487 魔獣との激戦
魔術で大ダメージを負ったインビジブル・デスだったが、次の行動は俺たちでも予想できていなかった。
「む? なに?」
『アンキロサウルスだけじゃなくて、アルマジロっぽい部分もあったか!』
なんと、頭や腕を抱え込むように体を縮め、丸まったのだ。しかも水晶鱗が一気に再生するとともに肥大化し、まるで巨大な水晶の塊が地面に置かれているかのようであった。
しかも、体内で魔力が高まっていくのが分かる。防御を固めて、一撃必殺の攻撃を繰り出す形態なのだろう。
「……どうする?」
『取り敢えず魔術をぶち込んでみよう。ただ、カウンターに気を付けながらな』
「わかった。魔法は師匠に任せる」
せっかく相手の動きが止まったのだ。見ているだけは間抜けすぎる。
俺は再び魔術を放った。
しかし、インビジブル・デスはただ丸まっただけではなかった。どうやら魔術に対する防御力が増したらしく、今度はトール・ハンマーもフレア・エクスプロードも、ダメージを与えることが出来なかったのだ。
しかもこちらの攻撃とほぼ同時に光魔術と水晶鱗攻撃を放ってくる。なるほど、どんな人間や魔獣でも、高速で移動しながら魔術を使うのは難しい。あえて相手の大技を誘い、その隙を突くカウンター戦法というわけだ。
まあ、俺たちの場合は問題ないんだけどね。フランが高速で動いて攻撃をかわし、俺が魔術を放てるからだ。
『もう1度いくぞ!』
「ん!」
『あれを見た後じゃ、これをカンナカムイとは呼びたくないんだが……』
俺の使える最強の術。カンナカムイだ。王都で見たベルメリアのカンナカムイに比べたら贋物みたいな威力だが、それでも今の俺の精一杯である。
白い雷が降り注ぎ、インビジブル・デスを直撃した。やはりこの威力の術は防ぎきれないらしい。インビジブル・デスは押し潰すような雷撃によって防御態勢を無理矢理解かれ、直後の大爆発でひっくり返っていた。
「ブモオ!」
「いま!」
「オン!」
体勢が崩れ、しかもその体を覆っていた水晶が半分近く砕け散っている。あの魔術の直撃を受けたにしては驚くほどダメージが少ないものの、その身を守る鎧の多くが失われていた。
「ガルルル!」
最初にウルシが攻撃を仕掛ける。
あえて大きく吠え、インビジブル・デスの注意を引き付けていた。無駄にサイズチェンジをしながら目の前をチョロチョロするウルシに、インビジブル・デスの意識が完全に引っ張られる。狙うのはカンナカムイによって水晶鱗が剥された場所だ。既に薄皮が張るように細かく小さい鱗が生え始めているが、他の場所よりはましだ。
その隙をついて、フランが横合いから突貫した。放つのは剣聖術スパイラル・ファング。回転を加えた強力な突き技である。
俺の刀身が水晶鱗とその下の硬い殻を貫き、インビジブル・デスの体を深々と抉っていた。水晶鱗の特性上、魔石の位置が特定できなかったので一撃必殺とはいかないが、巨獣の生命力は大きく減っている。
『はあああ!』
「おまけ!」
俺たちはさらにその状態で火炎魔術を放った。吹き上がる爆炎が俺達まで巻き込むが、障壁で受け流す。
「ブモォ……!」
体に深い穴を穿たれたインビジブル・デスが、弱々しい呻き声を上げた。未だに内臓までは届いていないものの、背骨と思われる青白い骨が露出している。
それでも即座に傷口の周囲から水晶の鱗が生えて、その部分を塞ごうとしているな。やはりこの鱗が厄介だ。
「アオオオオオン!」
「ウルシ?」
『なっ?』
再生する水晶に飲み込まれる前に一旦距離を取ったフランに代わって、ウルシが追い打ちをかけた。だが、その方法を見て俺もフランも驚いてしまう。
「ガルルロオオオオ!」
なんと、小さいサイズのまま、インビジブル・デスの体内に飛び込んだのだ。水晶鱗が再生していくことで中に閉じ込められてしまうが、そんなことお構いなしだ。
巨獣の体に空いたクレーターの内で、筋線維や肉、骨などを食らい、さらに奥へと掘り進もうというのだろう。
