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436 戦力


「でも、情報を繋ぎ合わせれば推測は可能よ。多分、100人は下らないでしょうね」

「何で分かる?」

「それはね――」


 盗賊ギルドは、ここ数年でアシュトナー侯爵家に雇われ、全滅したことになっている傭兵団をいくつか確認しているらしい。


「傭兵団が全滅するような案件、そんなに頻繁に起こるわけがないわ。ここ数年、この国は大規模な戦争は起こしていないもの。じゃあ、全滅した傭兵団はどこにいったのかしら?」


 これまでは、人間を生贄にした儀式等が疑われていたらしい。しかし今日の貴族街での騒ぎで、疑似狂信剣に操られた兵団のことが明るみに出た。しかも、兵士の詰め所を襲って自滅した洗脳兵士の中に、全滅扱いにされた傭兵団の構成員が混ざっていたらしい。


 これはもう確実だろう。盗賊ギルドが把握しているだけでも80人を超えるそうだ。そこに行方不明の冒険者などを加えれば、100人規模の人員が予想できる。


「気を付けなさい。ガルス師を救い出すのはかなり難しいわよ?」

「どうしてそんな情報を教えてくれる?」


 盗賊ギルドは正義の味方じゃないんだし、わざわざフランやベイルリーズ伯爵に肩入れする理由が分からない。言っちゃなんだが、アシュトナー侯爵と手を組んで、甘い汁を吸う選択肢だってあるんじゃないか?


「まあ、あたしらにとっても、この王都は失う訳にはいかない場所だからねぇ。冒険者ギルドが狩場としてダンジョンを保護して有効利用するのと同じように、盗賊ギルドはこの王都の裏側を守り、育ててきたのさ」


 長い時間をかけて盗賊なりのルールを定め、貴族や一般市民の隙間に入り込み、居場所を作り上げてきたのだろう。


 先程ピンクが言ったように、冒険者ギルドにとってのダンジョンや魔境。鍛冶ギルドにとっての工房や鉱山。それが盗賊ギルドにとっては王都なのだという。


「ここを失っても、今更他の都市になんざ移れやしない。そこにはすでに先住者がいるからねぇ。いや、上役だけならどうとでもなるだろう。でも、下の者は? スリや空き巣。娼婦に男娼。そういった者たちの多くは、借金奴隷に身をやつす以外に道はないのさ」


 王都にどれくらいの構成員がいるかは分からないが、全員が新しい職に就くというのが無理なのは分かる。


「前から少し怪しかったが、ここ最近のアシュトナー侯爵家は完全におかしい。交渉できるとも思えない。あれはダメだ」

「ダメ?」

「元々、野心家なのは確かなんだが……。ここ数年はもう狂ったとしか思えない。王都を火の海にしかねない危うさがあるのさ」


 つまり、彼らにとっても商売の相手にはなりそうもないうえ、暴走しているように見えるアシュトナー侯爵家には早々に、それこそ大事な王都が戦場になる前に退場してもらいたいということなんだろう。


「いや、もう多少の戦いは仕方ないだろう。だが、今なら貴族街だけで収まるかもしれない」


 さすが盗賊ギルド。強かである。


 盗賊ギルドはガルスのことを教えるために、フランの動きを追っていたらしい。どこかで接触を図るつもりだったそうだ。つまりフェイスの連絡がなくても、早々にフランに声をかけてきたことだろう。その過程でアシュトナー侯爵家の異常さも認識している。


「あたしらとしては表立って兵を動かすことはできないが、その他の面ではサポートさせてもらう。なに、報酬をせびろうなんて考えちゃいない。共同戦線といこうじゃないか。どうだい?」

