470 謁見・裏
「こちらへ」
「はっ」
「ん」
侍従に言われた通りに、フランとフォールンドが用意されていた椅子に腰かける。
フランとフォールンドが連れていかれたのは、応接室のような部屋だった。謁見に使った広間よりもかなり狭く、こぢんまりとした部屋である。
だが、俺の緊張は先程の比ではなかった。
何せ、王様との距離が近い。一応、王の座っているソファと、フランたちの座る椅子は多少離すように置かれているものの、その距離は3メートルもないだろう。
「楽にしてよい。これは非公式の面会である」
なんて王様に言われて、本当に楽にする奴なんて――。
「ん」
ここにいた! うちの子でした! いや、まだ肩の力を抜いて、少し体勢を崩しただけだ! まだ挽回できるはず!
『フラン! 本当に楽にするな!』
(?)
『あー、とにかく、ここはもう少しだけ背筋をシャンとしとけ!』
(わかった)
ふー、危なかったぜ。ほら、もうしっかりと背筋ピーンですから! そんな顔で睨まないでよ銀髪の騎士さん! あんたみたいに強い人にそんな風に睨まれたら、うちのフランがワクワクしちゃうでしょーが! さすがに超強いうえに位も高そうなこの騎士に絡んだら、洒落にならんからな。
「ウィソーラ・ブレド・クランゼルである」
謁見の間で顔を合わせた王その人だ。それにしては不用心過ぎないか? 気配を探っても、この部屋の中には王と騎士2人、侍従しかいない。普通、隠し扉とかがあって、護衛が控えているイメージだったんだが。
フランも首を傾げていたのだが、それを王様に見とがめられてしまったらしい。
「娘よ、どうした?」
「……護衛がいないのはどうして、ですか?」
「そのことか。我が騎士が、不要と申してな。お主らがやる気になれば、他の騎士など足手まといであると」
そう言いつつ王がフランを見つめる。
「余の目にはそれほど強くは映らんが……」
確証はないんだが、王自身が鑑定系のスキルを持っているようだな。そして、鑑定偽装の効果で普通の冒険者にしか見えないらしい。
だが、横に控える銀髪の騎士は誤魔化しきれてはいないだろう。
「私と互角以上です」
「ルガがそう言うのであれば、間違いないのだろうな。紹介しておこうか。親衛総隊長にして、王の騎士。ルガ・ムフルだ」
「よろしく頼む」
ルガ・ムフルがフランたちから視線を外さず、軽く会釈した。やはり隙が無い。
「我が国でも有数の強者同士だ。互いに顔を知っておいて損はあるまい?」
王様は「我が国」という部分に妙に力を入れたな。やっぱりフランとフォールンドをクランゼル王国に取り込みたいのだろう。
獣王とは大分違うな。獣王は覇王というか、威風を纏った王者という感じだった。しかし、目の前にいる男性から威圧感などは放たれていない。政治家タイプとでも言えばいいのかね?
しかし、王としての貫禄のようなものが無いわけではない。別に上下関係をハッキリさせたわけじゃないのに、自然と王がこの場で最も格上であると感じられた。王としての存在感があるっていうか、生まれながらの上位者とでも言えばいいだろうか。
暗愚でないのは良いことだが、油断できそうもないな。
「さて、本題に入るぞ。時間もないゆえな」
そう言って王様が侍従に何やら視線で指示を出す。すると、侍従が小さい箱を2つ持ってきた。30センチくらいかな? フランとフォールンド、両者の前に箱が置かれる。
箱の中には、宝石をあしらった勲章のような物が入っていた。
「その方らを一級特爵に叙す。受け取るがよい」
うわー、ズバッと来たね。遠回しに断るとか、そういった手が使えなくなってしまった。狙ってやっているのか? それとも素か? 表情からは全然読み取れない。
(師匠?)
『あー、ちょっと待てよ。フォールンド、どうする?』
(……ふむ。フランは爵位を受け取りたくないのだな?)
