471 ランクアップ
王様との謁見をなんとか切り抜けた俺たちは、冒険者ギルドにやってきていた。実はエリアンテに呼び出されていたのである。
冒険者ギルドは凄まじい人口密集率だ。満員電車とまではいかなくとも、休み時間の小学校の運動場くらいの密度はある。
実は、近隣の町から応援にやってきた冒険者たちにより、一時的に町の冒険者の数が倍増しているのだ。しかも寝泊まりする場所が足りていないということで、ギルドのフロアの隅で寝起きしている者たちも多いらしい。そんな応援冒険者たちにより、ギルドが大賑わいしているのである。
王都の冒険者の間ではすでに有名なフランだったが、それ以外の町から来た冒険者の中には、フランに絡んでくる奴らもいる。
そもそも、王都での瓦礫撤去に派遣されてくる冒険者はそのほとんどが下位ランクの者たちだ。中には特殊技能や魔術の腕を見込まれてという冒険者もいるが、8割くらいは肉体労働要員の駆け出したちである。つまり、フランの実力を見抜けない者たちばかりであった。
しかも、王都に来てみればそこは想像以上に過酷だ。多分、王都というだけで憧れていたのだろう。しかし実際は、埃にまみれた地味な労働の繰り返しである。
少女をいびって憂さを晴らそうという性質の悪い馬鹿が出るのも仕方がなかった。
だが、今日は特に絡まれる様子はない。まあ、昨日、一昨日と、絡んできたやつをちょっと派手目に可愛がってやったからだろう。
ああ、労働力を減らすわけにはいかないから、ちゃんと回復魔術で繋いだよ? そのうえで、真面目に働かないと酷い目に遭わせるって脅しておいた。きっと今頃は良い汗を流しているだろう。
その話が広まったのか、今日は新人が絡んでくる気配は一切なかった。むしろ恐れの表情を向けられている。
「ステリア」
「ああ、勝手に入っとくれ!」
「わかった」
高位冒険者のレーンをなくして、臨時に下位冒険者レーンを増やしているらしく、今日はステリアも忙しそうにしている。
確かに案内している余裕はなさそうだ。
それにしても、ステリアのところにも行列ができているな。冒険者のイメージ的に、美女のところに列ができて、ステリアのところは閑散という光景もあり得る気がするんだが……。
「あんたたち! こっち並びな! うるさいね! もぎ取られたいのかい!」
なるほど。そういうことか。ステリアの威圧スキルに晒された新米たちが、青い顔でステリアのレーンに移っていた。まあ、みんな頑張ってください。
そのままごった返すフロアを抜けて、エリアンテの執務室に入ったのだが……。
「終わらない……。仕事が終わらないぃ……」
『うわー』
「紙の山」
そこには悲惨な光景が広がっていた。
先日から倍増した書類の山と、その山に囲まれた執務机に向かい、幽鬼のような顔で仕事をし続けるエリアンテの図だ。
「エリアンテ?」
「あー……来たのね……。ちょっと待って」
「ん」
それから5分後。
お茶を飲んで少しだけ落ち着いたエリアンテが、フランに何やら書類を差し出していた。
「これは?」
「あなたのランクBへの昇格が決まったわ。その任命書類ね」
「ん? ランクアップ? なんで?」
随分と急な話だな。ランクアップするにはまだ全然貢献度が足りていないはずだ。それに、目立って貴族に絡まれるのは勘弁したいんだが。
「あんたね……。今回、自分がどれだけ働いたと思ってるの? ゼフィルドたちを全滅させるような化け物倒して、何百人も癒して、瓦礫の撤去にも活躍して……。他にも細かい功績は数えきれないのよ?」
言われてみたら、そうかもしれないな。アースラースの功績が無かったことにされてしまう以上、冒険者として一番の功労者はフォールンド。次いで、フランとなるのだろうか?
