448 超人化+潜在能力解放
体を上下に分断され、アシュトナー侯爵が血だまりの中に倒れ込む。その傍らには、同じように切断された疑似狂信剣の切先が落ちていた。
共食いが発動すると考えて身構えていたんだが、例の気色悪さは襲ってこない。つまり、アシュトナー侯爵の中に寄生しているファナティクスが、まだ死んでいないということなのだろう。
疑似狂信剣が本体じゃない? だとしたら、倒すには侯爵の息の根を止めなくてはいけないということか。
『フラン、まだだ!』
「ん! はぁぁぁ!」
剣王技を放ったことによる硬直が解け、フランが再び動き出す。次に放ったのは空気抜刀術である。狙うのは侯爵の頭だ。瞬間再生によって下半身があっと言う間に生えていくのが見えるが、こちらの攻撃の方が速い。
「クソがぁぁあぁぁぁ!」
「っ!」
『ちぃ!』
なんと、アシュトナー侯爵が強力な障壁を張って、フランの攻撃を受け止めた。障壁を一点集中させたのだろう。俺はその頭部を深々と切り裂きはしたものの、切断とまではいかなかった。
いや、普通なら脳を切りつけられたら即死するはずだが、生命力の強化された今の侯爵はこれでもまだ倒せない。
だが、それにしても少しおかしいか? 咄嗟に張った障壁にしては強力すぎる気がする。再度アシュトナー侯爵を鑑定して、障壁が急に強度を増した理由がわかった。
なんと、潜在能力解放状態になっていたのだ。超人化スキルで強くなっていたのに、さらに潜在能力解放をしやがった。そのステータスは文句なくランクS級である。
超人化スキルなどをスキルテイカーで奪えればいいんだろうが、アースラースの狂鬼化に使用したせいで今も使用不可能だった。
「きさま、ここで、殺す! そして、その魔剣をいただく!」
そう叫びながら立ち上がろうとする侯爵。
「この素体はここで死んじまうが、その魔剣とあの小娘さえ揃っていれば構わねぇ!」
どうもこいつらは潜在能力解放状態にはなれても、解除が出来ないみたいだな。どうりでここまで使わなかったはずだ。他の使い捨ての体と違い、40年もかけて用意したわけだからな。さすがに惜しんだのだろう。
『態勢を整えさせるな!』
「はぁぁ!」
俺は中位の雷鳴魔術を連続で放って、侯爵の動きを止めようとするが、ほとんど効果がなかった。魔術耐性そのものが強化されているのだろう。
『ちっ! 軽い攻撃じゃもう意味がない!』
斬り掛かったフランに対して、立ち上がった侯爵が左腕に障壁を集中させ、突き出す。ぶつかり合う俺と侯爵の裏拳。
先程までなら、アシュトナー侯爵の腕が傷ついていただろう。だが、今の侯爵の力は圧倒的だった。俺の刀身はあっさり上側へと弾かれ、がら空きになったフランの胴体に疑似狂信剣が突き込まれた。短くなった刀身を魔力を纏って補っている。
「死ねぇ!」
「ぎぁっ……!」
寸前で身をよじったおかげで心臓を貫かれることは避けたが、疑似狂信剣が腹部を深々と貫いていた。フランの背中から切先が突き出している。
その状態で、アシュトナー侯爵の手に力が入るのが分かった。俺は大慌てで短距離転移する。
「おらぁ!」
間に合った。アシュトナー侯爵はフランの体に突き刺さったままの剣を力任せに振り抜き、心臓を無理やり切り裂こうとしていたのだ。
侯爵の振るった疑似狂信剣が、虚しく空を切っていた。
『フラン! 今治す!』
「ん……!」
「ヒャハハ!」
「!」
速過ぎる! 気づいたら真横にいた。フランと戦う奴らの気持ちが分かったぜ!
叩きつけられた疑似狂信剣を受けると、それだけで俺の耐久値が大きく削られ、フランが真横に吹っ飛ぶ。
10メートル以上吹き飛ばされただろう。しかも、フランの跳んだ先にはすでに侯爵が移動して待ち構えている。
「くっ!」
フランは空中跳躍で足元を蹴って体勢を整えるとともに、さらに加速して自ら侯爵に斬り掛かった。逃げても回り込まれる以上、これしか道がない。
侯爵はまさかフランから攻撃してくるとは思わなかったのか、少し目を見開いている。フランを迎え撃つために慌ててかざされたアシュトナー侯爵の剣と、俺が再びぶつかり合――わなかった。その寸前、俺がフランを転移させたのだ。
一瞬の間に2度も裏をかかれ、完全に体勢を崩すアシュトナー侯爵。そこに本日2度目の剣王技が放たれた。
「はぁぁぁぁぁ!」
「ヒャハァァァ!」
しかし、多少の駆け引きでは埋められない差が今の両者にはあった。侯爵は神速の剣王技にさえ反応し、躱しやがったのだ。
脳天を叩き割るつもりだった俺は侯爵の左腕を斬り落とすにとどまり、逆に振り上げられた侯爵の左足がフランの右脇腹に突き刺さった。
念動を発動して威力を弱めたが、それでもフランは血反吐を吐きながら20メートル以上を吹き飛んでいった。幾度も地面に体を叩きつけられながら、侯爵邸の壁を突き破って何とか止まる。
「くぅ……げふ……」
『再生を使え!』
口から血と胃液を吐き戻しながら、身をよじるフラン。内臓だけではなく、他も酷い状態だ。地面に激しくバウンドし続けた衝撃で、全身が打ち身だらけだし、いくつか深い切り傷もある。両足も折れているだろう。
この状態で俺を手放さなかったのは凄まじい。目も死んでいなかった。再生で足を回復させたフランは、痛みをこらえながらフラフラと立ち上がる。まだ戦うつもりなのだ。
しかし俺は賛成できなかった。傷は癒せたが、このままでは絶対に負けるだろう。能力差が圧倒的なうえに、アシュトナー侯爵が潜在能力解放状態になったせいで生命強奪、魔力強奪の威力が増しているのだ。今も、かなりの速さでフランの力が吸い取られていた。
そんな状況の中、フランのいる部屋に大きな熱源が向かってくるのが分かる。剣で決めきれないなら今度は魔術か! 部屋に雪崩込んでくる溶岩の津波を魔術で防ぎながら、俺はフランに戦術的撤退を提案していた。
『逃げるぞ! 一旦距離を取る!』
奴には転移魔術がない。距離を取れば、自滅するはずだ! しかし、フランは首を縦には振らなかった。
(だめ! エリアンテたちが殺される!)
『だが、このままじゃフランが――』
(まだ試してないことがある! それがダメだったら逃げてっ!)
『試していない事?』
(ん!)




