472 ガルスの決意
ランクアップして数日。フランは再び冒険者ギルドに呼び出されていた。
冒険者たちはフランを見ると騒めくが、悪意の籠った視線は少ない。憧憬と、恐怖が多いかな? 前者は、普通に最年少ランクB冒険者となったフランに憧れている新人たち。後者は、絡んでぶっ飛ばされた者や、その光景を見ていた者たちだろう。
ともかく、雑魚に絡まれずに済むのはありがたい。やはりランクの影響は大きいようだ。
しかも最近は貴族からの勧誘も激減した。獣王の後ろ盾を得たという噂が広まったからだ。その噂が広まったきっかけが、会食のときの王の言葉であるらしい。あえて広めてくれたのだろう。
それでも、全く接触がないわけじゃないけどな。跳ねっ返りや、自分だけは特別だと根拠なく思い込む奴らはどこにでもいるようだ。そもそも、王都にいながらろくに仕事を任されていない宮廷貴族が有能であるはずもないのだ。
威圧してやれば二度と来ないので、そこまで煩わしくもない。仕事への差し障りもほとんどなかった。まあ、ここ数日でフランがやらなきゃいけない仕事はほとんどなくなったけどね。
重傷患者の治療はほぼ終わり、あとは宮廷医師や魔術師に任せておける。瓦礫の撤去は応援でやってきた冒険者に任せていればいい。治安維持は騎士団が機能を回復したので彼らの仕事である。
それでも仕事を求めていたフランは、大地魔術で仮設住宅を作ろうかと伯爵に進言したんだが、断られてしまった。
城壁の外は魔獣が闊歩しており、安心して暮らせる場所ではない。平民街は住宅が密集しているうえ、そこまで広範囲の被害はなかった。そのため、仮設住宅など作るスペースがそもそもない。
貴族街に作るとしても、今度は再建時に移動できない仮設住宅は邪魔になる。いくつもの仮設住宅を取り壊そうとすれば、非常に労力がかかるだろう。すぐに移動できるテントの方が優れているのだ。
地球の感覚で考えてしまったが、こっちでは仮設住宅という物がそもそも難しいよな。だって、プレハブを作る技術もないわけだし。俺たちが再建までこの場所に残っていれば力になれるが、そこまで長居するつもりもないのだ。
結局、フランの大きな仕事は負傷者の救護と、砂塵対策の風の結界設置なのだが、それもだいたい終わってしまい、完全に手持無沙汰であった。
だからこそ昼間からギルドの呼び出しに応じることができたんだけどね。しかし、フランを呼んだのはエリアンテではなく、フォールンドだ。
「きた」
「ああ」
相変わらずそれで通じる2人。そのまま歩き出したフォールンドに連れていかれた先は、やはりエリアンテの執務室ではなかった。
「ここだ」
まるで宿屋の個室のような部屋だ。他の冒険者ギルドからの仕事を請け負って、王都までやってきた冒険者を泊めるための部屋であるらしい。
時間や仕事内容、時期によっては宿を利用できないことがあるので、こういった部屋があるそうだ。
「ガルスの部屋?」
「ああ」
今はガルスが寝かされているはずだった。国が刑罰は科さないと決定したものの、その身柄は冒険者ギルドが未だに保護していた。魔薬の治療をできるエイワースが協力していたというのも大きいし、冒険者ギルドを怒らせたくないと王が判断した結果でもあるそうだ。
まあ、俺たちとしては目を覚ました後に、ガルスにどうするか判断してもらおうと思っている。
フォールンドが中に入ると、そこにはエイワースとエリアンテ、ガルスが待っていた。そう、ガルスがベッドから身を起こし、フランを出迎えてくれたのだ。
「ガルス、起きたの?」
「色々と迷惑をかけたみたいだな。礼を言わせてくれ。ありがとう」
顔色はまだ悪いが、口調はしっかりしている。魔薬の後遺症は大丈夫なのだろうか?
