443 広場の戦闘終結
エイワースの暴挙により戦闘が終結し、今は無事だった者によって救護が行われている。麻痺はとっくに解かれているんだが、その前に傷を受けていた者もいるのだ。
ただ、エイワースだけは救護そっちのけでフランに詰め寄ってきたけどね。
「小娘! あれは極大魔術だな!」
目を爛々と輝かせながらフランに質問を投げかける。ただ、そこには嫉妬の色や、敗北感のようなものは一切感じられなかった。あるのは強烈な好奇心と、探求心である。
「まさか、雷鳴魔術を極めておるのか!」
「ん」
「た、単体であれを操るとは……。何かの魔道具で補助しておるのか?」
「秘密」
「そ、そこをなんとか!」
「ダメ」
「くっ……。では使用感はどうだ? 魔力の消耗は? 制御はどの程度の負担になっておる? 例えば他の魔術に比してどの程度の消耗なのだ?」
矢継ぎ早に繰り出されるエイワースの質問を、フランはのらりくらりと答えて躱す。いや、フラン的には真面目に答えているんだが「たくさん」とか「すごいいっぱい」とか、そんな答え方なのだ。
理論派のエイワースにとっては、全く理解できていないらしい。結局、諦めていた。
「それにしても、どういうことだ? これでランクCだと……? ギルドの目はそこまで節穴なのか……? いや、子供であるからか? 因みに、お主はどこのギルド所属だ?」
「所属?」
「放浪しているのか? では、クリムトかアマンダという名を知っているか? もしくはアレッサに関係があるのか?」
「両方知ってる。冒険者になったのはアレッサ」
「それでか」
エイワースが納得している。
「どういうこと?」
「アマンダもクリムトも、子供を戦場に出すことに対して否定的だからな。しかもこの国では非常に力を持っている。奴らの影が見え隠れするなら、お主のランクを無理に上げようという輩も多くはあるまい」
あえてフランのランクを上げないように手を回しているわけではないのだろう。だがアレッサで登録し、アマンダと仲がいいという情報がある子供であれば、普通のギルドマスターなら下手に利用しようとは思わないのかもしれない。
「ランクB以上に上がると、貴族共がうるさいからな。儂もそれが煩わしくて冒険者を辞めたようなものだ」
この傍若無人を絵にかいたようなエイワースが、煩わしいと感じる程?
「貴族、そんなにうるさい?」
「うむ。奴らの情報網は馬鹿にならん。ランクBに上がったことをどこからともなく聞きつけ、奴らの使者が押し寄せる。腰が低いもの、高圧的なもの様々だが、共通しているのは自らの下に付けと命令してくるということだな。どれだけ断ろうとも、奴らは諦めん」
「断っても?」
「都合の悪いことだけ聞き流せる特製の耳でもついているのだろう」
同族嫌悪なのか? まるでエイワースみたいだと思ってしまったぞ?
「どこの町に行っても、国を出てさえ同じような状態だ。どの国にも貴族はいる。特に儂らは竜殺しで名を上げたからな……。やはり強者であればある程、勧誘は激しくなる。お主程の戦歴であれば、それは激しい争奪戦になるだろうよ」
「貴族に仕える気はない」
「お主の意思など関係ないわ。奴らは貴族だぞ? 断られることなど想定しておらんよ。そして、断れば逆恨みだ。ふん、馬鹿らしい」
そうやって日々貴族の相手をしなくてはいけないことに嫌気がさして、エイワースは冒険者を辞めたのだという。ガムドやディアスのようにギルドマスターなどになる道もあったが、彼はそれを断った。
「それでは実験をする暇もなくなるからな」
それ以外だと、アマンダやフォールンドのように、ほどほどに貴族と付き合い、ほどほどに支援を受けつつ、他の貴族から盾になってもらうのが普通であるらしい。
だが、エイワースにそんなことができるとは思えない。そして、フランにも無理だろう。ぶっ飛ばして、問題になる未来が想像できてしまう。もう少し、フランが成長するまでは今のままでもいいかもしれない。
それにしても、クリムトってそこまで影響力があるのか? 確かに強かったが、ランクA冒険者としては上位とは言えない感じだったが。ギルドマスターとして、長年勤めているから一目置かれているのだろうか?
