463 フォールンドの見た映像
アースラースを見送った後、俺はフォールンドに背負われながら移動していた。
『なあ、アースラースなんだが、事前に国とかが依頼を出していたってことにしちゃダメなのか? そうすれば、国も事前にクーデターを予期して、対策してましたって言えるんじゃないか? 威信とやらも少しは守られる』
獣人国でフランが実際にそうだった。しかし、フォールンドは首を横に振る。
(アースラース殿でなければ問題ないかもしれん。だが、かの御仁となると話が変わる)
『神剣を持っているから?』
(というよりは、大量破壊に特化しているからだろう。アースラース殿の場合、残る逸話のほとんどが大量破壊と大量虐殺の話だ。無論、戦場での話がほとんどだし、古い逸話の中には英雄譚として語り継がれている話も多いが……)
一人で国を亡ぼせるアースラースを優遇すること自体が、そもそも野心ありと言われてしまう。平時であればそこまで気にしなかったかもしれない。他国には外交で言い訳をして、アースラースを遇するという選択肢もあっただろう。
だが、王都、バルボラと立て続けに大都市が被害を受けたクランゼル王国は、国力も国威も大きく打撃を受けている。その中で他国に反感を買うような真似は危険だった。特に野心を持った大国、レイドス王国が北に居る以上、諸外国との関係は重要になるはずだ。
(無論、国の判断は違う可能性もある。あくまでも、アースラース殿がそう判断したというだけだが……。出頭した場合は国に迷惑がかかる可能性がある。だが黙って立ち去れば、特に何も起きない。後者の方が無難な選択肢だろう)
『そんなものなのか……』
(ああ、残念ではあるがな)
俺が考えることなんて、アースラースやフォールンドが思いつかないはずもないか。それに何十年もこんなことを繰り返してきたのだ。アースラース自身がどうすればいいのか、一番分かっているのだろう。
そもそも俺の感覚だと、国を滅ぼしかねないテロリスト相手に戦い、それを食い止めたアースラースにそこまでの罪があるとは思えないんだよな。
(いや、不可抗力とは言え王のいる王城を攻撃し、貴族街に大きな被害を与えたのだぞ? 罪に問われない訳がない)
俺はアースラースに好意を持っているから、ちょっと判断がアースラース寄りになっているかも。ちょっと冷静になって、日本に置き換えてみよう。
ある日突然、テロリストに操られた自衛隊の兵器も効かないスーパーロボットが現れて、東京で破壊活動を始める。ビームやミサイルをぶっ放し、放置していたら日本が危ない! そこに現れるのが、同型のスーパーロボット2号だ。同じように超兵器を駆使して、テロリストのロボットを倒すスーパーロボット2号。だが、都庁周辺は灰燼と化し、何百人もの人々の命が失われたのだった……。
うん、やばいね。もし2号のパイロットが正義の味方面して現れたら、石を投げる人間は多いだろう。ネットも大炎上し、擁護派よりも排斥派の方が圧倒的に多いはずだ。
いや、そもそも現代日本の感覚は通じないか。法治国家じゃなくて貴族制の国なのだ。やはり、騒ぎを避けて立ち去るのがいいかもしれないな。まあ、アースラースはもう去ってしまったんだし、これ以上は考えても意味ないか……。
『はあ、気分を変えて、共食いの成果でも確認しよう』
そして、俺は自分のステータスを確認して思わず驚きの声を上げていた。
『うえっ?』
「む?」
『いや、すまん。なんでもない』
「ああ」
俺の能力は、想像以上の凄まじい成長を遂げていた。なんと、保有魔力が5000も増えていたのだ。ほぼ1.5倍以上である。耐久値も3000以上増加していた。
壊れかけとはいえ、神剣を食ったのだ。このくらいは当然なのかもしれない。しかも共食いによって得たのは能力値だけではなかった。
俺のスキルに、魔力供給というスキルが追加されていたのだ。これは、自らの使用者に対して魔力を分け与えることができるスキルであるらしい。今までもフランは俺の魔力を引き出して使えていたが、このスキルを得たことでロスが減り、効率が大幅にアップしただろう。
そうやって能力を確認していると、すぐに避難する人々の列が見えてくる。殿で民衆を誘導しているのはベイルリーズ伯爵だ。エリアンテやコルベルトの姿も見える。
フランの気配はすでに都市の外だな。ウルシがきっちり逃がしたらしい。
(師匠、伯爵に報告をしたい。構わないか?)
