445 アシュトナー侯爵
ランクA冒険者、ゼフィルドが絶叫する。
「アシュトナー侯爵だ!」
そして、ゼフィルドが吹き飛ばされたことで開いた屋敷の壁の大穴から、その人物がゆっくりと姿を現した。
こいつがアシュトナー侯爵か。確かに身に着けているオリハルコン製の魔法鎧と外套は、これでもかと言うくらい豪華で金ぴかだった。防具だけで小さな砦くらいは建つんじゃなかろうか?
痩せ形で禿頭の、不健康そうな老人だ。
肌は一切の水分を失い、まるでひび割れた老木の幹のようだ。眼窩は深く落ちくぼみ、その下には墨でも塗ったかのようなクマができている。髪はおろか髭もない。そのせいでより作り物感が強い。
そんな精気の感じられない外見であるにもかかわらず、背筋はピンと伸び、立ち姿からは妙な威圧感が放たれていた。
その姿は、ミイラに凶悪な霊が乗り移って動かしているかのような悍ましさがある。エジプトが舞台のハリウッド映画だったら、確実にラスボスだろう。
老人を見つめながら、エリアンテが呆然と呟く。
「あ、あれが、あのアシュトナー侯爵だっていうの? 豹変とか言うレベルじゃないでしょう」
「どういうこと?」
「だって、あいつ、数年前に会った時にはもっとデブで……」
どうやら相当外見が変貌しているらしい。いや、変わったのは外見だけではないようだ。
「そもそも、あの魔力は……。ありえない」
「ん?」
「だってあいつ、戦場にほとんど出たことのない文系貴族だったはずなのに……。あんな魔力に威圧感……」
なるほど、こんな強いはずがないということか。しかし、今のアシュトナー侯爵は凄まじい強さを得ている。それは鑑定してみても明らかだった。
名称:ウェナリア・ゲール・アシュトナー 年齢:66歳
種族:人間
職業:剣聖
状態:狂信、超人化
ステータス レベル:36
HP:911 MP:1208 腕力:541 体力:320 敏捷:520 知力:169 魔力:778 器用:123
スキル
威圧:LvMax、演技:Lv2、火炎魔術:Lv7、歌唱:Lv3、完全障壁:Lv6、危機察知:Lv8、騎乗:Lv3、急所看破:Lv6、宮廷作法:Lv7、狂化:LvMax、気配察知:Lv9、剣聖技:Lv7、剣聖術:LvMax、交渉:Lv4、怪力:Lv7、詩作:Lv5、社交:Lv3、瞬間再生:Lv7、瞬歩:Lv6、状態異常耐性:Lv7、生命強奪:Lv4、属性剣:Lv8、大地魔術:Lv4、毒耐性:Lv7、毒知識:Lv6、覇気:Lv7、舞踏:Lv3、魔術耐性:Lv8、魔力感知:Lv9、魔力強奪:Lv6、溶鉄魔術:Lv8、威圧強化、詠唱破棄、再生強化、身体強化、平衡感覚、魔力制御、夜目
ユニークスキル
気力統制
エクストラスキル
超人化
称号
意志薄弱、侯爵、浪費家
はっきり言って、ランクA冒険者どころの話ではない。獣王と並ぶほどの強者だった。特にスキルが凄まじい。剣聖術:Lv10なんて、過去の敵で最高レベルだろう。
ステータスの高さは、超人化というエクストラスキルのせいだろうか? その名前の通り、本当に超人だ。
しかもスキルの構成がおかしい。剣聖術や火炎魔術、魔力強奪のような高位のスキルがあるのに、その前提となる下位スキルが全くない。ある日突然そのスキルだけを与えられたかのようだった。
俺とスキルを共有できるフランのようだ。
その強さに戦慄する俺たちの前で、侯爵が口を開く。
「――キヒヒヒヒ。雑魚が大漁だ……」
表情は全く変わらない能面であるのに、その言葉の雰囲気は下卑たチンピラのような響きがあった。そもそも、他の疑似狂信剣に支配された奴らと違って、会話ができるのも特殊だが。
もっと言ってしまえば、アシュトナー侯爵には疑似狂信剣が刺さっていなかった。それでいて、あの半壊魔剣を手にしているわけでもない。
だが、状態が狂信となっている以上、操られていることは確実だった。
「あんた、アシュトナー、なの?」
