473 大精霊使い
さらに、盗賊ギルドが集めた資料には家人や使用人の日記なども含まれており、ファナティクスが侯爵の手に渡った経緯や、その計画なども判明していた。盗賊ギルド、頑張りすぎだろう。
俺が気になっていたのは2点。ハムルスたちの辻斬りと、なぜベルメリアが狙われたのかという点だ。
1つ目のハムルスたちが何でフランを襲ってきたのかということだが、単純に強い宿主を探していたらしい。そしてオレイカルコス製である俺を発見、執拗に付け狙った。そこで奴らはベルメリアを発見してしまう。
ベルメリアは竜人の中でも特殊な血筋であり、神竜化スキルという強力なスキルを使用できる可能性があったらしい。そのため、ファナティクスはベルメリアを攫っていったのだ。
「ファナティクスの計画が実行される寸前、最強の素体が手に入ってしまったわけだ」
「計画?」
「くく。なかなかに大それているぞ?」
エイワースによると、狂信剣は40年前に侯爵領で発見された物であるらしい。1000年以上前の砦跡地に新たな施設を造るために調査中、遺跡と化していた砦の地下部分から発見されたそうだ。
魔力を帯びているということで調査隊の人間から侯爵に献上されたわけだが……。この時からファナティクスの計画が始まっていたのだろう。
しかも、ファナティクスの計画は侯爵を操って権力を握るなどといった、簡単なものではなかった。
「はぁ? レイドス王国と組んで、フィリアース王国を占領する?」
エリアンテも驚きの声を上げる。
ファナティクスと言えど、半壊状態では全ての人間を支配することは不可能だ。それ故、支配されずに命令を受けただけの人間もおり、配下の中にはファナティクスの狙いを知っている人間もいたようだ。
「正確には神剣ディアボロスを手に入れる、だな」
「同じことでしょ?」
なんと国王を支配したうえで軍権を握り、フィリアース王国への侵攻を画策していたのだ。ディアボロスを使い、自分を修復するつもりであったらしい。
ガルスを求めたのは、単に疑似狂信剣を作らせるだけではなく、自らの修復に携わらせるつもりだったのだろう。
「じゃあ、今起きているレイドス王国からの侵攻は……」
「あらかじめ計画されていたものだろう」
「……嫌な予感がするわ」
エリアンテがそう呟く。もしかして虫の知らせ的なものなのか? 半蟲人に言われると、ちょっと怖いんだけど。
「皆殺のジャンがアレッサにいるという話は、別に隠していない。むしろ相手を威圧するために、積極的に広めてさえいるはずよ。それなのに攻めてきたということは……」
「当然、備えはあるだろう」
それってかなり拙くないか? いくらジャンが強いと言っても、事前に対策をされていたら負ける可能性だってある。相手は軍事大国だというし、むしろ負ける可能性は高いのではなかろうか?
「ちょ、なんでそんなに冷静なのよ!」
「ふん。あの都市には災厄がいるからな」
「だからヤバいって言ってるんでしょ! クリムトの奴が本気で戦ったら……」
エイワースは前もクリムトを災厄と呼んでいたが……。エリアンテも、レイドス王国軍よりも、クリムトを恐れているように思える。
「ねえ、どういうこと?」
「もうランクBだし、構わないか……。クリムトの二つ名は災厄。敵も味方も関係なく滅ぼす、大量破壊特化の精霊術師」
なるほど、広範囲攻撃で敵味方諸共攻撃するから災厄ってことか。アースラースの同士討ちと似たような経緯なんだな。
「でもね、これは50年以上前に名付けられた、誤った異名よ。何も知らない冒険者たちが、そう呼び始めてしまったのが定着したのね。今では多くの冒険者が、その異名を真実だと思っている……。いえ、ギルドとしてもクリムトは切り札だわ。あえて、その間違いを訂正してはこなかった」
「間違い?」
「正確には、彼は大量破壊を止めて、町を救ったのよ」
かなり昔の話だが、現在クランゼル王国領となっている北方の地に、ある小国があった。クランゼル王国とは長年敵対していた、レイドス王国の属国だ。
だが、大国に挟まれ、双方の政治事情に翻弄される小国の立場は不安定だ。いつ戦場になるかも分からず、国も民も常に戦争に備えなくてはならない。
