43 彼のその後
俺たちは、アレッサの外に向かって歩いていた。
今日も簡単な依頼をこなしつつ、魔獣を探すのだ。それ以外にすることがないというのもあるが。
「やあ、また依頼かい?」
「ん」
門番の1人――デルトが話しかけてくる。この町に来た日に対応をしてくれた人だ。思えば、このおっちゃんとも仲よくなったものである。まあ、ほぼ毎日通っているし、フランは目立つからな。不愛想なフランにも、毎回笑顔で話しかけてきてくれる良い人だ。
俺には分かるぜ。フランは一見不愛想だが、デルトに対しては他の門番よりも当たりが柔らかい。少しは気を許している証拠だろう。
「今日も可愛いなぁ」
……ロリスキーじゃないよな?
「そう言えば、アルサンド子爵は知っているか?」
「?」
『あれだよ。ギルドで文句言ってきた貴族』
「ああ、雑魚副長?」
フランの物言いにデルトは目を丸くすると、直ぐに笑い始めた。
「はっはっはっは。そうそう、その雑魚副長だ」
「あれがどうしたの?」
「ああ、何やらフランちゃんのことを探しているようだ。注意しておいた方がいい。昨日も、奴の部下だっていう奴が、君がここを通ったか確認しに来たし」
ほほう。きな臭いね。
「奴は貴族だし、町じゃ好き勝手さ。しかも、嘘を見破るスキルというのを持っているらしいんだ」
「知ってる」
正確には、持っていた、だけどな。今は俺がいただいている。
「そのスキルは、貴族の社会じゃとても有効なスキルなんだと。相手の弱みを握ったり、政敵を追い落としたりな。やつらは、空気を吐くのと同じくらい簡単に嘘をつくからな」
デルトさん、言うね。完全に俺の仲間。貴族に偏見を持ってるタイプだぜ。
「そのせいで、あの子爵が問題を起こしても、実家が揉みつぶしちまうんだ。おかげで余計に調子に乗って、より馬鹿なことをしでかすんだがな。フランちゃんにも、何をしてくるか分からん」
「分かった。気を付ける」
「そうした方がいい。しかも、少しやばい噂を聞いたんだ」
「噂?」
「ああ、何日か前から、アルサンド子爵の様子がおかしくなり始めたとか」
「どんな風に?」
「急に挙動不審になって、精神を病んだっていう噂が出始めたと思ったら、王族相手に酷い失態をおかしたとか。詳しい内容は分からないけど、実家も激怒していて、今度ばかりは見捨てられるんじゃないかっていう話まである。その後はさらに酷い変わりようで、呪われたとか、邪神が乗り移ったとか、いろんな噂が飛び交っている」
うわー、そんな相手にストーキングされているかもしれないってことか? それは怖いな。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「ん」
今日の依頼は、新月草の採取である。生えている場所は覚えているので、直ぐに達成できるだろう。ついでに、毒沼の跡地がどうなっているか確認するつもりだ。あわよくば、魔獣がいてくれたら良いのだが。
しばらく街道を進んでいると、俺たちは同時に気配を感じ取った。
(師匠)
『ああ、誰かがつけてきている』
尾行者の数は2人。1人は素人臭いな。なにせ、隠蔽も何もない。気配を丸出しだ。
俺たちは、わざと街道を外れてみた。すると、気配も俺たちを追って街道を外れる。やはり、俺たちを追ってきているな。
しばらく森の中を進んでいると、気配が距離を詰めてきた。
「お、おい! とまれ!」
後ろから怒鳴り声が聞こえる。釣り出されたとも知らず、ご苦労なことだ。
「あれは……雑魚副長?」
『多分、オーギュスト子爵だよな?』
デルトの忠告は本当だったってことか。隣にいるのは、部下か何かか? 騎士っていう感じじゃないが。ただオーギュストは、一見しただけでは本人かどうか判断できない。それほどまでに、人相が変わり果てていた。
頬はげっそりとこけ、目は真っ赤に充血し、髪はボサボサで所々抜け落ち、無残に禿げてしまっている。その姿はまるでホラー映画に登場する幽鬼の様だ。え? アンデッドになったりしてないよな?