「あんたが面倒ごとを嫌って、ランクアップに積極的じゃないのも知ってるわ。でもね、今まであんたのランクアップを阻んでた諸々の理由が、今回で色々と解消されちゃったのよね」
「どういうこと?」
「元々戦闘力に関しては問題なかった。ランクAクラスの実力があることは間違いなかったし。むしろ、今回の騒ぎで、その裏付けが取れたと言っていい」
侯爵戦をギルドマスターであるエリアンテに見られたからな。実力の確認としては最も確実だろう。模擬戦などではなく、実戦での実力がしっかりと証明されたわけだ。
「そして、問題の1つであった実績不足。王都でこれだけ名を売ったうえ、獣人国で勲章までもらって、不足も何もないわ」
なるほど。少なくとも、ランクBとしては相応しい程度の実績は積んだってことか。
「あとは貴族に対する態度。これも謁見を乗り切ったことで、最低限の礼儀はあると証明されてしまった」
あー、そういうことか。ランクBになったら貴族に会うことも増えるから、明らかに礼儀のなっていないフランでは不安だという話だったはずだ。むしろもっともな意見である。しかし、貴族の頂点である王様相手に謁見をこなしたことで、その問題点もある程度は払拭されたというわけだ。
「知り合いの貴族に話を聞いたけど、礼儀作法も完璧だったらしいじゃない? そこらの下級貴族よりよほど優雅だったって驚いてたわよ」
最初の謁見の時に、両サイドに並んでいた貴族の1人なのだろう。
「王からの叙爵もきっちり断れたみたいだし?」
「ん。でも、王様怒ってた」
「あの王はそんなことで怒ったりしないわよ。いえ、冒険者に舐められるわけにはいかないだろうし、怒ったふりはするかしら……? まあ、一筋縄じゃいかない相手だけど、感情で動く相手じゃないから問題ないわ。あんたを敵に回すような馬鹿な真似、するわけないし。そこら辺は信頼していい相手だから」
やはりあれは演技だったのか。というか、王としての威厳を示すための振る舞いだったということだろう。それでいてフランたちを必要以上に不快にさせず、むしろ顔を繋いだ。いや、自分が不快に思っていると見せつけ、その後全てを不問にしたことで、フランたちに貸しを作ったとさえ言えるかもしれない。
王からの破格の誘いを断った冒険者に、寛大にも慈悲を示した。そういう構図である。例えば今後、王様から何か依頼があったとしよう。そのとき、「以前、爵位の話を断っちゃったから、この依頼は受けておこうかな?」と考える可能性は高いのだ。
『うーむ、侯爵の反乱を許したせいでちょっと舐めてたが、さすが大国の王様ってことか』
それも、相手はファナティクスだもんな。気づけって言う方が難しいのかもしれない。
「まあ、獣人国の勲章を持っている相手に無体な真似はしないわよ。今後、あの国との外交関係は最重要になる。ベイルリーズ伯爵が軽い罰で済んだのも、獣王への配慮があると言われているわ」
「そうなの?」
「彼の人と獣王陛下の関係は有名だしね。将軍職を解いたのは、獣人国への特使として派遣するためだっていう噂があるくらいだもの」
ただ処罰を軽くしただけではなく、それをさらに利用して獣人国との関係強化に使おうってことか。
「ランクアップにはその勲章も大きいわ。何の後ろ盾もない子供を貴族たちの前に放り出すのはギルドも気が引けていたわけだけど、実はものすごい後ろ盾があるって分かったわけだし」
実力に不足はなく、礼儀なども実は備わっており、大きな後ろ盾もある。確かに、ランクBに上げない理由が見当たらんな。
「正直言って、これであんたをランクアップさせなかったら、ギルドの良識が疑われるのよ。というか、他のギルドのマスターたちからはあんたを絶対にランクアップさせろってせっつかれてるし。というわけでランクアップよ!」
エリアンテのセリフだけ聞けば有無を言わさない感じだが、その目は不安げに揺れている。実際、フランにはこの話を断る権利があった。
そして、フランには断る理由もある。ギルドからの覚えは悪くなるが、貴族との面倒ごとに巻き込まれないというのは大きすぎるメリットなのだ。後ろ盾があると言っても、貴族からの接触がゼロになることは無いだろうしな。
『フラン、どうする?』
(ん? ランクあげる)
『いいのか? 正直、面倒ごとも多いぞ? 馬鹿な貴族とか、馬鹿な冒険者とか』
(馬鹿ならぶっ飛ばせばいい)
『……そうか』
やりすぎないように俺がしっかりせねば。だが、フランがやる気なら俺に文句はない。ここは有り難くランクアップしておこう。




