480 魔狼の平原について調べよう
クリムトへの挨拶を済ませた俺たちは、その足で冒険者ギルドの資料室へと移動していた。魔狼の平原の資料を閲覧するためだ。
俺がいた頃よりも魔獣の強さが増していると聞いたからな。情報なしで突っ込むのは危険だろう。
色々と探すと、それなりに詳しい資料があった。やはり町の近くにある魔境ということで、アレッサではそれなりに研究や考察が行われているらしい。
『じゃあ、フランもできるだけ読むんだぞ?』
「ん」
さて、フランはどれくらい起きていられるだろうか?
まず、魔狼の平原の魔獣の種類だが、これは一定の法則がないという結論になっていた。
レアな魔獣などに出会える可能性がゼロではないが、得られる素材や生態系が一定しないということでもある。しかも、出現する魔獣が毎回違うのでは、対策を練ることも難しい。
普通の魔境であれば、ある程度定まった生態系の下で魔獣が生息しているので、その対策さえしっかりしていれば意外と戦える。だが、魔狼の平原では行き当たりばったりで対処するしかないのだ。
そこもまた、魔狼の平原の脅威度を上げている要素なのだろう。
過去に出現が確認された魔獣の一覧もあったが、あまりにも多すぎて覚えるのは諦めた。それくらい多種多様で、一貫性がなかったのだ。
また、枯渇の森によって魔力が溜まりやすくなっているあの平原では、魔獣が生まれるサイクルが非常に早いらしい。それこそ、他所の数倍の速度であるという。その中で生存競争が起こり、勝利した魔獣は進化してエリアボスのように君臨することになる。
しかし、高位の魔獣であればあるほど、生存するのに魔力が必要となるため、枯渇の森がある限り魔獣が外に出ることは無いと結論付けられていた。
過去に数度、飛行能力に優れた魔獣が枯渇の森を越えて外に出てしまうことはあったらしいが。ただ、あの森の魔力吸収現象は上空にも及んでおり、余程のことがない限りは魔獣はあの森に近づこうとはしないだろう。
また年に数度、ギルドが定期的に監視を行っているが、かなりの頻度で魔獣が入れ替わるのも特徴であるそうだ。
普通の魔境の場合、強力に育った同一の個体が何十年も君臨することが多いらしい。しかし魔狼の平原ではランクC以上の凶悪な魔獣でさえ頻繁に入れ替わる。
ランクAの魔獣ですら、あの平原で何十年も生きのびることは難しいというのだ。どうやらあの平原では、魔獣の魔力が回復する速度が非常に遅いらしい。枯渇の森の効果なのか、他に原因があるのか分からないが、他所の数倍の魔力を吸収しないと、魔獣は生きることができないそうだ。
結果、常に闘争を行い、他の魔獣を食らい続けなければ、消費した魔力を回復できずに弱ってしまう。だが、強くなり過ぎれば今度は他の魔獣が寄り付かなくなり、狩りに苦労することになる。しかも燃費も悪くなるのだ。
結果、強くなればなるほど体内魔力の回復に苦労するようになり、弱体化したところを格下の魔獣に倒されてしまう。
人間でも同様の効果があるはずなのだが、短期間でそこまで有意な観測結果は出なかったそうだ。仮にもA級魔境であり、長期間滞在することも難しいせいで実験ができていないんだろう。
俺ももしかしたら魔狼の平原にいた頃にはその現象に見舞われていたのだろうか? 正直気付かなかった。なにせこの世界で初めて出現した場所なのだ。比べる対象もなかったし、俺の場合は魔石を吸収して回復できていたからな。
また、脱出した時にはランクも上がり、燃費がよくなったのはそのおかげだとばかり思っていた。
さらに、俺にとって最も重要なのが平原の中央にある台座なのだが、これに関して資料がなかった。資料室の管理人のお爺さんに聞いても、そんな物があるという話は聞いたことがないという。
平原の中央に遺跡っぽいものがあるということは分かっているが、いわゆる祭壇的な物は確認されていないようだ。
『どういうことなんだ……?』
(消えちゃった?)
『うーん。普通に考えたらそうなるんだろうな』
だが、あの謎の男は祭壇に来いって言ってたよな? いや、違うか? 魔狼の平原に来いって言ってただけだ。祭壇とは言っていなかったかもしれん。
『まあ考えても分からんし、行ってみれば分かるか』
(ん!)