僅か10日で何があった? ムカつく奴だったけど、この有様を見たら、ちょっと同情してしまった。
「お、おお、お前!」
うわー。近寄って来たよ。
「ギ、ギルドで我に働いた無礼、あ、贖ってもらうぞ!」
唐突だな。前置きも何もなく、いきなり叫び出した。いや、この変貌ぶりからして、嫌な予感はしていたのだ。
「どちらさま?」
「な、なに? 我を忘れたとでも、言うのか!」
「初対面」
「ほ、本当か? い、いや、嘘をつくな! そんなわけがない!」
「本当本当。人違い」
フランも関わり合いになりたくないのだろう。適当に煙に巻く気か? いや、さすがに騙せるとは思えないけどな。
「え? 本当に人違いか? いや、嘘だ! 嘘だろ?」
「嘘じゃない。じゃあ、そういうことで」
「え? え? 嘘じゃないのか? 嘘じゃない?」
気を病んでいるせいなのか? まさか信じかけているぞ。これは本当に押し切れるかも?
と、思っていたのだが……。
「あ! その剣は! や、やはりギルドの獣人ではないか!」
すまんフラン。俺のせいで気づかれた。
「や、やはり嘘だったのか! くそっ、どいつもこいつも嘘ばっかつきやがって!」
お前が言うな!
「お、お前、その剣を、こ、こちらに渡せ!」
「いや」
「う、うるさい! 薄汚い冒険者風情が、き、貴族様に逆らうんじゃない! と、とっとと渡せ!」
「やだ」
「おお、俺を誰だと思っている! お、オーギュスト・アルサンド様だぞ!」
オーギュストは頭に右手の爪を突き立てて、ガリガリとかきむしる。髪の毛が抜け落ち、額に血がツーッと垂れた。それでも男の奇行は止まらない。今度は両手で頭をかきむしり始めた。
「? 気が触れた?」
面倒だな。逃げるか斬るか、フランと相談していたら、隣にいた配下が前に出てきた。
「まあまあ、オーギュスト殿。ここは私にお任せを」
「く、ぐぬぬ」
「俺が少しばかり痛めつけてやりますよ」
「そ、そうか。では任せるぞ。ひひひ」
嫌な顔で笑いやがるな。精神が壊れても、性根は治らないってことかね?
「と言う訳だ。その魔剣をよこしな。子爵様の命令だ」
「やだ」
「くっくっく。痛い目を見る前に、とっとと渡した方が身のためだと思うがね」
「そ、そうだ! ギュランは、す、凄腕の傭兵なのだぞ!」
「分かったか? ほれ、剣をこっちに渡せ」
「い・や・だ」
「ちっ。クソガキが粋がってんじゃねーよ。実力差も分からんのか?」
と言うギュランの実力は?
名称:ギュラン 年齢:34歳
種族:青猫族
職業:戦闘士
状態:平常
ステータス レベル:31
HP:168 MP:136 腕力:78 体力:81 敏捷:118 知力:70 魔力:60 器用:81
スキル
威嚇:Lv3、危機察知:Lv3、弓術:Lv2、強者察知:Lv5、剣技:Lv5、剣術:Lv6、盾術:Lv4、瞬発:Lv3、商売:Lv3、槍術:Lv3、短剣術:Lv3、恫喝:Lv3、捕縛:Lv3、麻痺耐性:Lv3、気力操作、痛覚鈍化、敏捷中上昇、方向感覚、夜目
称号
なし
装備
幻輝石の魔剣、王蛇蝎の短剣、炎熱獅子の革鎧、百眼蜥蜴の靴、黒石樹の盾、偽竜の手甲、隠し爪の首飾り、防護の腕輪、耐毒の腕輪
まあまあ、かな? 雑魚ではないが、それほど強くはない。少なくとも、凄腕の傭兵と言うには、力不足じゃないか?