『俺もその方がいいと思う』
このまま何も知らせないままだと、民の避難が無駄に進んでしまうだろう。都市内に危険が無くなったかは分からないが、侯爵とファナティクスを仕留めたことは伝えておくべきだ。
ということでフォールンドが、必死の形相で指揮をとっている伯爵たちに近づいていった。それに真っ先に気付いたのはエリアンテだ。不安げな表情でフォールンドに声をかけてくる。ベイルリーズ伯爵もすぐに近寄ってきた。
「フォールンド! 無事だったのね!」
「ああ」
「それで、どうなったの……? 戦闘の音が聞こえなくなったけど……」
「終わった」
「アースラース殿が勝ったということか?」
「ああ」
あ、やべー。フォールンドの口下手さでは、まともな報告ができん! 俺は念話である程度指示を出すことにした。フランで慣れているので、この辺は任せておけ。
「アースラースが勝った。アシュトナー侯爵も倒れた。配下の剣士たちは自爆して果てた」
『おい、もっと言い方があるだろ。業務報告か!』
(仕方ないだろう。これ以上流暢には喋れん)
いきなり長台詞は難しかったか! しかし、ここは頑張ってもらわねば。
「アースラース殿と戦っていた娘は、どうなった?」
「アースラースが倒した」
「! そ、そうか……」
「アースラースは?」
「厄介事を避けるためにすでに去った」
伯爵に本当のことを打ち明けるにしても、この場では人の耳が多すぎる。娘の死を聞いてショックな伯爵には申し訳ないが、もう少しの間我慢してくれ。
「フォールンド?」
「フォールンドさん?」
エリアンテとコルベルトが困惑の表情でフォールンドを見ている。やはりいつもは無口なフォールンドが長く喋る姿は異様に映るらしい。
それでもフォールンドが頑張り、なんとか俺たちの知る情報を伯爵たちに伝えることができた。その情報を基に、伯爵たちは市内の状況確認や、今後避難誘導をどうするかを話し合い始める。あとは任せればいいだろう。
『じゃあ、フォールンド。フランのところに向かってくれ』
「ああ」
フォールンドが身を翻すと、エリアンテが慌てて引き留めてくる。
「ちょっと待って! どこいくの? できればこのまま手伝ってもらいたいんだけど?」
「いや」
フォールンドが首を振りながら、背中の俺に軽く手を添えた。エリアンテも俺に見覚えがあるのだろう。軽く目を見張っている。
「剣をフランに」
「その剣は……」
「頼まれた」
「そう……そうなの。それじゃあ仕方ないわね」
「ああ」
エリアンテがメッチャしんみりした顔をしている。コルベルトも何故か項垂れたな。あ、これってもしかして、俺が死んだって思ってない? 今のフォールンドの言葉の感じ、俺の死に際の頼みみたいだったもん。
だが、訂正させる前に、フォールンドはその場を立ち去ってしまった。まあ、あとで訂正してもらおう。
道中、俺は気になっていたことをフォールンドに質問してみた。
『なあ、剣神の寵愛で解析できた俺の情報って、どんなもんだった?』
すると、フォールンドが難しい顔で聞き返してくる。
(普段であれば製作者やその剣の能力を知ることができるんだが、今回は不可思議な光景が見えただけだった)
『不可思議な光景?』
(……男性が何者かに導かれ、禍々しいオーラを発する剣の中に封じられる場面だ。剣は師匠に似ている気がしたが、細部が少々違っていたな)
『そ、その剣て、どんな剣だった?』
(刃などは師匠とソックリだったが、柄の意匠が違っていた。狼ではなく、4面の女性の形だったと思う)
間違いない。それはケルビムだ。禍々しいオーラというのはよく分からないが、神に廃棄を命じられるような危険な神剣だ。それに関係しているのかもしれないな。そして、その中に男性が封じられる場面ってことは……。
『お、男の方はどんな姿をしていた?』
(ふむ……)
『どうした?』
(黒髪黒目という以外に、特徴のない地味な男だった。むしろ、あれだけ地味であるということが特徴かもしれない)
『あ、そうっすか……』
心が痛い……。だが、確実に俺だろうな。
『多分、それは俺だと思う』
(師匠は、元々人だったのか?)