「どうだろうなぁ?」
アシュトナーの中にいる何かが、その口を借りて喋っているかのような印象だ。いや、多分、間違いなくアシュトナー以外の何かなのだろう。
「まあとりあえず死んどけよ?」
「みんな! 集まりなさい!」
「クハハハハハ! ヴォルカニック・ゲイザー!」
エリアンテの指示を聞いた冒険者たちがエリアンテの周囲に集まろうとしたのだが、一瞬遅かった。
アシュトナー侯爵の言葉に応えるように、侯爵邸の地面を割って凄まじい量の真っ赤な溶岩が噴き出したのだ。
縦横無尽に生み出された深い地裂から、噴水の如くマグマが立ち昇る。超高温のマグマは、庭園にいた冒険者や騎士を飲み込むように、津波となって彼らに襲い掛かった。俺たちはとっさに周囲に風の結界を張り巡らせたが、全員を守ることはできなかった。
少なくない冒険者と騎士が、溶岩に飲み込まれて悲鳴を上げることもできずに消えていく。魔術が終了した後、溶岩は幻であったかのように消え去った。その跡には人の死体も残っていない。完全に消し炭となって、消滅してしまったらしい。
わずかに魔法の武具などの残骸が、彼らの存在したという名残であった。
「やばいわ……。魔術を連発されたら何もできずに封殺される……! フラン以外のランクC以下の冒険者は即座に退避! 周辺住人を退去させなさい!」
雑魚は足手まといになるだけだと理解したのだろう。エリアンテが冒険者たちに指示を飛ばす。
「逃がすかよ!」
侯爵が逃げる冒険者たちを追撃しようと身構えた。
『フラン、冒険者の撤退を援護する! 一気に行くぞ! 様子見してたら殺される!』
「ん! 覚醒! 閃華迅雷!」
覚醒したフランから発せられる存在感に気付いたのだろう。アシュトナー侯爵は冒険者への追撃を止め、その視線をフランに向けた。だが、もう俺たちの準備は終わっている。
『超人だろうが何だろうが、こいつは無視できないだろう? くらえぇぇ!』
「トール・ハンマー!」
俺の放ったカンナカムイとフランのトール・ハンマーが絡み合い、アシュトナー侯爵に降り注ぐ。どれだけ強かろうと、雷の速さには対応できない。この速さと命中率の高さが雷鳴魔術の強みである。
「おあああああああああああ!」
俺たちの放った白い雷が侯爵に直撃した。だが、なんと侯爵は腰のアイテム袋から引き抜いた剣に魔力を纏わせ、俺たちの魔術を受け止めていた。数秒間、絶え間なく降り注ぐ極大魔術に抗う侯爵。結局は耐えきれずに侯爵の姿は雷に飲み込まれてしまったが、やはり常識では測れない相手だ。
『フラン、行くぞ!』
「ん!」
倒せたとは思っていない。雷がその体を襲う直前、障壁を張ったのが見えたのだ。それに魔術耐性も高いからな。
カンナカムイによって発生した衝撃と爆風に逆らいながら、フランは爆心地に向かって走った。
『やはり気配がある! アシュトナーに間違いない!』
「ん! はぁぁ!」
フランはその気配に向かって空気抜刀術を繰り出す。だが、その攻撃はアシュトナー侯爵の剣によって受け止められてしまった。
ギイイィィイン!
俺と奴の剣がぶつかり合い、甲高い音が響く。
『ちっ! 向こうの剣も特別製か!』
剣ごとぶった切るつもりだったんだけどな! 銘は疑似狂信剣なのだが、形状はロングソードである。その姿はエストック型の疑似狂信剣ではなく、半壊魔剣に近かった。
「キヒヒヒ! いてーじゃねーかぁ!」
「む!」
さすが剣聖術のレベルが最高なだけある。その剣捌きはフランと遜色ない。カンナカムイでかなりのダメージはあったはずだが、瞬間再生で傷が癒えてしまっていた。
それだけではない。
「力が、抜ける……?」
『生命強奪と魔力強奪だ!』
向こうのスキルレベルの方が高いせいで、奪い合いで負けている。持久戦は明らかにこちらが不利だった。
「はぁぁ!」
「ヒャハハハ! やるな小娘! 数百年ぶりに痛みを覚えたぞ!」




