442 最後はやっぱりこいつ
打ち消されるよりはましと思って使ってはみたものの、カンナカムイは少々やりすぎだったか。
王城前広場に直径5メートルほどの穴が穿たれ、周囲の騎士やフレッシュ・ゴーレムが衝撃で薙ぎ倒されている。
かなり威力は低下したが、むしろそのおかげで助かったかもしれん。本来の通りの威力だったら、結構な惨事になっていただろう。いや、王城の前に穴を開けてしまったことがそもそもマズいかもしれないが。
騎士たちの視線を感じる。仮にも王城の前に穴を開けたことを怒っているかな? だが、すぐにフレッシュ・ゴーレムとの戦闘になってしまい、彼らにフランに声をかける余裕はないらしかった。
エイワースがフランをガン見しているが、すぐにフレッシュ・ゴーレムに攻撃され、そちらへの対応に移った。後で煩いかもな。
『俺たちもゴーレムをやるぞ』
「ん!」
疑似狂信剣持ちを片づけた後、俺たちもフレッシュ・ゴーレムの掃討に移った。
確かに強いものの、この程度であれば俺たちの敵ではない。改めて、他の冒険者や傭兵たちの戦闘を観察する程度の余裕はあった。
コルベルトは普通の格闘家みたいになっちまったな。デミトリス流を失った代償は大きかったらしい。攻撃力が大幅に下がってしまったようで、フレッシュ・ゴーレムに対しても連続攻撃を繰り出してダメージを与えている。
しかし、封印状態ではなくなったので、身のこなし自体は良くなっただろう。デミトリス流を失ったことで、より厳しい修練を積んでいるに違いない。元々才能はあるのだろうし、今後さらに伸びるだろう。
エリアンテは見た目とは全く違う、超絶パワーファイターだった。仕事のストレスを戦いにぶつけているかのように、自分の身長よりも大きな大剣を片手で振り回してフレッシュ・ゴーレムに叩きつけている。
「あははははははははは! ほらほらほらほらぁ!」
半蟲人にしては触角が無いと思っていたが、髪の中に隠してあったらしい。ほどかれた紫の髪の毛の間から、やや太めの、一見すると長い角っぽくも見える触角が生えていた。
どうやら蜘蛛の半蟲人であるようだ。ゴーレムに手の平から噴射した糸を巻き付けて動きを封じている。まるで米国産蜘蛛男のような能力だな。そこに突っ込んで大剣を叩き込むエリアンテは、上げ続ける哄笑も相まって狂戦士感が凄かった。
傭兵団の5人は、個々も強いが連携力も高い。今まで持っていた傭兵へのイメージが大きく変わるほどだ。
『強い傭兵っているんだな』
(ん)
それは当然なんだが、今まで出会わなかったのだから仕方ない。考えてみたら強い傭兵は戦場にいるのだろうし、逆に言えばそれ以外で出会う傭兵は大したことがないのも当然なんだろう。
今フランの目の前でフレッシュ・ゴーレムに拳を叩き込んだ熱血漢風の男がリーダーっぽかった。皆に指示を出している。堅海老? 多分、ロブスターとか伊勢海老系の半蟲人なんだろう。
赤いつるりとした甲殻が顔や右手の半ばを覆っている。特に拳周りの甲殻は、まるで棘付きハンマーのように巨大で攻撃的なフォルムだった。その拳を振り回して戦っている。さらに水魔術も併用し、騎士数人分のフレッシュ・ゴーレムを1人で圧倒していた。
飛蝗の半蟲人は足だけがメチャクチャ太い。上半身は細身の美少年なのに、足だけがまるで大木でも切り出して取り付けたかのような、異常なボリュームがあった。
下半身にはその変化に合わせて、ボンタンのようなダボダボのズボンを着用しているんだが、今はそのボンタンの内側にみっちりと肥大化した足が押し込まれている状態だ。
「ぶっ壊れちゃいな! ぜやああぁぁぁぁ!」
だが、その脚力は想像以上に凄まじい物であるようだった。なんと、少年がその足でゴーレムを蹴り上げると、1トンを優に超えるであろうゴーレムの巨体が浮くのだ。その動きはテコンドーやカポエイラのように流麗で、その足のパワーを主体に攻める戦法を得意としているようだった。