ただでさえ少ない国家予算を軍事費に圧迫される状況では国力を充実させることさえできず、常に貧乏国としてレイドス王国の支援を受け続けるしかなかった。
その状況を打破しようとしたのが、当時の国王である。彼はコストのかからない戦力として、精霊魔術に目を付けた。優秀な精霊術師を招致し、精霊魔術を発展させようとしたのだ。
しかし、精霊魔術というのは扱いが非常に難しい。才能を持つものが少ないうえ、非常に不安定なのだ。同じ精霊術師が同じ精霊魔術を使っても、術者の体調や精神面、精霊の機嫌などにより効果が激しく上下する。しかも、精霊は気まぐれで、人と違う精神構造を持っており、命令を正確に理解しないこともあった。
冒険者や軍での認識は、察知が難しく、威力も申し分ないが、不安定すぎる。高位の術者でなくては運用が難しい。そんな感じである。
特に重要なのが、不安定という部分だな。容易に暴走をするのだ。エルフなどは何千年も精霊魔術を研鑽してきた蓄積があるが、そうでない者の場合は制御すら難しいらしい。
そして、かの小国も大きな失敗をする。精霊術師数人で上位の精霊を召喚して使役しようと試みて、あっさり暴走させてしまったのだ。しかも奇跡か悪夢か、召喚されたのは大精霊であった。
精霊には、雑精霊、下級精霊、中級精霊、上級精霊、大精霊、王精霊の位階があり、大精霊ともなれば脅威度A相当の力を持っていた。
それが暴走したら? 小国などあっさり滅ぶだろう。実際その時も、5日間暴れ続けた風の大精霊によって小国は国土の半分以上を更地にされ、死者負傷者はあわせて5万人を超えたらしい。
そのときに大精霊を鎮めたのが、すでにアレッサのギルドマスターをしていたクリムトだ。彼自身はこの実験に参加しておらず、後始末をしただけだが、外部から見ると彼が大精霊を召喚したように見えたという。
しかも、彼はそのときに大精霊と契約を交わしたのだが、その光景が召喚した精霊に命令を下しているようにも見えてしまったのが勘違いを加速させる要因となったそうだ。
「実際は、小国の人間が全滅するのを間一髪で救ったんだけどね。わざわざ敵対国に潜入して、成功する確率の低い大精霊との契約を試みるなんて正気とは思えないわ。まあ、成功させたわけだから、やはり精霊術師としては天才なのでしょうね」
「だが、そのせいでクリムトは大きく弱体化してしまった」
「なんで?」
大精霊なんていう超凶悪な存在と契約したんなら、強くなったんじゃないか? それこそランクS冒険者になってもおかしくなさそうだけど。
「その身の内に眠る大精霊を抑えるために、常時神経を張り詰めているのよ。使える魔力も制限されるし、生命力もごっそり持っていかれている。そのうえ、肉体も虚弱化しているらしいわ」
「元々上級精霊を複数体操って戦うスタイルだったはずだが、それも難しいという話だ」
大精霊を自らの中に封印し続ける代償に、能力が弱体化したってことか。しかも、制御力などのリソースを常にそちらに割かれているせいで、精霊の召喚なども難しいと。
「でも戦えないわけじゃないわ。いざとなれば、大精霊を使えるから」
「くくく。全てを根こそぎ吹き飛ばす、風の大精霊をな」
「そうなったら、周辺にも大きな被害が出る。それにクリムトもただでは済まないわ。過去に1度だけ、竜との戦闘で使用したことがあるそうだけど、その時は生死の境を彷徨ったそうだから」
周囲もクリムトもただでは済まないということか。
何でそんな奴をアレッサのギルドマスターにしているのかと思ったが、冒険者ギルドとしてもレイドス王国は不倶戴天の敵であるらしい。
なにせ国内に冒険者がおらず、支配した場所に冒険者ギルドがあれば、全員処刑して財産を接収するほどなのだという。
そんな国が南下して冒険者を優遇しているクランゼル王国が弱体化することを防ぐため、ギルドが切り札として配置しているのがクリムトなのだ。
「とはいえ、切り札は最後の最後まで取っておくもの。だからこそ、アレッサにはアマンダやジャンを置いて、クリムトができるだけ戦わずに済むようにしているのよ」
つまり、アマンダたち以上の破壊力があるってことだろう。クリムト、思った以上に凄い奴だったらしい。
来週は少々忙しいので、3日に1回更新とさせていただきます。
申し訳ありません。




