469 謁見・表
ベイルリーズ伯爵から王が呼んでいるという話を聞いた数時間後。フランとフォールンドはとある屋敷の中にいた。現在、王が避難し、政務を執り行っている場所だ。
有事扱いということで、正装などでなくても構わないと言われており、2人の格好はいつも通りである。ただし武器を携帯することは許されないので、俺は腕輪に変形していた。これなら取り上げられることは無いだろう。
時間的にはディナーには少し早く、本当に簡単な会話をするだけで済みそうなのはありがたかった。
『フラン、さすがに王様には敬語だぞ? これはマジでだ』
「ん」
『あと、無駄なことは話すな。何が不敬扱いになるか分からん』
「わかってる」
フォールンドは慣れているらしいが、さすがにフランは初めての経験だ。いや、獣王には会ったことあるんだけど、あれって王様の括りに入れちゃいけない気がする。少なくとも普通の王様じゃないはずだ。
『フォールンド、最悪フォローしてくれ! たのむ!』
(任せておけ。それにこの国の王は愚物の類ではない。狙って無礼を働かなければ問題はない)
『だけどさー』
だって、フランだぞ? 貴族相手に初対面でタメ口利いちゃう娘だぞ? どれだけ心配しても心配し足りなかった。
『最悪、国外脱出も視野に入れねば……』
「だいじょぶ。任せて」
「心配過剰」
君ら、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ……。
しかし俺がどれだけ心配しようとも、謁見の時間はやってくる。フランたちを先導していた侍従の男性が、大きな扉の前で立ち止まったのだ。
「この先に王がお待ちである。粗相のないように」
「ん」
「は」
「……まあよい」
侍従の爺さんが「こいつら大丈夫か」っていう顔をしたな。同感だよ!
『フラン、練習した通りだぞ?』
(ん)
そして、扉が内から開かれると、そこは簡易的な謁見室となっていた。王が屋敷を接収した後に改装したのだろうか?
扉からは、どこからか持ってきたのか赤い絨毯が真っすぐに伸び、その先には玉座まで置いてある。獣人国で見た玉座に較べると地味に見えるが、十分に玉座と呼べる大きさと豪華さだ。
その玉座に、ちょっと場違いなくらい豪華な衣服を着込んだ壮年の男性が座っていた。日常使い用の簡素なタイプなのだろうが、まじで頭に冠を載せてるんだな。ちょっと感動してしまったぞ。
年齢は50歳くらいかな? ちょっと生え際は後退しているが、体はそれなりに鍛えられている。まあ、戦士レベルとまではいかないが。少なくとも節制はしているようだな。酒池肉林の暴君ではなさそうだ。
俺の中でこの世界の王族は強者のイメージなんだが、どうもこの王様は違うらしい。まあ、比べるのがランクS冒険者の獣王とか、神剣を所持しているフィリアースの王族だからな……。
左右には騎士たちと貴族風の男たちが並んでいる。貴族の半数はフランたちを見下したり、苦々しく思っているのが分かった。しかし残り半数は明らかにフランとフォールンドを歓迎してくれていた。
しかも、貴族たちの中でもより豪華な服を着た位の高そうな貴族ほど、その傾向が強いようだ。笑みを浮かべている者も多い。
さすがに護衛の騎士たちは無表情だけど。その騎士の中で最も王様に近い位置に、メチャクチャ強い男がいた。
肌が雪のように白い、銀髪の美丈夫だ。身長は180程度だが、威圧感のせいで大きく見える。しかも発する魔力が途轍もなかった。
SPなどは厳つい外見を見せることで襲撃者を威圧するっていう話を聞いたことがあるが、これもまさに威嚇の類なのだろう。最初から強さを示すことで、馬鹿な真似はするなよと無言で警告しているのだ。
逆にこの威圧を感じ取れない程度の相手であれば、警戒に値しないのだろう。
『にしても、隙が無いな……』
多分ランクAクラスだろう。王族の前なので、鑑定できないのが残念である。
さすが王様の護衛だ。一分の隙も無く、いつでも王を庇いつつ、フランたちを攻撃できる位置にいる。
「両者、前へ出よ」
侍従の言葉に、フォールンドと並んでフランは前に進み、一礼して跪いた。よし、事前の練習通りに動けているな。
特にフランの所作の優雅さには、貴族たちも驚いている。まさか冒険者の小娘が、これだけ貴族の作法に則った綺麗なお辞儀を見せるとは思わなかったのだろう。目を見張っているのが分かる。
うんうん。アルサンド子爵からいただいた宮廷作法が生きているぞ。そして、フォールンドが口上を述べる。
「御尊顔、拝謁でき、恐悦至極」
フランは無言で首肯するだけだ。侍従にも、それでいいと言われている。どうなることかと思ったが、なんとかなりそうか?
