44 その後の顛末
(師匠……!)
『ああ、かなりの魔力だ。脅威度Dは行ってるかもしれないぞ! 気を付けろ!』
「ん!」
しかし、感じた事のない魔力だな。魔獣や、人とも違う。不思議な魔力だ。
その謎の気配は、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。もしかして、フランを狙っているのか? いや、馬鹿子爵も一応貴族だし、狙われる可能性はあるか?
ともかく、気は抜けない。
「な、なんだまた剣など抜いて! や、やるのか!」
オーギュストが何やらうるさいな。考えてみたら、戦っている最中に邪魔されたら迷惑だ。ここは、少し黙っていてもらおう。
Lv3闇魔術「マインド・ロスト」。意識を奪い、気絶させる魔術だ。まあ、こいつ相手なら抵抗されることはないだろう。
「あ……?」
ドサ
倒れた子爵を放置して、待つこと10数秒。
現れたのは、半透明の変な奴だった。何というか、ウネウネと形を変え続ける水の球が、宙に浮いているかのような姿だ。
「フランさん、殺していませんね?」
「?」
いきなり話しかけてきたぞ。いや、口も顔もないから、確証はないが。多分、目の前のこいつが声を出したんだろう。それに、その声には聞き覚えがある。
「ギルドマスター?」
「そうです。ああ、あなたは初めて見るのでしたか? これは、私の使役する精霊の一種です。ご安心を」
「精霊……初めて見た」
俺も初めて見たけど、なんか想像と違うな。もっと、人っぽい姿を想像してたのに。シルフとかウンディーネとかね。
それは、フランも同じだったようだ。
「なんか、変」
「変とは何です! 変とは! 確かに、その子は中級精霊ですから、人型ではありません。ですが、この子もとてもかわいいのですよ!」
「でも、もっとカッコイイのが良い」
「人型の精霊は、上位精霊なのですよ。戦闘時でもないのに、そんな上級の精霊を召喚するわけないでしょう」
人型の精霊は上位精霊なのか。そして、ギルマスはそれを召喚できる。中級でも、これだけの魔力があるんだ。上級はどれくらい強いんだろうか。
もし、複数の精霊を同時に召喚できるとしたら、凄まじい戦力だろう。ギルマス本人でも凄まじく強いのに、精霊が加わったら、手が付けられないんじゃ? さすがギルドマスターになれるだけの実力はあるってことか。
「何の用?」
「おっと、そうでした。あなたを追って、オーギュスト子爵が町を出たという情報を得ましてね」
ついさっきの話なのに、耳が早いな。
「門番のデルトさんが知らせてくださったのですよ。オーギュスト子爵があなたを追って行ったが、大丈夫だろうか、とね」
デルトさん、ロリスキーかもしれないなんて思ってごめん。単に良い人なだけだった。
「ん。来た」
「やはり! オーギュスト子爵の身柄を秘密裏に確保するよう、ギルドに要請が来ています。殺していませんよね? ね? え、もしかして殺してしまいました? それは困るんです!」
「殺してない」
「ほ、本当ですか? 良かった! その身柄を引き渡していただきたいのです。無論、只とは言いません」
「いいよ」
「本当ですか? 有り難い! では、すぐにその場に向かいますので、身柄の確保をお願いしても?」
「ん」
「では、失礼!」
ギルマスの言葉と同時に、精霊の姿が掻き消えた。どうやら、メッセンジャー代わりだったらしい。
10分後。ギルマスが息せき切って現れた。早いな。よほど急いできたらしい。
「フランさん、お待たせしました」
「ん」
「オーギュスト子爵は……ああ、いましたね。おい」
ギルマスが連れて来た冒険者が、オーギュスト子爵を担ぎ上げると、運んでいく。
「どこに連れていく?」
「ああ、オルメス伯爵の使いの下ですよ」
新しい人名だな。誰だ?
