444 侯爵邸
ベイルリーズ伯爵によって戦力が振り分けられた後、フランはエリアンテによって率いられた冒険者たちに混じっていた。
「じゃあ、私たちもいくわよ」
「頼む。エリアンテ」
「分かってるわよ。じゃあ、黒雷姫もあたしに付いてきなさい」
「ん」
ギルドマスターであるエリアンテの号令で、冒険者たちが一斉に駆け出す。中核はフラン、エリアンテ、コルベルトだが、それ以外の20人も全員がランクD以上だろう。
道中で、アシュトナー侯爵邸に向かわせたランクA冒険者の情報を教えてもらう。
「侯爵邸に派遣したのは、『西風の剣』よ」
「西風の剣? パーティなの?」
「知らない? ランクA冒険者『天壁のゼフィルド』に率いられた少数精鋭パーティよ」
その名前を知らないと言ったフランに対して、周囲の冒険者たちが驚愕と呆れの表情を向けている。それほど有名な冒険者パーティなのだろう。
周りの冒険者たちが口々に詳細を教えてくれる。西風の剣は、ゼフィルド以外はランクB冒険者で構成された、非常に強力なパーティであるらしい。
ゼフィルド個人としての能力は、フォールンドやアマンダに劣ると言われてはいるそうだ。だが、パーティとしては国内最高峰であり、ソロであるフォールンド達よりも安定度は上という評価であるらしい。
「あとは、普通に常識人で有名ね」
「ん? どういうこと?」
最初は意味不明だが、説明されてよく分かった。高位の冒険者って、どう考えても常識人とは言い難いからな。その中で、常識があるっていうのは逆に目立つそうだ。
「フォールンド、アマンダ、エイワース。それにフラン、あなただって、常識人とは言い難いでしょう?」
「ん?」
フランは首を傾げているが、俺は頷かざるを得なかった。まあエリアンテには、そこに自分の名前を入れろと言ってやりたいけどね。誰しも、自分のことは分かっていないってことなんだろう。
『会うのが楽しみだな』
(ん)
そんな風に会話を交わしながらもかなり速い速度を維持しつつ、一行はアシュトナー侯爵邸にたどり着く。そこではまだ激しい戦闘が行われていた。
「ゼフィルドたちがいないようね? 仕方ない、ここは私達で一気に――」
「待って。ここは任せて」
「え? ちょ――」
フランがエリアンテの言葉を遮って、一人加速した。
『まずは疑似狂信剣の無効化だ』
「ん!」
ここはエイワースを見習おうと思う。いや、さすがに毒魔術をばら撒くような真似はしないけどね。
まずは試しに一発魔術を撃とうとして、狙い通り打ち消される。やはり、奴らは相手の魔術を見て打ち消すのではなく、常に魔力打ち消しの力を発動し続けているのだろう。
『よし、これなら行ける!』
「ん」
使うのは、発動しても味方の害にならない魔術、つまり治癒魔術だ。魔力を過剰に込めることで、範囲をより広げる。
さすがに庭園と呼べるような広大な庭全てをカバーすることはできないが、移動しながら使用すれば、かなりの範囲をカバーできた。
俺たちは戦場を高速で走り回りながら、範囲型治癒魔術を発動し続けた。そして、この近辺にいる敵のほとんどが魔力を使い切ったことを確認する。
多少は無事な奴がいるかもしれないが、こちらの戦力であれば数人程度は問題ない。
『この庭の奴らはもう魔力が無くなったぞ!』
「エリアンテ! もう魔術もスキルも使える!」
「え?」
困惑するエリアンテの前でフランが魔術を使って見せると、彼女たちの行動は速かった。
エリアンテの命令で冒険者たちが一斉に敵に向かっていく。生き残っていた騎士とともに、疑似狂信剣に寄生された剣士たちを殲滅していった。
しかし、フランの表情は晴れない。俺たちが疑似狂信剣の始末を急いだのには理由があった。
(師匠、屋敷の中の気配は?)
『いるぞ!』
屋敷の中から、異様な存在感が発せられていたのだ。だが、エリアンテたちは気付いていないようだった。フランも感じ取ることは出来ていない。俺だけが察知できる謎の嫌悪感と同種のものなのだろう。
だが、次の瞬間にはエリアンテたちも顔色を変える。屋敷の中から強大な魔力が発せられたのだ。フランが顔色を変えるほどの圧力。冒険者や騎士たちもこれにはさすがに気付いたらしい。
その直後だった。
ドオオオオオォォン!
凄まじい轟音とともに、屋敷の壁を突き破って何かが飛び出してくる。
「ぐぁ……!」
それは全身に傷を負った一人の男だった。砕けたフルフェイスの間から緑の髪と、男臭い顔がのぞいている。兜だけではない。着込んだ金属鎧が所々溶けたかのように穴が開き、大量の血が流れ出ていた。
その男を見て、エリアンテが声を上げる。
「ゼフィルド!」
なんと、この半死半生の男がランクA冒険者だったか!
たしかに能力は凄まじい。盾特化の戦士であるようで、盾聖術がレベル7もある。それ以外にも、障壁系や肉体強化系などの、防御力を上昇させるスキルなどが充実しているな。
攻撃力は低いが、この男さえいれば大抵の攻撃は防げるだろう。そんな防御特化のランクA冒険者が、死にかける? 一体何と戦ったんだ?
「ギ、ギルマス……か……?」
「グレーター・ヒール!」
とっさにフランが魔術で癒す。しかし、一発では全快にならなかった。その後、数発グレーター・ヒールを使用して、なんとかゼフィルドを回復させることに成功する。
「……奴は、化物だ」
「奴?」
「皆、奴に殺された! 来るぞ!」
悔しさなのか、恐怖なのか。絶望なのか。ゼフィルドが顔を歪めて、絶叫する。その声にはランクA冒険者の威厳など一切なかった。
「アシュトナー侯爵だ!」




