464 寝起きでカレー
伯爵やエリアンテと別れて10分後。
俺の誘導によって、フォールンドはフランたちの下にたどり着いていた。冒険者ギルドの非戦闘員たちが集まっている場所だ。
地面に敷いた毛布の上に、フランとガルスが寝かされており、その傍らではエイワースがどこからか持ってきた椅子に腰かけている。その手には破壊された疑似狂信剣があった。さっそく観察しているようだ。
しかも、それだけではない。エイワースの手には書類の束があった。何やら書類と疑似狂信剣を見比べているようだ。軽く覗いたら、疑似狂信剣の絵が描いてあるのが見えた。もしかして研究資料のような物をどこかから持ち出してきたのか? 後で見せてもらいたいな。
(ここでいいか?)
『ああ、助かったよ』
フォールンドが俺をフランの横に置いてくれる。
『フラン。フラン』
「……スースー」
ダメか。あどけない顔のまま寝息を立てている。鑑定したところ体に問題はないし、疲労が回復すれば自然と目覚めるだろう。
その横では、フォールンドがエイワースに事態のあらましを説明している。
「ふむ? 百剣か? 終わったのかね?」
「ああ」
「そうか。で、どうなった? 同士討ちが勝ったのか?」
「ああ」
さすが齢の功。質問にイエスかノーで答えさせて、何があったのか正確に情報をゲットしていく。
ステリアも話を聞いてはいるものの、さすがにエイワースとフォールンドの会話に口を挟む度胸はないらしかった。
まあ、エイワースの相手はフォールンドに任せておこう。
『ウルシ、ご苦労だったな』
(オン!)
フランの影で休んでいるウルシにも労いの言葉をかけておく。すると、ウルシが情けない声を出した。
(クゥン)
『どうした? もしかしてどこか怪我をしているのか?』
グー。
うむ、腹が減っているだけか。だが、考えてみればずっと食事をしていない。ウルシが空腹を訴えるのも仕方がなかった。落ちている物を勝手に拾い食いしたり、火事場泥棒をしなかったのはえらいぞ。
『はぁ、仕方ない。ウルシ、俺を周りの目から隠せ』
「オン!」
フランの影から飛び出てきたウルシが、サッと暗黒魔術でブラインドを作る。その間に俺は激辛カレーを取り出してウルシの前に出してやった。今回はあまり戦闘に参加していないが、フランの護衛をやり切ったのだ。ご褒美は必要だろう。
『あまりこぼすなよ』
「オンオン!」
「なんだ? いったいどこから出した? いや、暗黒魔術であれば影の中に……」
エイワースが首を傾げているが、さすがに俺を疑うような真似はしないらしい。フォールンドには俺が何かをしたとバレるだろうが、今さらだろう。
「オフオフ!」
ウルシが口の周りを真っ赤にして超大盛激辛カレーを貪っていると、隣に寝ているフランが身じろぎする。
最初にスンスンと鼻が動き、次いで耳がピクピク動く。そして、目が薄っすらと開いた。
「む……カレーのにおい……」
「オン!」
「ウルシ……カレー……ずるい……」
目を覚ましたんだけど……。え? カレーのパワー凄くない? いや、フランの食い意地が凄いのか? まあ、疲労がある程度回復したところに、好物の香りで刺激を受けたからだろうが。
「師匠……カレー……」
『フラン! 他に人がいるから!』
(ん。カレー)
『はいはい分かってるって。ほれ』
「ん……もむもむ」
フランが取り出した風を装って、超大盛カレーを出してやる。トンカツからあげトッピングだ。寝起きだとか関係ない。フランならこのくらいは本当に朝飯前である。
「もぐもぐ」
「オフオフ」
「な、なんだそれは?」
寝起き直後にスパイシーな香りのする謎の料理をかき込み始めたフランを、エイワースがメッチャ見ている。その目は興味津々だ。好奇心モンスターのエイワースが、カレーに興味を示さないはずがなかった。
「の、のう? それは美味いのか?」
「ん。超美味い」
「ほほう」
エイワースの強烈な視線からカレーを隠すように、フランが軽く背を向ける。
『フラン、エイワースにも1杯分けてやったらどうだ?』
(む)
『そう嫌そうな顔をするなよ。今回はエイワースにかなり世話になったんだ。フランが寝た後にもな』
「……わかった」
それでも不承不承であったが、フランは小盛のカレーをエイワースの前に置いた。
「やる」
「うむ、良い心がけだ! ふむふむ?」
エイワースは受け取ったカレーを興味深そうに観察し、軽く匂いを嗅いだ後に早速食べ始めた。
「ほうほう! これは面白い! だが美味いぞ!」
ガツガツとかき込み始めるエイワースだったが、その舌は俺の想像以上に鋭敏だったらしい。いや、薬を扱っている以上、当然なのか?