次いで俺が目を通したのは、枯渇の森に関する資料である。
とは言え、そこまで驚くような新事実はなかったが。
俺の目を引いたのは、魔力吸収現象は地下に何らかの原因があるのではないかと考察されている点だ。
上空では効果が弱まり、地表ではかなり強力になる現象だが、地面を掘り進めるとさらに魔力を吸われる速度が上昇するらしい。
だが、地面を掘り続けて原因を探ろうにも、掘れば掘るほど魔術などが使えなくなり、人力で掘るしかなくなってくる。ゴブリンなどが出没する森の中で作業を進めることは、あまりにも危険すぎることから調査が断念されてしまったらしい。
そうなのだ。あの森、魔力が吸われると言っても、生物がいないわけではない。ゴブリンなどの魔力に依らずに生きている下級の魔獣や、普通の動物は普通に生きている。
だからこそ厄介なのであった。下級の冒険者では、ゴブリン相手でも後れを取るだろう。
まあ純粋に技術の高い高位冒険者。例えばフランであれば全く問題はないはずだ。そこは心配していない。ただ、ちょっとだけ俺のトラウマが刺激されるというだけで。
できればあそこに長居したくないんだが、魔狼の平原に出現する魔獣の強さによっては、枯渇の森を拠点に活動することも考えねばなるまい。
そんなことを考えていると、そばに近づいてくる気配を感じた。明らかにフランを目指してくるが、戦意や悪意は感じない。
「よお。そこにいるのは、フランさんか?」
「ん? 誰?」
「おいおい! 忘れちまったとは言わせないぜ! 俺だよ!」
「……?」
馴れ馴れしい感じで話しかけてきた男だったが、フランは完全に忘れている。キョトンとした顔で首を傾げられた男が、情けない顔でショックを受けるのが分かった。
「……だれ?」
「は、はは。俺だって。ほら、ダンジョンに一緒に潜っただろ? 竜の咆哮のリーダー、クラッド様よ!」
「……うーん」
そこにいたのは、以前一緒にダンジョンに潜ったこともある冒険者、クラッドであった。前はフランに突っかかってくるヤンキー君だったんだが、その態度はガラッと変わっている。あの冒険のときに色々と現実を知って、最後はフランの実力を認めていたしな。
ただ申し訳ないが、フランは本気で忘れている。態度も悪かったし、弱かったしね。ただ、俺はちょっと感心したぞ。前回よりも大分強くなっていたのだ。
名称:クラッド 年齢:23歳
種族:人間
職業:槍戦士
ステータス レベル:27
HP:148 MP:104 腕力:86 体力:70 敏捷:74 知力:55 魔力:50 器用:49
スキル
運搬:Lv2、軽業:Lv4、危機察知:Lv4、空腹耐性:Lv3、気配察知:Lv1、拳闘術:Lv1、槍技:Lv2、槍術:Lv5、恫喝:Lv3、登攀:Lv3、毒耐性:Lv1、気力操作
装備
上質の鋼鉄の槍、鎧蜥蜴の甲鎧、岩石牛の腕甲、鎧蜥蜴のブーツ、石蜘蛛の外套、解毒の指輪
それこそ、ランクDとしてはもう一人前と言っていいだろう。
「それで、何か用?」
「ああ、いや、何でもないんだ。はは……」
多分、「久しぶり!」「おう、久しぶりだな!」的な会話を期待していたんだろう。だが、フランの態度で心が折れたらしい。寂しそうに去っていった。
すまんクラッドくん。だが、あまり時間はないのでかまってやれんのだよ。強く生きてくれ。
「あら、もう終わったの?」
「ん」
「そうでしゅか」
「ん?」
帰り際、受付でネルさんに挨拶しようと思ったんだが……。その隣にいる、最初にフランを出迎えた受付嬢の両ほっぺが真っ赤に腫れ上がっていた。人の頬ってこんな桃みたいになるんだな。冒険者がひっそりするくらいの折檻が行われたらしい。
「ああ、ちょっとお仕置きしておいたから」
にっこり笑うネルさんが怖い!
「しゅみましぇんでした」
新人さん、これからも頑張って!




