465 救護
フランがカレーを食べ終わる頃、エイワースとフォールンドの話が一段落したところだった。
「つまり同士討ちが伯爵の娘を倒し、面倒を避けてすでに去ったと」
「ああ」
「そうか……。まあ、被害は貴族共に集中しておるし、あのレベルの化け物どもが争ったにしては被害が少ない方ではないか?」
あ、あれでか? だが、それはフォールンドも同様の意見であるらしい。エイワースの言葉にうなずいている。
「すごい被害が出た」
「ふん。下手をすれば、王都含めて、周辺に被害が出ているところだぞ? それが都市内の一部が更地になる程度で済んだのだ、むしろ想定よりも被害が少ないと言えるだろう」
なるほど……。だが、それでも被害が甚大であることは確かだった。怪我人も出ているだろうし、財産を失った人も多いはずだ。
周りで誰が聞いているかも分からないのに、大声でこういう言葉を言い放っちゃうのがエイワースだよな。
「はぁ。王都はどうなっちまうんだろうねぇ」
ステリアの表情も暗い。
「それに、侯爵が反乱となれば、混乱も大きいだろうし……。怪我人や死人も相当出ているんだよ」
ステリアの言葉を聞いたフランが、スクッと立ち上がる。
(師匠、行こう)
『どこにだ?』
まさか今すぐ修業に行こうというわけじゃないよな? 目が覚めたとはいえ、まだ完全回復ではないんだ。できればもう少し休んでいてもらいたい。
(怪我した人を助ける)
『うーむ……』
それはそれで重労働だろう。魔力も体力も必要だ。とても病み上がりの仕事ではない。だが、フランが自分の意思で人を助けたいと言っているんだ。これは止められないな。
『……わかったよ。じゃあ、エリアンテのところに行こう』
怪我人が集められている場所があれば、そこに行けばいい。まだ発見されていない怪我人の救助も急がなくてはならないが、そちらはギルドや騎士団も頑張るだろう。
ただ、問題が1つ。
『ガルスをどうするか……』
(ウルシに乗せていく)
『いや、さすがにそれは無理だ』
意識を失っているガルスはかなり衰弱している。連れ回すことは厳しいだろう。ここまでは避難ということで無理をさせたが、これ以上の無理はさせられない。
「む……」
「どうしたんだい?」
「怪我人を助けに行きたい。でも、ガルスを連れてはいけない」
「ガルス師の体はかなりボロボロだからねぇ。それに、今後の立場もどうなることか……」
ガルスを見ていたステリアが、悩まし気にため息をつく。実際、ガルスはどの程度の罪に問われるんだろうか? 魔薬と神剣の力で操られていたとはいえ、彼が製作に関わったと思われる疑似狂信剣で大きな被害も出ている。
情状酌量となるのかどうか? それとも重罪と断じられるのか? 法律や政治的判断も関係してくるだろうし、全然分からんな。
「どうなろうともあんたからの依頼はまだ有効だし、それがなくったって今のガルス師を無下には扱わないよ。冒険者ギルドがしっかりと守るから、安心しな」
「そうだ」
フォールンドも一緒にうなずいている。エイワースもだ。
「これだけの混乱が起きておる最中に、そやつを罰するような無駄な真似はせんと思うがな? それよりも恩を着せて、国のために働かせた方がマシだろう」
なるほど、それも一理あるのか?
「それに儂の雇い主たちも、そやつを守るために儂を派遣したんだ。任せておくがいい。そもそも、魔薬の治療をできる者など儂をおいて他にはおらん。ここに置いていけ」
『フラン、エイワースは信用できないが、フォールンドとステリアは信用できる。ガルスのことはギルドに任せよう』
「……わかった」
フランも納得したらしい。エイワースを睨みつつ、僅かに頷く。
「ステリア、お願い」
「ああ。そっちも皆をよろしく頼むよ」
その後、俺たちはエリアンテの下に向かい、怪我人の収容されている場所を教えてもらった。
どうやら何か所かに分かれているらしい。向かった怪我人の救護所は、まさに野戦病院の様相を呈していた。
薬師や魔術師、錬金術師が走り回り、必死に怪我人を癒している。誰もが疲れ切った顔をしているが、魔力回復ポーションを飲んで頑張っているようだ。
(師匠、行こう!)
『ああ、とは言え、まずは責任者に話を通さないと』
(わかった)
いきなり子供が現れて回復魔術を使い始めても、混乱させるだけだろう。この場で皆に指示を出しているのは、なんと宮廷医師の1人であった。
彼らは医術と回復魔術、錬金術師に通じる医のスペシャリストであるらしい。王の命令で医師長以外は民の救護に回っているそうだ。
忙しくしている宮廷医師の男性に、案内してくれた女性が声をかける。
「あのー」
「む、何か問題ですか?」
「いえ、こちらの少女が手伝いを申し出てくださいまして」
「ほう? 冒険者のようだが、回復魔術を使えるのですか?」
「ん」
「それはありがたい! 今は1人でも多くの癒し手が必要ですからね! どの程度の術が使えるのです?」
「グレーターヒールまでは行ける」
「なに? 治癒魔術の使い手ということですか? ほ、本当に?」
「ん」
「おお! 素晴らしい!」
プライドが高そうな男だったので邪険にされるかとも思ったが、あっさりと受け入れられた。今はプライドやら縄張りやら気にしている場合じゃないしな。
「まずは緊急度の高い患者から見てやってもらえますか? マナポーションはできるだけ用意するので!」
「わかった」
そうして、俺たちは王都の内外にある救護所を飛び回り、患者を癒して回った。今までの俺たちであれば魔力が足らなくなっていただろうが、ファナティクスを共食いしたおかげで俺の魔力量が大幅に増えている。フランは各地の宮廷医師たちが驚く勢いで患者たちを癒していった。
後半ではかなり心配されてしまったほどだ。どうもマナポーションをがぶ飲みして、無理をしていると思われたらしい。
道中で瓦礫の山から救い出した人を含めれば、500人以上は癒しただろう。癒された人の中にはそのまま救護所に残って手伝いをしている人も多く、再びフランが戻ってくると手を合わせて拝む者までいた。
どうやら、身を削って献身的に人々を癒す黒猫族の少女として認識されてしまったらしい。とは言え、個別に対応している暇もなく、軽く手を振る程度しかできなかったが。
後半になるとさすがに疲労の色が見えてくるが、フランのやる気はマックスのままだ。皆を救い、感謝されることが嬉しいらしい。
『少し休憩しなくて平気か?』
「平気!」




