493 師匠の現状
フェンリルが俺に起きている異常について説明し始める。
「元々はな、師匠の精神が剣に馴染むのをケルビムがサポートする予定だったんだ。時間をかけて師匠の精神が適合し、その時点で俺の正体を明かし、記憶を段階的に解放ってな具合で、少しずつ師匠と剣を一体化するはずだった」
『でもケルビムは……』
「その通りだ。無論、あのとき彼女が身を挺さなければ俺も師匠も消滅していた。感謝している。だが、ケルビムのサポートが受けられなくなったことによって、計画に綻びが生じ始めた」
しかも、計画の狂いはそれだけではかったらしい。
「想定以上の速さでの成長。異常な激闘の連続。それによる大量のスキル取得。潜在能力解放を使ったことによるシステムへの負荷。狂鬼化による暴走。ファナティクスの同化吸収」
フェンリルが指折り数える。言われてみると、中々濃密な数ヶ月だったな。だが、それがよくなかったってことか?
潜在能力解放ではアナウンスさんが力を失ったうえに、システム全体に大きな歪みが生じてしまった。狂鬼化ではフェンリルの凶悪な部分が暴走をした。そしてファナティクスを喰ったことでさらに内部のシステムに負荷がかかり、記憶だけではなく邪神の封印にまで綻びが発生してしまった。
「師匠とフランが必死に戦ってきた証拠だ。それを悪いこととは言わんさ。だが、神々の想像以上に駆け足だったことは確かだろう」
人とは時間感覚の違う神々は、その辺の見積もりが大分甘かったらしい。まあ、俺たちも少し生き急ぎ過ぎなのかもしれんが。
神々も、記憶や邪神の封印が何があっても完璧だとは考えていなかった。だからこそケルビムの残滓――つまりアナウンスさんを残していたのだ。封印に多少の綻びが生じても、アナウンスさんが修復してくれるはずだったという。
しかし、アナウンスさんが力を失い、修復力が大幅に下がってしまった。そこに、短い間に連続して封印を揺るがす出来事が続いてしまい、より封印が緩んだ状態になってしまっているのだ。
「でも、アリステアに直してもらった」
「ああ、あれでかなり持ち直したのは確かだ。しかし、神級鍛冶師でも神の構築したシステムを完璧に理解できているわけじゃない。あくまでも応急処置ってところだった」
『今回は違うと?』
「俺も詳しく分かっているわけじゃないがな」
今、俺が刺さっている台座。これも神が作った台座であり、フェンリルでさえ知らない様々な能力があるそうだ。
「ともかく、師匠は剣に適合しきっていないのに、力が想定を大幅に超えている。このまま放置すると記憶の封印が壊れ、師匠の精神に影響が出るかもしれん。むしろ、絶対に師匠の精神が狂う。それだけじゃない。師匠、声を聴いたな?」
『声? あ、もしかしてあれか? 全てを喰らえってやつ』
戦闘中に耳元で煩かったから、怒鳴りつけたらいつの間にか消えてたんだよな。
「そうだ。もう、アレの正体はわかっただろ?」
『……邪神か』
「その通り。正確には、俺の魂と融合した、邪神の魂の欠片だな。それにしても……くくく」
『どうしたんだ?』
「いや、あの邪神の欠片が師匠に怒鳴られて、黙りこくった様子を思い出したらな……。くくく。自分の支配を受け付けない存在がいるなど、信じられなかったんだろう。驚いて引っ込みやがった」
ああ、そういうことか。俺の気迫に押されたとかじゃなく、支配できなかったことに驚いたってことね。
「まだ邪神の意識がわずかに漏れ出しているだけだが、放置はしておけん。それと、記憶の封印の再強化に、システム全体の補修。それが今回この場所に来てもらった目的だ」
「じゃあ、師匠は治るの?」
「無論だ。というかな、師匠に直ってもらわないと俺が困る。俺も師匠の一部みたいなものだからな」
『それは分かった。で、俺はどうすればいいんだ?』
「何もしなくていい」
『何もって……。動くなってことか?』
「そうだ。あとはその台座が自動で作業を行ってくれるらしい。俺もそこは詳しくないが、動かないことが師匠の仕事だ。すでに台座に組み込まれた術式が師匠の解析を始めているはずだからな」
『了解』
つまり、しばらく俺は動けないってことか? ちょっと怖いんだけどな……。アリステアに修復してもらったときの、精神を削るような激痛を思い出す。また、あんなことにならないよね?
『どれくらい待ってればいい?』
「さて、それは俺にも分からん。1時間か、1日か、1週間か」
『おいおい、そんな長くなる可能性があるのか?』
「自分の中身がどんだけ複雑で高度な仕組みになっているのか、考えてみろよ? 下手すりゃ1ヶ月以上かかるかもしれんぞ?」
『まじか。となると、フランはどうする? 離れるとスキル共有が解けちまうし……』
ウルシがいたとしても、単独で魔狼の平原を抜けてアレッサに戻るのは危険が多いだろう。
「ここで待ってる」
『まあ、それしかないよな……。すまんな、俺のせいで』
「ううん。へいき。それに、ちょうどいい修業期間になる」
『でも、俺がいないぞ?』
「師匠に頼らずに戦う訓練。ウルシもいる」
「オン!」
『そうか。そうだな』
実際、スキルが使えればフランの戦力もそう下がらない。外周に行かなければ大丈夫だろう。
フェンリルの説明を信じるなら、魔獣は台座に近づくのを嫌がるそうだからな。
「じゃあ、俺がフランとウルシに稽古を付けてやろうか?」
「フェンリルが?」
「ああ。今は台座のおかげで外に出てきているが、修復が終わればまた師匠の中で眠りにつくことになる。俺が稽古を付けてやれるのなんて、今だけだろう」
『……フラン、お願いしたらどうだ?』
フェンリルがフランたちにどんな稽古を付けるのか、俺も気になる。特にウルシだ。
俺がなぜ召喚で狼型の魔獣を召喚できたのかも分かった。間違いなくフェンリルのおかげだろう。ウルシの称号『神狼の眷属』はそういうことなのだ。同じ狼型の魔獣として、ウルシにはいい勉強になると思う。
「わかった。お願いします」
「オン!」
「よしよし。では少しばかりレクチャーしてやるとしようか」




