439 老獪な戦闘
解剖解剖と煩いエイワースには、死体を1つ渡して黙らせた。フランとしては「そんなに欲しいならくれてやる」的な対応だったのだが、エイワースは大喜びだ。
走りながら手渡された遺体を軽々と受け取り、自分のアイテム袋にいそいそとしまい込んでいた。
「くくく、よいサンプルが手に入った。これでまた研究が進むかもしれんな」
「……」
フランを呆れさせるとは、やはり侮れないなエイワース。
そのまま少し走ると、前方が明るくなっている。先がホールになっているようだ。弱々しい疑似狂信剣の反応が大量に感じられる。こちらも、先程の武具庫と同じ惨劇が起きたらしい。
『ここも死屍累々か』
「全滅?」
『いや、数人生きているな』
ここからでも、生命力が数人分は感じ取れた。
『油断するなよ』
(ん!)
広間に踏み込むと、魔道具の階段が設置されていたホールと似た作りの、少し明るめの部屋だった。本来であれば、大量の疑似狂信剣と激闘になるはずだったのだろうが……。
広間に倒れる20人程の死体の中に、4人の剣士が立っている。毒耐性などを持っていた者や、風魔術で薬を防いだ者たちであった。だが、やはり魔力がすでに大幅に減っている。今がチャンスだ!
『フラン! 先制攻撃だ!』
「ん!」
その姿を見た瞬間、フランが俺を投擲する。念動カタパルトで加速した俺が、一番手前にいた女の頭部を、疑似狂信剣ごと破壊した。
『よし! 残り3体!』
俺は念動を使ってフランの下に戻ろうとして、失敗した。すでに魔力打ち消し効果が発揮されているらしい。
だが、やりようはある。
「オン!」
ウルシが一気に俺に駆け寄り、俺の柄を噛んでフランに放り投げたのだ。そのままウルシは一番近くにいた剣士に突進していく。
『もういっちょだ!』
「ん! はぁ!」
ホールが広いせいで、入り口付近には魔力打ち消しの効果は届いていない。つまり、再度念動カタパルトを放つことができるということだった。
先程の光景を再生したかのように、念動カタパルトによってウルシと戦っていた剣士の頭部と疑似狂信剣が粉砕された。すると、即座にウルシが俺を持ち上げ、フランに渡す。
このまま残りも片づけてしまおう。そう思っていたんだが、それをエイワースに邪魔された。
「こら。儂にも1体残しておけ」
「む」
無視しようかと思ったが、ここでエイワースを蔑ろにすると、この後暴走をするかもしれん。そのことを考えたら、少しは希望を叶えてやった方がいいだろう。
それに、躊躇している間に剣士の1人が近くに寄ってきてしまった。念動カタパルトを使うにはまた距離を取らねばならないだろう。
『仕方ない。こいつは俺たちが引き受けて、残った1人はエイワースに任せよう』
「ん。ウルシ、戻る!」
「オン!」
下手に前に出ていたらエイワースに敵ごと攻撃されかねない。フランはウルシを呼び戻すと、駆け寄ってきていたドワーフと切り結んだ。首筋を狙った一撃だったのだが、どうやら防御力特化型のようで、強力な障壁を張って攻撃を弾かれてしまう。
その分、攻撃は得意ではないらしい。フランはカウンターで放たれた大剣を悠々と躱す。これは自爆を待った方が楽か?
