461 全てを喰らう黒いモノ
『いいいいいいい――!』
やばいやばいやばいやばい!
なんだこれっ!
あり得ないほどの魔力がっ!
熱い! 熱い熱い! 俺の中が焼けている! 焼け付いて、燃え上がって、弾けそうだ!
『ぐがああああがががああああいいいい!』
気持ち悪い! 頭の中を、体の内を、全身を、無数の蟲が這いずり回っているかのような異様な感覚。
『うああぁぁああぁぁああぁぁぁぁっ!』
助けて! 助けてくれ!
俺が壊れる……!
『が、が……』
ギキイィィィィィン!
『?』
ふいに、何かが割れるような音がする。なんだ? 何かが砕け――。
その直後だった。
『うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――!』
俺の中の深い部分から、黒いモノが溢れ出す。
痛い熱い寒い苦しい。どれとも違う。ただただ、俺の中を黒い何かが覆い、侵食していく。いや、これもまた俺だ。俺を構成する存在だ。それは直感的に理解できた。
『喰らえ』
『ぐあああぁ……!』
『喰らえ』
『ああああぁぁぐぅ……?』
『喰らえ喰らえ!』
『ぐぅぅ……なんだ? ぐあぁぁ!』
喰らえ?
『喰らえ! 全てを喰らえ!』
喰らうって、何をだ……? 全て……? 俺の一部でありながら俺ではないナニか。お前は誰だ?
『我の声に耳を傾けよ! 我に身を委ねよ! 我にその身を差し出せ!』
脳内に直接響く声。そのイメージは黒だ。邪悪で悍ましいモノが、俺の中で声を張り上げている。
『喰らえ! 天も地も、神も魔も、人も獣も、全て喰らって糧とせよ!』
声から伝わってくるのは強烈な飢餓感だった。喰らうというのは、そのままの意味だ。肉を喰い、血をすすり、大地を呑み込み、天すらも噛み千切る。この黒いモノにはそれが可能だ。
『っ!』
それに対して俺が感じたのは、凄まじい怒りだった。頭の中が怒り一色に染まる。
好き勝手言いやがって! だいたい、全てを喰らう? 人もってことは、フランもってことだろうが!
ざけんな! たとえ俺自身だろうが、フランを殺す奴は許さん! フランを殺すなら、俺を殺してからいけ、俺よ! ああくそっ! 訳分からん! 思考がグッチャグチャで、自分が何を言ってるのかも分からん!
『ああああああ! うるせぇ! 黙れぇっ!』
怒りのせいか、苦しみも気持ち悪さもどこかに行ってしまった。
『何故従わない! 我に従え!』
『黙れって言ってんだよっ!』
『……!』
あれ? 黙った? 言ってみるもんだな。
声の主が――黒い邪悪なモノが明らかに戸惑っているのが分かった。そして、急激に力を失っていく。消滅したわけでも、俺の中から出ていったわけでもないが、俺の奥に引っ込んでいくのが感じられる。
とりあえず……どうにかなったのか?
そう思った直後だった。今の訳分からない声とは違う、もっと耳障りで甲高い声が聞こえてきた。
『ケヒヒヒヒヒ! 俺たちを喰らったやつがどんなもんかと思ったら、面白いじゃねーか!』
『次は――』
その正体も何故か分かってしまう。廃棄神剣同士、通じる何かがあるのかもしれない。
『ファナティクスか?』
『キヒヒヒ! さてなぁ? 俺たちは俺たちだ! にしても、とんでもねーモノを飼ってるじゃねーか!』
ファナティクスが喋るたびにその声色が変わる。男であったり、女であったり、老人であったり、子供であったり。だが、ファナティクスが俺の中にいた。共食いが発動し、ファナティクスを食ったらしい。それに気付かないほど、苦しかったのだ。
ただ、これほどはっきりと共食いで吸収した相手を感じることは初めてだった。それを意識すると、途端に気持ち悪さが襲ってくる。
『うげおぉ……!』
『グハハハハ! お前、元々人間だろう! ご愁傷さま!』
『ど、どういうことだ……?』
『いつか絶対、お前は狂うぜ! 剣の体に人の精神! 耐えられるわけがねぇ! いつか必ず、お前は狂う! 俺たちがそうだったようになぁぁ!』
『俺は、狂わないっ!』
『無理さ! 俺たちはお前の中で見させてもらうぜ? お前が狂っていく様をよぉ! そして最後に使い手を殺すところをよぉ!』
『くそ! お前もうるさいんだよ!』
『ギャハ――ガッ! なんだ……!』
俺の中でふざけたことを喚き散らしていたファナティクスだったが、突然苦し気に身悶えした。
『お、お前の中、どうなってやがる!』
怯え交じりの声を上げるファナティクス。その精神に食らいつくのはアナウンスさんだ。アナウンスさん――つまりケルビムの残滓がファナティクスを吸収していくのが分かる。
『なんなんだよ! なんで俺たちと同種の存在が……! 止めろ! 俺たちを喰うんじゃねぇ! やめろ! 俺たちは消えねぇ! 消えねぇぞぉぉぉぉぉぉぉ――――』
その絶叫を最後に、俺を襲っていた凄まじい嫌悪感が完全に消えた。綺麗さっぱりと。
『……終わったのか?』
『……』
俺の呟きに答える者はいない。もしかしたらアナウンスさんが答えてくれるのではないかと思ったが、だめだった。だが、その存在感が僅かに増したのが分かる。もしかして、共食いを使っていけば、いつかアナウンスさんが復活するかもしれない。
というか、俺の状態はかなりヤバいな。刀身は完全に砕け散っており、傍目には壊れてしまったように見えるだろう。未だに神属性の影響が残っているのか、再生も遅い。
だが、耐久値はゆっくりと回復していた。ギリギリ生き延びたか……。
『いや、今は俺のことよりもベルメリアだ!』
暴走は止まったのか? 慌てて周囲を確認した。
『ベルメリアは――いた!』
やや離れた場所に、ベルメリアが倒れているのが見えた。その体は元の人間に近い姿に戻っている。軽く胸が上下しているのが見えた。生きているらしい。
その身から発せられていた超魔力は消え去り、むしろ瀕死の状態だった。ファナティクスごと右腕が爆ぜ飛び、右半身もズタズタに引き裂かれている。
ベルメリアと逆側にはアースラースが倒れているのも見えた。
『おい、アースラース?』
「し、師匠、か?」
弱々しいながらも、言葉が返ってくる。
『暴走してないな?』
「おかげさま、でな……」
どうやら、最悪の事態は回避できたらしかった。




