えずに剣技主体で挑んでいたとはいえ、凄まじく悔しそうだ。多分、1回くらいは勝てるつもりだったのだろう。しかし、俺がいない状態では力の差は歴然だった。いや、力ではなく、経験と技術の差か。
それでも、後半はアマンダの鞭にも反応できるようになっていたし、今後修業が進めばいい勝負ができるようになると思う。
「それじゃあ、私はアレッサに戻るわね。また4日後に来るわ」
「わかった」
「フランちゃん、私が帰っちゃって寂しくない?」
「へいき」
「ほ、本当に?」
「ん」
「本当の本当に?」
「全然平気」
「本当に――」
アマンダよ、とっとと帰れ!
夕食時。
フランはウルシと共に巨大な肉にかぶりついている。ふふん、フランだって毎日カレーを食べているわけじゃないのだ。いや、今日は朝と昼はカレーだったけどね。
これは迷い込んできたファングボアを仕留めたので、丸焼きを作ってみたのである。
「もぐもぐ……これはこれでおいしい」
「ガウガウ! オン!」
マンガ肉を両手に持って交互に頬張るフランと、骨ごと肉を噛み砕くウルシ。太い大腿骨を噛み砕きご満悦だ。味よりも歯応えに喜んでいるようだった。
「さてと……それじゃあ、俺はそろそろ眠りにつかなきゃならん」
「ん……」
「オン……」
すでにフェンリルが眠らなくてはならないということは、フランたちに説明済みだ。だが、改めて言われると寂しいらしい。アマンダと違って、次いつ会えるかどうか分からないからな。
「そんな顔をするな。師匠の中で眠るだけだからな。2人とも修行頑張れよ」
「ありがとうございました」
「オン」
フランたちが背筋を正して、頭を下げる。アマンダに対するのとは全然違う態度だが、向こうは仲の良いお姉ちゃん感覚、こっちは期間限定の大好きな先生的な感じなのだろう。
「なに、俺と師匠は一心同体。師匠の相棒であるフランは、俺にとっても他人じゃないんだ」
「でも色々教わったから」
「オン」
「それに、俺が力を取り戻すためにも、フランには頑張ってもらわなきゃならん」
「ん! 任せておいて!」
フランの力強い言葉に、フェンリルが優しく微笑む。
「ああ、任せる。またな」
「ん。またね」
そして、フェンリルは幻影のままフランとウルシの頭の上に手を載せる。触れられる訳ではないんだが、それでも2人は嬉しそうだ。そんなフランたちの表情を僅かな間見つめると、軽く微笑んでそのままスゥーッと消えていった。
俺の中でフェンリルが眠りについたのがわかる。
『眠ったか。まあ、いつかまた会えるさ』
「ん! 頑張る」
「オン」
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