482 ある意味関係者
『あー、それはこっちで』
「ん」
『どうだ? できたか?』
「こう?」
『そうそう。それくらいの長さでいいぞー』
「わかった」
俺たちは今、枯渇の森の少々手前にある平原で料理をしているところだった。この先、魔狼の平原に突入したら、料理をしている暇があるか分からんからね。
大地魔術で作った小屋と厨房の中で、火魔術、水魔術、風魔術を利用して料理を量産していく。
フランもお手伝い中だ。別に遊んでいていいんだが、何故かフランのやる気スイッチが押されたらしい。いや、自分も手伝うことで、魔狼の平原に早く向かいたいだけかもしれんが。
そうやって小屋の中で料理を続けていると、小屋の入り口がノックされる音が響いた。
『誰だ? ここに近づく勇者は』
実際、何度か冒険者がこの周囲をうろつく気配はあったのだ。ただ、平原にいきなり現れた石づくりの小屋なんて怪しすぎる。結局は無視して去っていくのだった。
さらに近づこうとすれば、扉の前に寝そべるウルシに気付くだろう。従魔証を付けていても迫力はあるし、強盗目的だった奴らはそれで逃げていく。実力行使に出ようとしたら、それこそ番犬ウルシの本領発揮だろう。
だが普通にノックしているということは、何らかの方法でウルシを懐柔したってことだ。戦闘の気配は無かったから、もしかしたら知り合いか?
『気配は1人分だが……。魔力がかなり高い。駆け出しレベルの冒険者じゃないな。誰だ?』
「見てくる」
『ああ、頼む』
フランがタタタッと小走りで、扉を見に行った。魔術で作った即席の小屋とはいえ、一応扉は付けてある。まあ、石をそれっぽく切って、扉っぽく見せてあるだけだが。フランの腕力であれば開くことができる――というかズラすことも可能だろう。
だいたい、あの扉を本当に使うことは想定していなかった。2時間ほどで料理を終わらせて、この小屋を大地魔術で消滅させて出ていくつもりだったのだ。
ウルシには、余程緊急の場合以外は追い返せと言ってある。例外は、冒険者や旅人が魔獣などに追われて逃げてきた場合などだな。
だが、この気配の持ち主がこの辺で危機に陥ることなどあるだろうか? その程度には強そうなんだが。
『フラン、どうだ?』
「ん。アリステアだった」
『はあ? アリステア? あの?』
「ん。アリステア」
『えーっと……とりあえず入ってもらえよ』
もうほとんど料理も終わっているしな。残っているのは洗い物などだが、それは後でもいいや。
フランに案内されて小屋に入ってきたのは、本当に神級鍛冶師のアリステアだった。
「やあ師匠。久しぶりだな」
『まじでアリステアじゃないか。どうしたんだこんな場所で。ベリオス王国にいるんじゃなかったか?』
「そのはずだったんだがな……。神剣同士の戦いを感知してね。居てもたってもいられなくなったのさ」
『ああ、そういえばアリステアは神剣の居場所なんかがある程度察知できるのか』
だからこそ、ここに俺がいることも分かったのだろう。
「開放状態になれば、かなり遠くからでも感じることが可能だ。クランゼル王国の王都あたりで反応があったのは分かってるんだ」
ベリオス王国は北東にある国だったな。確かにそっちから王都を目指すと、アレッサ周辺は通り道になっていてもおかしくはないだろう。
『それで、神剣のことを調べに向かう途中ってことか?』
「そういうことだ。なあ、師匠は何か情報を知らないか?」
『知ってるも何も、巻き込まれて死にかけたよ。いや、壊れかけたっていう方がいいかな?』
「なに? 詳しく聞かせてもらえないか?」
うーん。まあ、神剣に関しての話だ。アリステアの耳には入れておいた方がいいだろう。ある意味関係者みたいなものだしな。
『わかった。じゃあ、知ってる限りのことを話そう』
「助かる」
そうして俺は、王都にたどり着いたところから旅立ちまで、フランの冒険活劇をアリステアに語ったのだった。
「……」
『どうしたアリステア?』
「いや、フランの活躍はよく分かったが、肝心の神剣の話が」
『おっと、すまん』
途中から熱が入り過ぎて、フランのことばっか話してた。俺は改めて、ファナティクスについて知っていることと、その後のアースラースが現れてからの激戦を語って聞かせる。
「ファナティクスか……。まさか完全に滅びず、稼働していたとは」
『半壊状態で、本来の力は発揮できなかったみたいだがな』
「それにしても、ファナティクスが喋った? アタシが知る限り、あの神剣にそういった機能はなかったはずだが」
『俺の所感だが、あれはファナティクスに統合された、色々な人間の思念の集合体だったんじゃないかと思う』
「なるほど」
そんな感じで、ある程度情報を交換する。
「ファナティクスは完全に破壊されたか」
『ああ、その、すまん……』
アリステアが神剣に対して強い思い入れを持っていることは知っている。それを破壊したともなれば、どんな反応をするか……。だが、その顔には意外にも悲壮感はない。
「……いや。災厄をまき散らすだけの存在になったファナティクスは、破壊されても仕方がない。それに、師匠とて廃棄神剣の一角なんだ。責めやしないよ」
多少哀しそうではあるが、納得もしているらしい。悪意を持って自分の装備者さえ操り、混乱をまき散らす存在となったファナティクスに関しては、破壊されても仕方ないと理解しているんだろう。
『俺がファナティクスを破壊した際、共食いでその力を吸収したんだが……。アリステアから見て、変化があるか?』
「ふーむ? 変化? 師匠の場合、じっくり解析してみないと分からないが……」
『ああ、いや、時間がかかるよな。すまん』
「何か急ぎか?」
『まあ、ちょっとな』
この後、俺の秘密が色々と分かる予定なわけだが、どこまでアリステアに話していいのかが不明だ。
全部教えてもいい気がするけど、相手が何者かいまいちわからんしな……。もし神様に関係している場合、迂闊にアリステアに秘密を漏らしても許されるのだろうか?