「うん? お前、黒猫か?」
「……」
「俺様は青猫族だ。俺が憎いか?」
「青猫族は敵」
フランから発せられる、強い敵意。
『フラン? どうした?』
(青猫族は、奴隷商人が多い種族。中には、闇商人もいる)
『フランを捕まえていたみたいな?』
この男もそうかもしれないな。商売、恫喝、捕縛を持っているし。
(そう。300年くらい前、青猫族が奴隷商人を始めたきっかけも、黒猫族を騙して奴隷にして、売ったこと)
『だました?』
(青猫族に、仲良くするふりをして、だまし討ちされた。たくさんの黒猫族が捕まって、売り飛ばされた。獣人の王に訴えたけど、黒猫族は地位が低い。黒猫族の話は聞いてもらえなかった)
嫌な話だ。覚えておこう。奴隷商人の青猫族ね。フランの敵は俺の敵。つまりこいつは敵だ。
「何だ急に黙りこくって? 今更ビビったか? だが、もうおせーよ。少し痛い目見て、自分の無謀さを嘆くんだな! まあ、でかい傷はつけねーよ? 何せ、売り物にならなくなっちまうからな!」
『真っ黒だな。こいつ闇奴隷商の関係者だ』
(ん)
男が剣を抜いた。強い魔力を帯びている。結構強いぞ?
名称:幻輝石の魔剣
攻撃力:650 保有魔力:200 耐久値:600
魔力伝導率・B
スキル:幻影撃
王蛇蝎の短剣
攻撃力:373 保有魔力:100 耐久値:700
魔力伝導率・C+
スキル:王毒牙
(あいつの全身、魔道具?)
『ああ、そうだろうな』
(じゃあ、貰う?)
『次元収納を試すか』
戦闘中に相手の装備を収納できたら強いんじゃね? ということに最近気づいたのだ。いや、全然気付かなかったね。
元々、次元収納の能力を色々試していたのだ。時間経過は本当に0なのか、温度は全く変化しないのか? 等々。素材が腐ったりせず、料理も熱々のままなので、内部の時間は止まっているということは前々から分かっていた。それを本格的に計測してみたのだ。結果としては、時間経過はなし。完全に時が止まっている様だった。
そんなことをやっている最中に、ふと閃いたわけだ。戦う相手が魔獣ばかりなので、試す機会がなかったのだが……。ちょうどいい相手が来た。
「お? やる気か小娘?」
フランが俺を抜く。
そして、ギュランは吹き飛んでいた。
「あ――?」
「まずは腕輪」
「あああああああ!」
一瞬でギュランの真横に移動したフランの足元には、その両腕が落ちていた。片腕ずつ魔道具の腕輪が嵌められている。
(師匠、収納していいよ?)
『お、おう』
敵には容赦ないね。いや、今回は静かに怒っているようだ。いつもより苛烈である。フランは喚くギュランには目もくれず、俺を腕輪に押し当ててくれる。次元収納発動だ。
「剣も」
落ちていた剣をいただく。相手の手から離れていれば、収納できるのか。
「なんでだ! 俺のスキルでは、こんな強いわけが……! いいい、命だけはぁぁぁ!」
スキル? こいつのスキルが何だっていうんだ? それにしても、この状態で良くしゃべるな。ああ、そう言えば痛覚鈍化スキルを持ってたな。そのおかげか? 他にスキルは何を持っていたっけ? なるほど、強者察知か!