「もう、大丈夫なの?」
「当然だ。儂が治療したのだぞ? 最高級の霊薬を惜しみなく使ったからな。ああ、代価は心配するな。ギルドやこやつ自身からすでに頂くことが決まっている。それに、色々と興味深いデータも取れたしな」
そう言ってニヤリと嗤うエイワース。照れ隠しとかじゃなくて、マジだからたちが悪い。本当に治療と並行して実験を行ったのだろう。まあ、それで治っているのだから、文句は言わんが。
「それに、国ともそれで手打ちになったからな」
「どういうこと?」
「ふん。軟弱な魔術師共を少々使えるようにしてやったのに、なぜ文句を言われねばならんのだ」
なんとこの爺、ベイルリーズ伯爵から預かった魔術師たちに薬を盛ったらしい。筋力や体力が上昇して不眠不休で働けるようになる代わりに、薬の効果が切れた後は地獄の筋肉痛と不眠症が使用者を襲うという禁薬である。
「そのせいで、復興に使える魔術師が減ったのよ? 当然でしょ?」
「敵を倒しておらねば、より被害が出ておったわ」
「それが分かってるから、王もガルスの治療で不問にするって言ってきたんでしょーが」
「分かっておるわ」
「そんなことよりも、ガルスの今後の進退をどうするかよ。それを相談するために、フランに来てもらったんだから」
なるほど。一応、フランが保護依頼を出しているわけだしな。
エリアンテやエイワースはすでに状況を全てガルスに説明しているらしい。彼自身が覚えてないことなども、全て。
「ガルスはどうしたい?」
「うむ……」
フランが問いかけると、ガルスは苦悩するように唸った。操られていたとはいえ、王都を揺るがす大事件に手を貸してしまったことを悔いているのだろう。
「逃げるなら力を貸す」
「盗賊ギルドも、手を貸すと言っておった」
「冒険者ギルドもよ?」
「俺もだ」
やはり、各ギルドもガルスの状況を楽観してはいないらしい。国に身柄を確保された場合、下手したら監禁状態で神剣の研究に従事させられてもおかしくはないからな。
しかし、ガルスは頭を振って、フランたちの提案を断った。
「わしは、王都に残る。それで贖罪になるわけではなかろうが、王都の再建に少しでも力になろう」
「いいの?」
「うむ」
ガルスは全てを理解している。それでも、国に身を預けることを選択したのだ。覚悟の決まった顔を見たら、その決断を覆すことは不可能だと分かった。
「そう……」
フランが残念そうに呟く。
「手を尽くしてくれたのに、すまん」
「ううん。ガルスが決めたなら、それでいい」
「大丈夫、ギルドから圧力をかけてあげるわ!」
「盗賊ギルドも、静観はせんだろうよ」
「俺もだ」
これだけの奴らがガルスの後ろ盾をしてくれるのであれば、大丈夫かな? 国に軟禁されることは無いだろう。なにせ、ここにいる面々を敵に回したら、今度こそ国がヤバいだろうからな。
「すまん」
そんな言葉に、ガルスは深々と頭を下げていた。
しかし、こんなしんみりした雰囲気の中でも、空気を読まないのがエイワースだ。ガルスの覚悟を聞いた後、エイワースが何かを取り出してガルスに質問をし始める。
「ここの部分についていまいちわからんのだが――」
「ああ、そこはだな――」
「ほう。つまり――」
「それはここで――」
エイワースが取り出したのは疑似狂信剣の資料であった。盗賊ギルドが押さえていたらしい。それを見ながら、技術面での質問をしているようだ。
他の面々、特にエリアンテはかなり気になるらしく、ガルスに質問をぶつけるエイワースに対してさらに質問をし始める。
「――というわけだ」
「じゃあ、疑似狂信剣はもう量産できないのね?」
「そもそも、狂信剣を原料にしておったわけだからな」
疑似狂信剣は作る際に、狂信剣の欠片とファナティクスの分身を混ぜ込んでいたらしい。元々は、周囲の魔力を吸い、使用者を強化する魔道具だったそうだ。しかも能力の安定しない失敗作である。
それにファナティクスを混ぜて分身を宿らせることで、能力を強化するとともに安定させて疑似狂信剣にしていたという。
魔術などを打ち消す能力はその魔道具の魔力吸収能力の産物である。
背中に刺していたのは、大元になった魔道具がそもそも背中に装着するタイプの魔道具であり、剣の形でないとファナティクスの分身が能力を最大限に発揮できないため、剣の形にせざるを得なかったそうだ。
つまり、狂信剣ファナティクスが消滅してしまった現在、疑似狂信剣はもう作れないということだった。
「まあ、この話を国が信じるかどうかは分からんがな」
「これだけの資料はそうそう偽造できん。それに、しばらく経てば侯爵の領地からも様々な資料が発見されるだろう。それを見ればどれだけ愚かでも、理解するだろうよ」
 