「使っている香辛料は8……いや9種類か? 豚系魔獣の骨を煮出したスープに、野菜が4種類だろう」
完全に材料を言い当てられた。下手したら再現されてしまうんじゃないか?
「安心せい。レシピを広めたりはせん。ただ、自分で食す分くらいは作って構わんだろう?」
まあ、それくらいなら。そんなエイワースを羨ましそうに見ているのがフォールンドだ。こうなっては、彼にだけ出さないわけにもいかない。こちらには大盛で渡してやったな。やはりフランもフォールンドには好意的であるようだ。
そうやって皆でカレーを食べている中、俺はフランが眠ってからの経緯を語ってやった。
(……むぅ)
『どうした?』
(最後に、役立たずだった)
『あれはしかたない。それに、ベルメリアとの戦いには、どちらにせよ割っては入れなかったさ』
(でも、フォールンドは師匠と一緒に戦った)
拗ねた様子で口をとがらせるフラン。
『あれは……フォールンドの特殊能力があればこそだ。それに、あいつも死にかけた。本当に賭けだったんだ』
(……師匠)
『なんだ?』
(フォールンドは強かった?)
『あ、ああ』
(そう……)
これってもしかして、嫉妬してるのか? フランの中で色々な感情が渦巻いているのは確かだろう。強敵との戦いを逃した残念さ。その戦いに役に立てなかった無念さ。しかし、それ以上に俺とフォールンドが協力して戦ったことに対して嫉妬しているようだった。
あとは、妙に不安げだ。
(私は弱い……。最後まで戦えなかった。フォールンドと違って……)
どうやら、自分とフォールンドを比べられることを不安に思っているようだ。その気持ちは分かる。俺だって、フランに神剣と自分が比べられたらと思うと怖い。
『フォールンドは念動みたいな能力も持ってたし、信頼もできるやつだった。それは確かだ』
(ん……)
『でも、やっぱり俺にはフランが一番だよ。何度、フランがいればって思ったか分からない。俺はフランがいなきゃこんなに弱いのかって思い知ったよ』
(師匠は弱くない!)
『確かに、俺は普通の剣よりは強いかもしれん。だが、フランがいればもっと強くなれるんだ。俺を一番分かってくれていて、俺の力を一番に引き出してくれるのはフランだからな』
これは慰めでも何でもない。本当に何度も思ったことだ。
『俺は、お前に相応しい剣になるため、もっともっと強くなるぞ』
黒猫族全体の呪いを解いて誰もが進化できるようにし、黒猫族の地位を向上させることがフランの目標だ。つまり、脅威度Sクラスの邪人を倒すことである。
それは、ついさっき目の当たりにした超越者以上の敵を倒すということだった。
今のままでは単なる夢想である。しかし、フランが諦めることは無いだろう。それに、フランはこれからも成長をし続けて、いつかあの領域に到達するだろうという確信もある。
そんなフランの剣として相応しく居続けるためには、今以上に強くならねば。今回、ファナティクスを共食いしたことで魔力などを大幅に強化できた。ならば次はスキルとその習熟だろう。
『フラン、俺たちは強くなった。でも、上には上がいて、今のままじゃ勝てない相手も多い。俺も、お前も』
(ん)
『だから、強くなろう』
(わかった! じゃあ、修業?)
『そうだ。俺は魔石値を。フランは経験値を。今以上にゲットするために、修業をしよう。幸い、良い場所がある』
(どこ?)
『俺にとっての始まりの場所。魔狼の平原だ。どうせ1度行ってみなくちゃならなかったんだ。だったら、そこで修業もしよう』
(ん! もっともっと、強くなる。次こそ、最後まで師匠と一緒に戦う!)
まあ、それも王都の騒ぎが落ち着いたらだけどな。




