478 懐かしのアレッサ
「見えた! アレッサ!」
「オンオン!」
『いやー妙に懐かしいな』
やはりこの世界に来て初めて訪れた町だからか? この町は特別に感じられた。
門の前にはあまり人が並んでいない。それほど大きな町ではないアレッサではこの光景が当たり前なんだが、王都を見た後だとかなり寂しく感じるな。
ただ、いつも通りということは、戦争の影もないということだ。物々しい兵士が出入りしていたり、戦時特需を狙った隊商の出入りなども見られない。
至って普通。俺たちがいた頃と同じ様子だった。
『いきなり門の前に下りると混乱が起きるかもしれない』
「ん」
ということで、やや離れたところに下りて、歩いてアレッサに向かった。数人いた順番待ちの商人や冒険者が、ギョッとした顔でこちらを見ている。
ウルシに驚いているらしい。
ただ、門番の兵士の反応は商人たちとは違っていた。
「おや? フランちゃんじゃないか!」
「ん?」
「アレッサに戻ってきたのかい?」
「デルト」
俺たちがアレッサにいた頃に一番仲良くしていた門番、デルトだったのだ。
フランも名前を憶えていたらしい。武闘大会で再会した時、クルスのことは忘れてたのにな。デルトのことは覚えているのか。
フランの場合、まず強い相手は忘れない。剣を交えていればほぼ確実だ。
あとは、自分に好意的かどうかも重要だ。デルトのように最初から好意的で、出入りの時だけとはいえそれなりに長期間接していれば忘れないのだろう。
クルスの場合はそこまで強くはなかったし、好意的というよりは中立だったせいであまり印象に残らなかったと思われた。まあ、イケメンだけど地味だったしね。
「いやー、お帰り」
「ありがと」
フランにとっても、冒険者登録をしたこの町は特別なのだろう。笑顔で出迎えてくれたデルトに、嬉し気な表情を浮かべて頷いている。
「じゃあ、身分証を提示してくれ」
「ん」
「はいどうも――おおおおお? え? フランちゃん、これって……!」
「ん?」
デルトがギルドカードを見ながら目を見開いている。さらにカードとフランの顔を交互に見て、記された名前を再度読み上げる。
「ま、間違いない。フランちゃんのカードだ! こ、こんな短期間でランクBに上がったのかい?」
「ん。王都で上がった」
「王都……! 大きな騒ぎがあって、かなり被害が出ていると聞いたけど……。王城が壊れたとか、王都が消滅したとか、そんな噂が飛び交ってるんだよ」
どうも、被害の詳しい状況は伝わっていないらしい。いや、情報が錯綜し過ぎて、どれが正しいのか分かっていないようだ。
「人がいっぱい死んだ……」
「ああ、酷い状況っていうのは本当なのか。でも、フランちゃんが無事でよかった。さ、久しぶりのアレッサへどうぞ」
「ん。ありがと」
こうして戻ってきたアレッサは、やはり中から見ても以前の通りだった。レイドスとの戦いの影響はまったく見られないな。
『とりあえずギルドに行こうぜ』
「わかった」
「オン!」
そうやってたどり着いた冒険者ギルドなんだが、そこもまた以前通りだった。いや、むしろ活気があるかな? 冒険者の数が少し増えた気もするな。まあ、時間帯などによる誤差だろうが。
「たのもー」
『毎回言うけど、それ間違ってるからな?』
冒険者ギルドに入ると、一斉に視線がフランに向く。値踏みする者や、驚きの表情を浮かべる者。だが、半数は以前いたフランのことを知っているようで、驚きや敬意が感じられる。
中にはフランに絡もうとした奴もいたが、周囲の冒険者に止められていた。
「ウルムット――」
「入賞――」
どうやらランクBに上がったことはまだ知られていないようだ。王都からは少し距離があるし、わざわざ他の都市の冒険者の情報を告知したりはしないのだろう。ランクAくらいになれば話は違うのだろうが。
だが、武闘大会で入賞したことは知られているらしい。その話を聞いて、一歩踏み出した男が慌てて引き返している。
「いらっしゃいませ。えーっと。お嬢さんも冒険者なのかな?」
受付嬢には見覚えがなかった。多分、フランが旅立った後に雇われた新人なのだろう。子供のフランを見て戸惑っているのが見えた。
「ん」
「本日のご用件は?」
「魔狼の平原に入りたい。申請はどうすればいい?」
「はい? 魔狼の平原ですか? あのですね、あそこはA級魔境ですので、普段はランクB以上の冒険者じゃないと入れないんです」
「知ってる」
「え? じゃあ、お嬢さんはダメって分かってますよね?」
周囲の冒険者たちも、半分くらいはフランの言葉を聞いて失笑しているな。以前アレッサにいたときはランクDだったわけだし、仕方ないが。
「これ」
「ギルドカードォォ? ええええ? え?」
デルトと似た反応だった。こっちの少女の方が激しいけどね。
「嘘、こんな子供がランクB?」
受付嬢が呟いた瞬間、周囲の冒険者が騒めいた。そして、一気に騒がしくなる。信じられないのだろう。そりゃあ、そうだ。何せこの中でもトップクラスってことになるのだ。
これはしばらく収まりそうにないかな? そう思っていたんだが、ギルドの奥から現れた人物が軽く手を叩くと、その場が一気に静まる。
「はいはい、騒がないの」
「あ、ネル先輩」
現れたのは、以前もお世話になった受付嬢、ネルであった。
「久しぶりねフランちゃん」
「ん」
「歓迎するわ。黒雷姫のフラン。いえ、黒猫聖女の方がいい?」
「黒雷姫の方がかっこいい」
フランがぶすっとした表情でそう返すと、ネルがクスッと笑う。
「では、ランクB冒険者、黒雷姫のフランさん、こちらへどうぞ。ギルドマスターが呼んでいますから」
「わかった」
おっと、もう俺たちの到着がギルマスの耳に入っていたか。まあ、どうせ魔境に入るためにはギルマスと話をしないといけないだろうし、好都合だが。
ネルが認めたことで、嘘ではないと分かったのだろう。冒険者たちがショックを受けた顔でフランを見つめている。まあ、どう見ても自分たちより強そうには見えないし、仕方ない。冒険者たちの静かな驚愕を背に受けながら、ネルの後ろについて歩き出す。
「王都では凄い活躍だったそうね?」
「……そんなことない」
ネルの言葉を聞いたフランは、渋い顔で首を横に振った。まあ、戦闘面では色々と考えさせられる戦いだったからな。
フランの微妙な反応を見たネルが、さっと話題を変える。さすが人の顔色を読むことに長けた受付嬢だ。
「その前の、ウルムットの武闘大会でも凄かったじゃない! 入賞おめでとう」
「優勝できなかった」
ただ、これもフランにとっては最高の結果じゃなかったんだよね。良い戦いを経験したが、アマンダには負けている。それも圧倒的な差を見せつけられて。
いい成績を残したことよりも、負けたことを悔やむフランに、ネルが呆れた視線を向けている。
「フランちゃん。いつの間にかアマンダみたいになっちゃって……」
戦闘狂ってことかな? まあ、上級冒険者はほぼほぼ戦闘好きっていうことが最近判明してきたからな。むしろ、戦闘好きじゃないと強くなれないのだ。