フランがその疑問を口にすると、エイワースが鼻で笑う。
「ふん。高位の精霊使いを単なるステータスで見れるものか。無色透明な隠密性に優れた魔獣を、何十匹も自在に操るようなものだぞ?」
精霊ってよく分からないんだよな。クリムトの使役する精霊を1度だけ見たことがあるだけだ。エイワースが言うには、探知に引っかかりにくい精霊を使うことで変幻自在の戦い方が可能だという。特にクリムトは凄腕の精霊術師であるそうだ。
「そもそも、奴の二つ名を知っているか? 災厄だ。災厄のクリムト。敵味方関係なく、滅びと災いをもたらす破壊の権化。くくく。まあ、その二つ名も、真実ではないが……。それでも奴の実力はランクAの中でも飛びぬけておる。いや、今は引退して元ランクAだったか? とにかく、戦い方によってはランクSとも十分にやり合えるだろう」
そ、そこまで凄い冒険者だったのか。精霊魔術って、想像以上にヤバい物なのかもしれん。考えてみれば、A級魔境の魔狼の平原に、ダンジョン、対レイドス王国。アレッサは四方を厄介事に囲まれている。かなりの実力を持っていなければ、アレッサのギルドマスターは務まらないのかもしれなかった。
「まあ、その話はどうでもいい」
そう言って、エイワースがフランを見つめる。
「のう? ちょっとばかり儂に解剖されんか? 100万出そう。命は保証するぞ?」
「いや」
「200! 200でどうだ? ちょっとばかり、頭を開いて脳の魔力伝達を観察するだけだ!」
「むり」
「ど、どうしてもか?」
「ん」
そんな会話をしていると、ベイルリーズ伯爵が駆け寄ってきた。
「黒雷姫。ここはもう大丈夫だ。お前は、冒険者たちとともにアシュトナー侯爵邸に向かってほしいのだが。動いてもらえないか?」
「わかった」
「儂も行くぞ!」
「ダメだ。あなたには魔術師隊に加わっていただく」
エイワースが間髪容れずそう叫んだが、ベイルリーズ伯爵がそれを了承しない。
「魔術師の数が足りていないのです。あなたには魔術師たちに剣士どもへの対処方法の指導と、その後はオルメス伯爵邸に向かってもらう」
「宮廷魔術師がいるだろう! いや、まてよ。いまは例の時期か?」
「そうなのだ。アシュトナーも王都の兵力が減る時期を狙っていたのだろう」
なんと、騎士団と魔術師団の半数が、王都の近くにある魔境へと派遣されているらしい。その魔境自体は、C級だというからそこまで危険なものではない。だが、4年に1度、蝗型の魔獣が大発生してしまうのだ。その蝗を駆除するために、王都の戦力が半減してしまっていた。
アシュトナー侯爵も当然その話は知っており、反乱をその期間に合わせてきたのだろう。
「報酬として、あなたにかけられた賞金を解除しよう」
「賞金?」
「うむ。これだけの自由人だぞ? 賞金の1つや2つ、かけられていて当然だろう」
「なるほど」
俺もフランと同じタイミングでなるほどって思っちゃった。
「ふん。別に特に痛痒も感じておらんし、そのままでも構わんぞ? だが、そうだな……。この騒ぎが終わったら、押収した資料を儂にも寄越せ。それと、サンプルも頂くぞ?」
「……できる限りの便宜は図りましょう」
「くく。よかろう。魔術師共は儂が使ってやる」
「くれぐれも、無茶をしないでいただきたい」
「分かっている」
「……分かっていなさそうだから、念を押させてもらったのだがな」
ベイルリーズ伯爵は、未だに救護の続く広場を見ながら、軽く息を吐く。
エイワースの性格はベイルリーズも把握しているらしい。本当は使いたくないのだろうが、これほどの実力者をこの状況で使わないという手はない。結局、利益で釣りつつ、釘を刺すくらいしかできないのだろう。
「くれぐれも、頼む」
「くく。わかっておるわかっておる」
これ、絶対に分かってないよね。