「ブモオオオオオオオオオォォォォッ!」
カンナカムイの直撃でさえ短い呻き声で耐えきった巨獣が、手足をバタバタと動かして身をよじっていた。そして、まるで泣き叫んでいるかのような、悲鳴にしか聞こえない咆哮を上げる。
内側から貪り食われるというのは、俺たちの想像を絶する激痛なのだろう。
「隙だらけ」
『おう! このまま止めを刺すぞ!』
狙いは頭部。ウルシのおかげで大きな隙を晒しているインビジブル・デスに対して、剣王技で一気に止めを刺そうとしたんだが――。
「ブオオモモモモモオオオオォォ!」
インビジブル・デスの体内で魔力がグングン高まるのが感じられた。全身の水晶が白い光を放ち始める。
『これはヤバそうだ! 一旦距離を取る!』
「ん!」
『ウルシ……大丈夫なのか?』
転移で上空に逃れると、眼下で凄まじい光が湧き起こるのが見えた。インビジブル・デスを囲むように光のドームが生み出されている。ドーム周辺の地面が高熱で硝子化する様を見るだけで、その熱量が見て取れた。
直後、ドームが一気に肥大化し、広範囲を包み込む。それだけではない。巨大化したドームが一気に弾け、大爆発を起こしたのだ。
凄まじい衝撃と暴風が砂塵を巻き上げ、爆心地付近の草花や低木を薙ぎ倒した。かなり離れた場所に群生していた白い花の花弁が一斉に舞い上げられ、戦闘中とは思えない美しい光景が生み出される。
「……グル……」
「ウルシ! 今行く!」
インビジブル・デスの攻撃が終わった後、大地には体から煙をあげて倒れ伏すウルシの姿があった。全身が焼け爛れて毛がボロボロに崩れ、所々肉が抉れている。熱と爆発をもろに受けてしまったのだろう。
同時に、インビジブル・デスも大きな傷を負っていた。ウルシを剥すために、自らを巻き込んで攻撃を行ったようだ。自らが高い魔術耐性を持つが故の、最終手段だろう。
大慌てでウルシに駆け寄る俺たちだったが、そこに追撃が加えられる。だが、インビジブル・デスではない。
「放て!」
「「「アイス・ジャベリン」」」
フランとウルシに向かって、大量の氷の槍が降り注いだのだ。
「ちっ!」
フランが咄嗟に障壁を全開にして、身を挺してウルシをかばった。自らに被弾するのも構わず、ウルシに当たる軌道の魔術だけを弾いていく。
『2人とも今回復する!』
「……ぐぅ……誰?」
「――美味そうな小娘じゃぁ……」
『アンデッドの群れだ! ワイト・キング!』
脅威度B魔獣ワイト・キングだった。漁夫の利を狙って攻撃してきたらしい。どうやって近づいてきたのかと思ったら、時空魔術を所持している。単純に転移で近づいてきたようだ。
ワイト・キングというと、普通は弱い低級アンデッドを無数に召喚する魔獣のはずだ。だが、フランたちを攻撃したワイト・キングが引き連れている配下は6体だけである。
その代わり、4体のワイト・ハイウィザードと、2体のワイト・インペリアルガードという脅威度Cの魔獣だ。
どうも、量より質を選択しているらしい。こういうタイプのワイト・キングもいるんだな。
「この平原内で転移の気配を察知して網を張っておったんじゃが……。極上の餌じゃぁ!」
「ブオオオオ!」
インビジブル・デスもまだ健在だ。むしろ、放置すればあっと言う間に回復してしまうだろう。
「ぐぬ……」
「オフ……」
魔術で傷を塞いだフランとウルシは、消耗した様子で立ち上がる。このまま戦い続けるべきか……。
「師匠! あれ!」
『うん?』
突如フランが鋭い声を上げる。
『おいおい、こんな場所まで……。俺たちを追ってきたのか?』
俺たちの視線の先には、空を蠢きながらこちらに近づいてくる白い煙の姿があった。
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狙うのはカンナカムイによって水晶鱗が剥された場所だ。既に薄皮が張るように細かく小さい鱗が生え始めているが、他の場所よりはましだ。