それを見ていたエイワースが、残った大男に向かって歩み出した。その顔はやる気に満ちている。
「ふむ。黒雷姫に加勢はいらぬな。ではこいつは儂がもらう――ポイズン・フォッグ」
「――」
「おお! 今のが魔力打ち消しか? 本当に魔力で作り出した毒霧を消し去りおった! 実に興味深い」
爺さん、喜んでいるところ悪いが、大丈夫か? 魔術を封じられるんじゃ、圧倒的に不利だろう。しかし、エイワースは愉悦に満ちた表情を浮かべたままだ。
一気に接近してきた大男に動揺することなく、懐から取り出した瓶を複数投げ放つ。ローブの内側にアイテム袋か何かを仕込んでいるのだろう。
大男がその瓶を薙ぎ払った瞬間、凄まじい爆音が響いた。同時に煙と火炎が立ち昇る。
「――!」
フランがドワーフから距離を取って、猫耳を押さえて目を白黒させていた。それほどの爆音だったのだ。
「ふむふむ。やはり魔力を媒介しない、薬品の反応による現象は打ち消せぬか」
仲間のフランの邪魔をしたエイワース本人は楽し気に嗤いながら、さらに魔術を放った。広範囲を凍結させる魔術だ。しかし、大男の疑似狂信剣に打ち消される。さっきの爆発で一瞬怯ませることはできたが、やはり倒せてはいなかったのだ。
「うむうむ」
だがエイワースは織り込み済みとでもいうかのように、何度か頷くと再び魔術を放つ。今度は同時に薬品の入った瓶を投擲して。
当然魔術は打ち消され、地面に叩きつけられて割れた瓶は何の効果も発揮せずに中の液体を周囲に撒き散らすだけだ。
無駄なことをしている様にしか見えないが、エイワースは興が乗ってきたらしい。早口で自らの考察をベラベラと垂れ流し始めた。
「なるほどなるほど。魔力打ち消しはそこまで繊細に対象を指定できるわけではなさそうだな。一定エリア全てという感じか? 先程の毒霧も、今の魔術も、自分から離れた場所の効果までは消し去れてはいなかったからな。そして、単なるポーションが水に変えられた……」
数度試しただけで、魔力打ち消しの効果を暴きつつある。悔しいが、驚くほどの洞察力であった。
それでも、決め手に欠けるエイワースは相手を倒すには至っていない。大男は再度エイワースに斬りかかった。その攻撃をエイワースが躱す。そうなのだ。この爺さん、接近戦が出来ないわけではないのだ。格闘や見切りなどのスキルをきっちり習得していた。ステータスでは劣るが、戦闘経験は膨大であろう。
エイワースはヒョイヒョイと大男の攻撃を回避しながら、再び薬瓶を5つ取り出す。そして、その瓶を自らの足元に落とした。当然瓶は割れ、中から煙が噴き出す。
エイワースと大男を包みこむかと思われた煙だったが、1秒にも満たない間に完全に消し去られてしまった。その全てが魔法薬だったのだろう。
自爆覚悟の攻撃を打ち消され、絶体絶命の大ピンチ――のはずだったんだが……。エイワースの笑みは最初と変わらない。いや、むしろ深まっているようにさえ見えた。
心底楽し気な表情を浮かべたエイワースが、大男に向かって腕を突き出し、言葉を紡ぐ。
「――エターナル・コフィン」
「――……」
その直後に起こった現象は、俺たちの想像を超えるものであった。
『え?』
「ん? なんで?」
なんと、エイワースの魔術が打ち消されることなく、大男を氷漬けにしたのだ。
いや、そうか。事前に使用した煙を発生させた魔法薬。あれをあえて打ち消させることで、大男の魔力を使い切らせたのだ。そして、魔力打ち消しを使えないようにして、悠々と魔術を発動させたのだろう。
『フラン、今のを見て、こいつらを簡単に倒す方法を思い付いた』
(ほんと?)
『ああ。俺が魔術を使った後に、奴に空気抜刀術を放て』
(わかった)
奴らは魔力打ち消しに自分の魔力を使用する。それは分かっていたはずなのに、その現象を利用することに気付けなかった。これは俺のミスだ。
『行くぞ! せいぜい打ち消してみろや!』
俺は10発の魔術を同時起動させ、狙い通り全てを打ち消される。
「はぁぁ!」
そして、魔力を全て使い切ったドワーフの首と疑似狂信剣を、フランの空気抜刀術が斬り飛ばした。考えてみれば簡単なことだったのだ。俺の魔力量なら、多少効率は悪くとも、魔術のゴリ押しで魔力を使い切らせてしまえばよかったのである。
相手が何十体も居れば話は違うのだろうが、数体であれば俺の魔力が尽きる前に、相手の魔力を枯渇させることは容易だろう。
『はぁ。自分の鈍さに呆れていても仕方ない。まあ、今はガルスを探そう。反省は後だ』
「ん」
「なあ、この大男は儂が貰っても構わんよな?」