『当たり前だ』
(分かった)
フォールンドは軽く頷く。おお、頼もしい!
「ありがたいお話ですが……」
そう言いながら首を横に振る。
「断ると?」
「以前と、同じです。彼女も」
「ん。お断りです」
ちょっとまったフラン! 言葉が! 宮廷作法スキルのおかげで動きは問題ないんだが、どうしても言葉がね!
俺は慌てて、言い直させた。
「すみません。私は冒険者を続けたい、のです」
「余が与えると言っているのだぞ?」
王様が不快気に眉をしかめる。ルガ・ムフルも発する威圧感を増した。やる気なのか?
この状況、気が弱い奴とか、権力におもねるやつだったら間違いなく頷いてしまうだろう。それほどのプレッシャーが部屋の中に満ちている。うう、無いはずの胃が痛い。
「……申し訳も」
「もうしわけありません」
短く謝って頭を下げるフォールンドと一緒に、フランもペコリと頭を下げる。
「……」
ち、沈黙が重い! 王は相変わらず不機嫌そうな顔でフランとフォールンドを見ている。
「……ふん。お前の言った通りか、ルガ」
軽く鼻を鳴らすと、つまらなそうな顔でソファに身を沈める王。
「はっ。彼らは冒険者ですので」
「下級貴族どもがいない場所で正解だったな。騒ぎ立てる姿が目に浮かぶわ」
うん? どうも王様とルガは、フランたちが断ることを予想していたようだな。
「自分の領地がどれだけ冒険者の恩恵に与っているか、分かっていない者が多すぎる。いや、近頃は大領の貴族でさえ、冒険者への配慮ができぬ者が増えてきた……」
どうも、冒険者を快く思っていない貴族がフランたちに敵意を向けないように、あえてこういった場所で爵位を渡そうとしたらしいな。もしかして、不機嫌な態度は演技か? だが、彼らは今も不快気な表情を崩しはしない。
「百剣のフォールンドに関しては、過去にも何度か断っている故、此度もそうなるだろうとは思っておった。だが、黒雷姫フランよ? そなたは何故断る? 爵位であるぞ? しかも一級特爵なれば、領地のない伯爵のようなもの。そなたらは領地の運営などが面倒というのであろう? 特爵は貴族年金は付随するが、領地の運営はせずともよい。最大限に配慮しておるとは思うがな?」
つまり、冒険者用の爵位なのだろう。貴族年金を払う代わりに、有事の戦力として国に縛りつける。冒険者ではなくなるのだから、戦争に使ってもいい。そのかわり、冒険者は国の後ろ盾と、名誉を得る。
「お主らは何が不満だというのだ?」
しかし、王様の言葉に対するフォールンドの返答は簡潔であった。
「自由」
「……ふん。余には縁のない言葉だ。だが、金と権力に興味はないのか? 娘よ、そなたはどうなのだ?」
「……そんなもの、別にいらない、です」
「そんなもの……。これだから冒険者という奴らは……! もうよい。下がれ」
王様を怒らせてしまったかな? しかし、ルガが何かしようとする気配もない。やはり断られることは織り込み済みだったのだろう。それでも断られれば不満に思うってことか。
そして、退出しようとしたフランたちの背に声がかけられる。
「この部屋であったことは全て忘れよ。余も忘れる」
面子をつぶしたことは不問にするってことかな? 怒りの気配は収まる様子はないが、敵対する気はないらしい。
『ふぅ。なんとかなったのか? 正直、この国から逃げる覚悟もしてたんだが』
(先日も言ったが、王は国家の利益を優先させる人間だ。俺たちと敵対する愚は犯さんよ。無論、面子を潰されたことに対して報復をする方が利益になると判断すれば、躊躇なく攻撃を命じていただろうがな)
それはそれでどうなんだ? 情に訴えることができないということだからな。獣王とはまた違った意味で、怖い相手だった。
『まあ、切り抜けられたならいいや』