口止めはされていないが、逆にアリステアに迷惑がかかるような事態にはならないか? 相手は神様。いったいどんな理屈や、考え方をしているかも分からない。
『実はこの後、行かなきゃいけない場所があるんだ。そこで、もしかしたら俺のことが少しわかるかもしれない』
「なに? 本当か? そういえばここは魔狼の平原に近かったな」
『ああ』
「くっ。神剣のことがなければ、アタシも一緒に行きたいところだが……。疑似狂信剣なんて物を無視もできん」
神級鍛冶師にとって、疑似狂信剣は放置できない問題であるらしい。そういえば、俺は壊れた疑似狂信剣を持っていた。これをアリステアに渡しておこうかな。
『これが疑似狂信剣だ』
「な! 持っていたのか!」
『ただ、能力は失われていると思うが?』
「うーん。それでも、これは……」
アリステアは軽く解析を行い、そしてため息をついた。
「はぁ。ダメだ。能力を失ったのは破壊の結果なのか、本体が消滅したからなのか分からない。もし、ファナティクスの分身のような物が残ってたら、そいつが何らかの行動を起こす可能性はゼロではない」
それは正直考えなかった。ファナティクス本体を倒して終わりだと思っていたんだが……。疑似狂信剣が独立して残っている可能性は確かにあるのか?
「やっぱり詳しい情報が欲しいところだな」
『そうか……。そういえば、ファナティクスに操られて疑似狂信剣作りに加担させられた鍛冶師が、アリステアに会いたがってたんだ』
「ほう?」
『クランゼル王国名誉鍛冶師のガルスだ。知ってるか?』
「無論だ。神級鍛冶師に最も近いと言われている御仁だな」
『アリステアなら歓迎されると思うから、ぜひ話を聞いてみてくれ。俺とフランの名前を出せば、すぐに会ってくれると思う』
「わかった。もしかして、師匠の正体を知っているのか?」
そうか、それも教えとかないとな。
『ああ。世話になったんだ。俺の鞘とか、フランの防具を作った鍛冶師だ』
「そうか! そういえばガルスという鍛冶師が作ったと言っていたな! それは詫びを入れねば。勝手に作品を改造してしまったわけだしな」
『まあ、会った際にはぜひよろしく伝えてくれ』
「わかった」
アリステアに紹介してほしいというガルスのお願い、思いの外早く達成できてしまったらしい。いきなり神級鍛冶師が会いに来て、腰を抜かさなければいいけどな。
「そうだ。フランは冒険者だよな?」
「ん」
「ランクB以上の冒険者に伝手とかないか?」
「ん? なんで?」
「実はちょっとした依頼があるんだ。とても簡単な依頼なんだが、報酬は十分。依頼主の素性も私が保証する」
『簡単な依頼なのに、ランクB以上の冒険者が必要なのか?』
「まあなあ。内容は簡単なんだが、それ以外の部分で難しくもあるってところか。ランクが高くても性格に難がある冒険者はちょっと困るんだ。そこで、フランにちょうどいい知り合いでも紹介してもらえないかと思ってな」
なるほどね。だが、紹介というかなんというか――。
「私はランクB」
「何? 以前はランクCだったよな?」
「ん。王都で上がった」
「そうか! なあ、どうだろう? 依頼を受けちゃくれないか?」
「うーん……?」
「だめか?」
「魔狼の平原で修業をするつもり。その間、余計な依頼を受けている暇はない」
アレッサでちょちょっと依頼をこなすのとはわけが違うだろう。
「別に、すぐじゃなくてもいいんだ。依頼主には、5年以内に連れてこいって言われているしな」
『5年? 随分悠長な依頼だな』
「それくらいのゆるい依頼だと思ってくれればいい」
アリステアが依頼の内容を説明してくれるが、ある意味フランに向いてないと思うんだが。
『魔術学院の模擬戦の相手?』
「ああ。相手は子供――まあ、フランよりは年上もいるだろうが。それでもそんな強くはないな」
それは別にいいんだ。逆に凄まじく強くても、それはそれでフランが喜ぶし。だが、冒険者をスパルタで鍛えるのとは違うだろ? フランに務まるとは思えん。
「別に、多少やり過ぎぐらいは構わんよ。むしろ実戦に出る前に、ボロ負けしておくのは良い経験だからな。まあ、返事は今じゃなくていい。気が向いたら頼む」
「わかった」
修業が終わったら考えればいいか。