女性槍使いの蜉蝣は、不思議な動きをしている。背中に備わった細い翅は飛行には使えないようなのだが、その翅を使って急制動をかけているらしい。さらに細身の体をユラユラと揺らし、異常にトリッキーな動きを見せていた。眠たげな半目の表情も相まって、俺たちでさえ動きが予想しきれない。フレッシュ・ゴーレム戦ではあまり意味はなさそうだが、対人戦では非常に効果的だろう。
牙蟻の半蟲人は、外見そのものは人間に近い。違いは触角と目だけだろう。160センチ程の、特に強そうには見えない天真爛漫系の美少女だ。だが、そのパワーは人間離れしている。斧の二刀流は初めて見たな。回転しながらその両手の大斧を相手に連続で叩きつける戦法だ。しかも、口から毒液を吐くことも可能であるらしい。ゴーレムの単眼を正確に毒液で攻撃している。パワーファイターで小技までこなすとは、半蟲人は侮れん。
いまいち分からないのが蜃という種族の半蟲人だ。どうやら貝っぽいんだが……。蟲って、そういった種族まで含まれるんだな。朴訥そうな大男である。あれだ、気は優しくて力持ちって感じの雰囲気だ。戦士ではなく、幻影系の魔術師らしい。ただ、貝の血を引くだけあって肩や背を覆う殻の防御力は高いようだった。フレッシュ・ゴーレムの巨大な拳を、体を丸めた体勢で受け止めている。タンク兼魔術師という不思議な立ち回りであった。
彼らの横では、フランがここまで魔術やスキルを封じられ、不自由な戦いを強いられてきたフラストレーションを解消するかの如く、スキルと魔術全開でフレッシュ・ゴーレムをオーバーキルしていた。
「はぁぁぁ!」
ゴーレムの手足を斬り飛ばし、魔術で焼き、最後は胴体や頭部を空気抜刀術で一刀両断する。制限なく全力を出せるというのが気持ちよいのだろう。
「おい! 獣人のお嬢さんに負けてられないぞ!」
「高い報酬もらってるんだから! その分は働くよ!」
「おう!」
蟲レンジャーたちもやる気を出したようだ。蟲だから改造人間寄りにも思えるが、5人いるからね。触角戦隊コウカクジャーとか?
そうやって戦っていると、広場の中央で巨大な魔力反応があった。同時に、凄まじい勢いで紫色の煙が広場を覆っていく。
『フラン、絶対に吸うな! 危機察知が異常に反応してる!』
(ん!)
明らかに毒霧だった。慌てて風の結界などでフランを守る。近くにいた蟲レンジャーは瞬時に集まり、蜉蝣の風結界と、堅海老の水結界で毒霧を防御する姿が見えた。
そして毒霧が晴れたあと、フレッシュ・ゴーレムたちと騎士、冒険者たちが広場に横たわり、痙攣している姿が現れる。そこに響き渡るのは、爺の哄笑だ。
「ふははは。やはり人の肉を使ったが故に、麻痺毒はフレッシュ・ゴーレムに対して有効か」
エイワースの奴が、敵味方関係なく死毒魔術をぶっ放したようだった。
「安心しろ。麻痺毒だ。あとで解毒してやる。それよりも、無事だったやつは肉兵を殲滅しろ」
「あの爺、味方ごと……」
「ギルマス! 今はゴーレムを優先するべきだ」
エリアンテとコルベルトも無事だったか。エイワースに斬り掛かりそうなエリアンテを、コルベルトが抑えていた。
まあ、実際に人間たちは大したダメージはないし、ここはエイワースの言う通りフレッシュ・ゴーレムを破壊する方が先決だろう。
傭兵団が怒気を発しながらも、その言葉に従う。やりすぎではあるが、合理的なことは確かなんだよな。ある意味、人を人とも思っていないエイワースだからこそ、できる戦法だろう。
「チマチマやっていても時間がかかるだけだろう?」
そう嘯くエイワースの言葉にうなずいたのは、1人だけだった。
「なるほど」
ちょ、フラン? 今、感心した? ダメだからな! あいつの真似だけは絶対にダメだからな!
次は、10日、13日となります。
それ以降は2日に1回に戻せる予定です。