強者察知:他者と自分のレベル差を感じ取る。
このスキルで、フランのレベルが自分よりも下だと知ったわけね。黒猫族で、自分よりもレベルが下で、少女。侮るには十分か。
うーん、強者察知以外にも、敏捷中上昇とか良いスキルだけど、スキルテイカーはまだ再使用ができないんだよね。やっぱり、使いどころを考えないといけないな。今後も、良いスキルを持った敵を前にして、スキルテイカーが使えないなんてことがあるかもしれない。
「じゃあ、また収納を試す。鎧は?」
「ひぃぃっ!」
這って逃げようとする男の肩口に、ザクッと俺が突き立てられる。
「いでぇっ!」
痛覚鈍化があっても、無痛と言う訳にはいかないのか。そんなことを考えつつ、次元収納を発動するが……。
『収納できないな。どうも、相手が装備中のアイテムは、収納出来ないみたいだ』
残念だね。これができたら、戦闘でもさらに役立ったのに。
(じゃあ……装備者じゃなくなればよい)
『まあ、そうなんだが……。俺がやるから』
(ううん。いい。私がやる)
そう言って、フランは躊躇なく俺を振り抜いた。
「あ――かひゅぅ――……」
首筋を切り裂かれた男は、空気の抜ける音を残して、もがく。腕を動かそうとして腕がないことに気付いたのか――絶望の表情を深め、事切れた。呆気ないな。
『大丈夫か?』
(いつかは経験すること。相手がこいつで良かった)
初めて自分の手で人を殺したにしては、落ち着いてるな。一族の仇敵みたいな相手だったし、悪人だったからかもしれないが。
それに、精神安定スキルも効いてるのだろう。殺しに対する精神的ハードルを下げるスキルだが……。取得しておいて良かった。
良識とか色々あるが、このさい無視で。フランがウダウダ悩まずに済むなら、それでいいのさ。だいたい、俺ってばウジウジ系の主人公は好きじゃないしね。敵を一人殺すたびに鬱モードとか、イライラしかしないのだ。
『じゃあ、早速収納しちゃうか!』
「ん」
『よし。じゃあ、まずは鎧からな!』
鎧、ブーツ、短剣、盾、手甲、首飾りと、次々と収納していく。
「ひひひひひぃ!」
笑い声なのか悲鳴なのか、良く分からない声を出して腰を抜かしているのは、雑魚副長ことオーギュストだ。
「ばば、馬鹿な! ルーズ戦役の英雄だぞっ! せ、1000人斬りの、超人が、こ、こんなにあっさり!」
完璧に騙されてますな。1000人斬り? ふかしすぎだろ。それにギュランが英雄って。有り得ない。ちょっとでも人となりを知れば、それくらいわかるだろうに。そんな嘘に騙される方が難しいぞ。
いや、もしかして……俺のせいか? 虚言の理を奪ったから、正常な判別ができなくなっちゃったとか?
(師匠のせい)
『え、やっぱそう?』
(ん。グッジョブ)
『あ、褒めてくれてんのね』
相変わらず、敵対した相手には厳しいぜ。
ま、まあ、ここは自業自得ってことで。俺たちに絡んできたこいつの運が悪い。そう、俺は悪くない。
「そ、それに、ギュランの装備を、どこへやった! あ、あれは、我が買い与えた、最高級の武具なんだぞ!」
カモにされていたんだな。色々と吹き込まれて、財布代わりにされていたんだろう。哀れな。
『なあ、どうする?』
(……無視)
『うーん。それでいいのか?』
とりあえず、ギュランの死体は収納しておいた。放置するとアンデッドになるらしいからな。どこかで処分しなきゃいけないのが面倒だが。仕方がない。
ついでに、こいつが持っていた2万程のゴルドも収納できてしまった。まあ、これも一応いただいておこうかな。持っていて無駄になるものじゃないしね。
あとはオーギュストの処遇だが……。どうしよう? 捕まえる? 殺す? 無視? 洗脳?
そんな風に悩んでいると、この場に近づく新たな気配が出現していた。
(師匠……!)
『ああ、かなりの魔力だ。脅威度Dは行ってるかもしれないぞ! 気を付けろ!』
「ん!」