「オルメス伯は、アルサンド子爵の御父上です」
「父親が、子供を捕まえさせた?」
「はい。これはここだけの話にしてほしいのですが。元々、アルサンド子爵は問題の多い人物でした。しかし、嘘を見抜くスキルを持っていたため、オルメス伯爵は彼を罰することなく、利用してきたのです」
「ん」
「ですが、数日前に、そのスキルが突如消失したようなのです。理由は分かりません。非常に珍しい現象ですし。まあ、スキルを下らないことに使う彼に、神が罰を与えたのかもしれませんが」
そうそう、罰が与えられたんだよ。そういうことにしておいてくれ。
「それからの変わりようは、私も驚くほどでしたよ。誰と接するにしても、嘘判別のスキルを使っていたのでしょうね。それが無くなった彼は、誰も信用できなくなったようでした」
なるほど。生まれた時から持っていた嘘を見抜くスキルを、ある日突然失ったら? そりゃあ、人間不信にもなるか。まあ、そんな生易しい感じではなかったが。完全に壊れかけていた。
便利なスキルを手に入れたぜイエー、とか思っていたけど、使用を少し控えよう。馬鹿子爵みたいにはなりたくないし。自分だけは大丈夫なんて思える程、俺は特別な奴ではないのだ。
「数日前には、視察に訪れた王族に対しても問題を起こしました。礼儀も何も無視して、謁見の間でいきなり掴み掛り、嘘をつくなと叫んだのです」
うわー。それはひどい。いや、待てよ? たしか、宮廷作法のスキルも奪ったな。それも影響してるんじゃ……?
「そして、軟禁中の一室を抜け出し、姿をくらましたのです。その際に、かなりの額の金子を持ち出したようですね。その大半を使い、高額な武具を買ったところまでは足取りがつかめていたのですが」
十中八九、ギュランの手引きだろうな。そして、フランを捕まえた後は、アレッサに戻らず高飛びするつもりであったと。馬鹿子爵はどうとでもできるしね。
「オルメス伯としては、事を大きくしたくないのでしょう。アルサンド子爵がこれ以上の問題を起こす前に、身柄を確保したいと秘密裏に依頼してきたのです」
「秘密?」
「ええ。これは私見ですが、彼がスキルを失ったことを隠したまま、どうにか利用したいのだと思います。影武者を立てるのか、治療を施すのかはわかりませんが。そのためにも、子爵の身柄を押さえておきたい。そして、この事態が露見するのを防ぐためにも、できるだけ秘密裏に事を運びたい。そういうことでしょう」
「もう無理」
「私もそう思いますがね。まあ、失敗しようが成功しようが、私には関係ないですし。権力者に恩を売っておいて損はないですからね。依頼料も、口止め料込みで非常に良かったですし」
ほほう。依頼料が良かった、とな?
「じーっ」
「……そう睨まなくても、依頼達成扱いにさせていただきますし、ボーナスもばっちりお付けしますよ」
「ん。当然」
「その代わり、分かっていますね?」
「口は堅い方」
自信ありげにコックリと頷くフランに、ギルマスは妙に不安げな視線を向けているな。
「はぁ。本当に頼みますよ。相手は大貴族ですからね。怒らせたら色々厄介なのですよ」
俺達だって、貴族の御家騒動に巻き込まれるとか勘弁願いたい。頼まれたって、言いふらすようなことはしないさ。
「ああ、子爵の持ち物に関しては、回収できなくても良いと言われていますので、ご心配なく」
武具やお金をガメたと思われてるな。いや、それに近い状態なんだけどさ。なんか、ギルマスに対する借りが増えてる気がするな。
その後、伯爵サイドに、フランの名前は伝わらない様にしてもらいました。大貴族様は、下々の者の名前なんか興味ないだろうけどさ。念のためにね。
因みに、依頼料はボーナスと口止め料込みで、20万ゴルドももらえた。いきなり所持金が2倍だ。
さすが貴族の依頼だね。金銭感覚がおかしくなりそうだ。