「面を上げよ」
「はい」
「はい」
王様の言葉で、フランたちが顔を上げる。
「この度の働きまことに大儀であった」
「はい」
「はい」
まあ、そこからはよくある謁見の風景だった。王様が堅い言葉をかけ、フォールンドとフランが頷く。それが繰り返される。最後に再度お褒めの言葉を頂いて、それで終わりであった。
無駄な会話すらほぼない。あっさりとし過ぎていて、拍子抜けなほどだ。
『クランゼル王国に取り込むような話に持っていくかと思っていたら、全然何もなかったな』
(ん)
『爵位や勲章くらいは提示してくるかと思ったんだが……』
実はエリアンテとも話し合っていたのだ。謁見の場で爵位を与えるという話になってそれを下手に断ったら、いろいろと面倒な事態になることは明白である。そこで、もし爵位をという話になった場合は、獣人国でもらった黄金獣牙勲章を提示する予定であった。
それはこの謁見に限った話ではないが。先日、コルベルトに追い返された男爵を皮切りに、様々な貴族が群がってきたのである。猫耳聖女とか言われ始めているフランを取り込むことが目的であるらしい。
護衛を引き連れて勧誘しに来る前に、復興の手伝いをしろよって思ったが、どうやら重要な仕事を割り振られていない雑魚貴族たちであるようだった。
まあ、勧誘のときの頭悪そうな態度を見れば、重用はされないのは分かるけど。ただ、その数があまりにも多く、伯爵の名前を出しても引かないものがいたため、エリアンテにどうすればいいか相談したのだった。その結論が、勲章を使うというものであった。
あれは俺たちの想像以上に効力のある勲章だったらしい。エリアンテに見せたら、文字通り飛び上がって驚いていたからな。
他国の勲章であるためクランゼル王国内で強い影響力があるわけではないが、やはり見せられた側はフランが獣人国の紐付きであると考える可能性が高いそうだ。
獣人であるフランが獣人国に属していても全くおかしくはないし、獣人国とクランゼル王国は友好国である。フランに対して無理やり爵位を与えるような、横暴な真似には出ないだろうというのがエリアンテの考えだった。
やっぱり紐付き扱いになってしまうか……。獣人国はフランにとって住みやすい国だし、他国で無理やり爵位を与えられるよりはずっとましだけどさ。むしろ、こういう事態を想定して、勲章を与えたのかもしれない。
まあ、心配し過ぎだったらしいが。だが、フランとフォールンドが謁見を終えてすぐのことであった。
「お2人とも」
声をかけてきたのは、侍従の男性である。なんか嫌な予感がする。そして、その口からききたくない言葉が発せられるのだった。
「別室にて王がお待ちです。こちらへどうぞ」
有無を言わず、侍従が背を向けて歩き出す。フランとフォールンドが付いてこないなどとは思ってもいないのだろう。いや、ついて行くけどね。
『フラン、まだ敬語のままだからな』
「ん? わかった」
もしかして分かってなかったか? よかった! 一応声かけておいて!
連日レビューを頂き、本当にありがとうございます。
しかも中々個性的なレビューですwww
作者も思わず426話を読み返してしまいました。




