496 修行も時間も進む
『もう、どれくらいの時が過ぎたんだろうな?』
「……」
答える者はいない。当然だ。
俺がこの台座に差し込まれてから、気が遠くなるほどの時が過ぎたのだから。
雲は流れ、雨が降り、幾度もの夜を越え、俺は未だにこの場所にいる。
『あれから幾星霜……いつになったら俺はこの状況から抜け出せるんだ?』
「……」
『この拷問にも等しい、平原の牢獄から……』
だがそんな俺の嘆きの声に応える声があった。威厳に満ちた男性の声が、どこからともなく聞こえてくる。
「……百年の孤独ごっこはもういいか?」
独り芝居をする俺を呆れ顔で見つめるフェンリルさんでした。
『暇なんだよ!』
「俺もまさかここまで長くなるとは思ってなかったからな。だが、枯渇の森に刺さってた頃よりはましだろ?」
『そりゃそうだが……』
終わりがあると分かっているし、フランもウルシもフェンリルもいる。それに俺自身が多少は成長もした。
『でも暇なものは暇なの! だって1ヶ月だぞ?』
そう、あれから1ヶ月だ。それだけ経過しても、まだ解析すら終わっていなかった。いったいどれだけの時間がかかるのか……。
今や祭壇の隣には大地魔術で作られた小屋が建っている。最初の数日、フランは平原にベッドを置いてそのまま寝ていたのだ。元々野宿は苦にならない、というか閉塞感のある場所よりも爽やかな平原で寝る方が好きらしい。
ただ、雨が降る日もあるので一応小屋を作ったのだ。最初はフェンリルが作ろうとしたんだけど、こいつが元々は狼だっていうことを忘れていた。巨大な穴を掘って、「良い寝床だろう!」って言うんだもの。
結局、フランが適当に作ることになった。ただ、その辺りは雑なフランだ。屋根があるだけマシレベルのあばら屋である。くそ、俺が作れればもっとマシな家にできたのに!
まあ、俺の解析が終わらないおかげでフェンリルが外に出ていることができ、フランたちの修業が大分進んだがな。
『俺ももう、氷魔術でこんなこともできちゃうんだぞ?』
苦手な氷魔術を制御して、狼からドラゴン、ドラゴンから虎などに変形させることも難なくできるようになった。
得意な雷鳴魔術、火魔術ならば10頭の龍を宙に舞わせて別々に動かし、最後に花火のように散らすことさえ可能だ。
フランの前じゃやらないけど、美少女風の外見にしてセクシーなポーズをとらせることだってできちゃうぞ。
「そもそも、同時演算を外せばいいんだがな」
『それじゃ、いざという時に即応できないだろうが』
「心配性だな」
『それに良い修業になったんだから結果オーライだ。フランの修業もより先に進んで、俺だけ遊んでいるわけにはいかんからな』
フランたちの修業も、すでに第2段階へと進んでいる。剣技のみを使って戦闘するという修業だ。
フランは剣技をあまり使わない。高速戦闘の中では技後の硬直が命取りになるからだ。また、スキルや魔術で一撃の威力を底上げできるフランには必要ないという理由もあった。
しかしもう1つの理由としては、フランが剣技の使い方があまり上手ではないというのもあるのだ。
普通の剣士の場合、剣術を練習→剣技を習得→剣技をメインで戦う→剣技のみでは通用しない相手に出会う→剣術、剣技両方をバランスよく使うようになる、という流れだ。
しかしフランは最初から剣術を高レベルで習得してしまったが故に、それだけでも戦闘ができてしまった。しかも、すぐに強くなったことで、前述の通り剣技を必要としなかった。
他の剣士が通るような、剣技を覚えてそればかり使いまくって痛い目に遭うというプロセスを飛ばしてしまったのだ。普通はそのときに剣技の使い方を体に覚え込ませる。そのせいで経験を積み上げていないフランは、剣技を攻防の中に織り交ぜることが苦手であった。
俺たちが剣技を使う場合、斬り合いの機先を制する場合か、止めに放つことが多いのもそのせいだ。
それを分かっているフェンリルに、しばらくは剣技だけで戦闘をするように言われていた。フェンリルとの模擬戦でも、剣技だけで戦いを組み立てている。
フェンリルは幻影のような存在なので、幾ら攻撃を受けても問題ないらしい。そのおかげで、フランの剣技を時おり受けつつ、アドバイスをしてくれていた。
「そろそろ実戦を積みたいんだがな」
『フェンリルたちとの模擬戦じゃだめなのか?』
「俺は幻だから手を出さない。それでは模擬戦とも言えん。ゴブリン程度じゃ実戦などとは呼べないだろう? もう少し強めの相手との戦闘が必要だ。魔獣相手の実戦か、冒険者相手の模擬戦か……」
やはり、実戦で鍛えなくては本当の意味では身に付かないってことらしい。
「ただな、そろそろ俺も時間切れだ」
『え? どういうことだ?』
「修業の時以外は力を節約してきたが、さすがにこれ以上は外に出ていられん。師匠の話し相手になれるのもあと少しだ。すまんな」
その言葉で分かった。単に幻影を使って外に出ることができなくなるだけではなく、本当に以前のように俺たちとも会話できなくなるということなのだろう。
「フランたちにも教えられることはほぼ教えたが……。今後も見てやれないのは少々心残りだな。後は頼むぞ師匠」
『雑魚魔獣でも狩ればいいのか?』
「模擬戦の相手がいない以上、それしかなかろう。最初は雑魚から始めて、段々強くしていくんだ。幸い、この平原なら魔獣の強さをある程度絞れるからな」
ただ、やっぱり俺抜きで強い魔獣と戦わせるのは不安だな……。離れるのは王都でも経験したが、あのときは立場が逆だった。今回は俺が待つ側である。
『なあ、フランとウルシ同士の模擬戦じゃダメか?』
「あの2人では、互いの手の内を知り過ぎている。できれば他の冒険者や、手ごわい魔獣がいい」
冒険者を呼ぶのは無理だ。俺のことも隠さなきゃいけないし、ここに留まってフランの模擬戦に付き合い続けるのを、そもそも了解してくれるはずもない。
「やはり師匠もその心配性を少し直さんとな……」
『わかってるよ……』