『ああ、そうだ。人間の魂が、剣の中に封じられているんだ。まあ、誰にこうされたのかはいまいちわからんが』
しかし、フォールンドに詳しく話を聞けば、エルメラ以外に俺の誕生に関わった相手が分かるかもしれない。
『どんな様子だった!』
(覚えていないのか?)
『ああ、全く。だから知りたいんだ』
(そうか。だが、俺も全てを見たわけじゃない。靄のかかった、幻のような物を覗いた感じだからな)
『それでもいい』
(ならば。まず見えたのは、3柱の存在だ)
『3柱? 3人じゃなくて?』
随分と大仰な言葉だ。
(解析した剣に神やその眷属が関わっていた場合に起こる現象なのだが、解析が上手くいかずに不思議な光景が見えるのだ)
『俺に触れたとき、その現象が起きたと?』
(そうだ。乱れた映像が脳裏に浮かび、神か、その眷属と思われる三者が、師匠と会話をしていた)
『内容は分かるか?』
(すまないな。ただ、師匠は笑顔だったぞ)
どうやらその映像に音声はないらしい。それでも大きな手掛かりには違いない。フォールンドに覚えている限りを説明してもらった。
場所は不明。まるで登場人物たちが空に浮いているかのような映像だったらしい。登場人物は3人いたが、顔も不明。しかし、女性に見えたという。女神なのか、女性型の神の眷属なのか……。
俺がそのうちの1人に連れてこられ、何やら話をした後、剣の中に封じ込められる。フォールンドには、笑顔を浮かべた俺が自分の意思で承諾したように見えたらしい。
(そのとき、不思議なことが起きた。女神の1人が手をかざすと、まるで師匠の中から抜き出されたかのように、不思議な映像が宙に浮かび上がったんだ)
『それはどんな?』
(その映像に師匠はいなかったんだが……。驚くほど高い、四角い塔のような建物が整然と並ぶ場所を見上げているんだ。多分、その視線の主は地面に寝ているのだと思う。だが、大怪我を負っているようだった。視線を動かしたとき、血まみれの体や手が見えたからな)
それってもしかして、俺が死んだときの記憶なんじゃないか? 実はその辺が曖昧なのだ。車に轢かれたことは覚えているが、その後は気付いたら剣になっていたし……。
(あとは美しいドレスを着た女性とベッドの上で見つめ合っているシーンや、若い女性と手を組んで歩いているシーンなども見えた)
いや、俺の記憶じゃないかも。全く記憶にない。
(それから、不思議な四角い板の中で裸の女性と男性が艶めかしく――)
『ちょ、ちょっと待った!』
それは何というか、アレだ。あれなのである。いや、しかしこれは重要な手がかり。恥ずかしいなどという理由で切り上げるのは……。
『済まない。続けてくれ』
「うむ」
他にもいくつかフォールンドが見えた光景を説明してくれる。どうも、食事や映画に感動した記憶や、女性にフラれた等の哀しい記憶。あとは、色っぽい感じの――まあ、エロに関する記憶であるらしい。
どれも全く記憶がない。いや、神様が記憶を取り上げたのか? だから記憶がない? しかしフォールンドにも詳しいことはわからないそうだ。剣に封じられる俺が笑顔だったことから考えると、俺自身が納得していたようだ……。
死に際の記憶と言うのであればまだ何らかの意味がありそうだが、他の記憶まで取り上げる意味が分からない。
(後はそうだな……。紋章が見えた)
『紋章?』
(ああ、神にはそれぞれを表すシンボルがある。3柱の女性たちはそのシンボルを象った紋章を身に着けていた)
フォールンドが見たところ、混沌の女神、銀月の女神、冥界の女神の3柱のシンボルであったという。
『つまり、俺を生み出したのは、その3女神か、その眷属ってことか?』
(多分な)
うーむ、これはその女神たちのことを詳しく調べてみるか。名前だけは聞いたことがあるけど、それ以上のことは知らないのだ。
(だが、師匠は凄い剣なのだな)
『なんでだ? いや、自分で言うのもなんだが、廃棄神剣だし、凄い剣ではあると思うけどさ』
(神剣であっても、1柱の力が与えられるだけだ。それが、3柱の意が絡んでいるとなるなどとんでもないことだぞ? いったい、どのような目的で生み出されたのだろうな?)
『それは俺も知りたいよ』