『フラン、こいつらは嘘をついてない。完全に信用はできないが、協力はできると思う』

「ん。伯爵に伝える」

「時間がないんだろう? こちらから1人付けるから、そいつを伯爵に引き合わせてくれないかい?」

「わかった」


 離れた場所に待機させてあったらしい。5分ほどでやってきたのは、つるりとした頭の小柄な老人であった。眉毛も顎鬚口髭も白く長い。


 杖をつき、ローブに身を包んでいるところを見ると魔術師なのだろう。だが、腰が曲がっていて、戦闘が出来るようにはとても見えない。まあ、外見だけは、であるが。


 鑑定する前からその内に秘めた魔力を感じ取り、俺もフランも臨戦態勢だった。いつでもこの老人の攻撃に反応して、反撃できる間合いを保持する。


 魔力の強さだけではない。老人からは、強者特有の凄みのような物が感じられた。はっきり言って、王都で出会った人間の中で一番強いかもしれない。侮れないな、盗賊ギルド。


「ほう? 儂の実力を一見しただけで理解したか? さすが異名持ちということか。そこらの盆暗どもとは違うな」


 手に持った杖でカツンカツンと床を打ち、ブツブツと何やら呟く。気難しそうな老人だな。時おり白い眉の下からのぞく眼光も鋭く、とてもではないが好々爺とは言えない雰囲気だ。


「盗賊ギルドでも最強の人間さ」

「エイワースだ」


 年齢は73。そのせいで腕力や敏捷のステータスは低いんだが、暴風魔術がレベル3、大海魔術レベル2、氷雪魔術がレベル6、死毒魔術レベル5と、かなり高位の魔術師だ。土魔術や補助魔術まで使いやがる。いや、待てよ。エイワース? 聞き覚えがあるぞ。フランも覚えていたらしい。


「ディアスたちの仲間?」

「もしやディアスを知っているのか?」

「ん。フェルムスもガムドも知ってる」

「そうか。儂は竜縛りのエイワース。確かに奴らとは一時期パーティを組んでいたことがある」


 過去の仲間の話を聞いても、ニコリともしない。仲が悪いのか、そもそもこういう性格なのか。とにかく現れてからずっと仏頂面だ。


「あと、へんな秘密結社」

「秘密結社? ああ、もしや魔術ギルドのことか?」

「ん。うざかった」

「それはすまなかった。だが、あれも儂が作ったというだけで、すでに脱退している。今は幹部どもが好きにしているのだろう。まあ、もう興味もないが」

『フラン。本当だ』


 どうやら興味のあること以外はどうでもいいタイプの人間らしい。後始末をきっちりしろと言いたいぞ!


「元ランクA冒険者が、どうして盗賊?」

「その爺さん、元々は盗賊狩りをしてたのさ」


 なんと、数年前に王都に現れて、盗賊ギルドの構成員を襲っては、連れ去っていたらしい。しかもその理由が人体実験のためだ。


「昔は重犯罪奴隷を買っていたんだが、それだと高くつくうえに、いつでも仕入れられる訳ではない。しかし、無辜の民を実験台にする訳にもいかん。そこで閃いたわけだ。そうだ、盗賊を狩ろう、とな」


 野盗にとっては最悪の災難だ。だが、一般の人々にとってはありがたい話である。なのに全く尊敬の念が湧かないのは、エイワースが完全に自分の欲求を満たすためだけに行動しているからだろう。


「しばらくは普通にそこら辺の野盗を狩っていたんだがな」


 しかし、次第に野盗の数が減り始めてしまった。エイワースが狩り過ぎたことで、クランゼル王国で仕事をするのが危険だと、盗賊の中で情報が出回った結果らしい。


 その後エイワースは、山賊や海賊ではなく、都市内にも盗賊がいたということに思い至る。そして、盗賊ギルドの構成員を狙うようになったらしい。だが、盗賊ギルドとしてはたまったものではないだろう。


 結果、彼らはエイワースと交渉し、重犯罪奴隷や裏切り者を差し出す代わりに、盗賊ギルドの用心棒代わりに彼を雇うことに成功したそうだ。


「時おり敵を倒すだけで、好きなだけ実験台が手に入るのだ。楽な仕事だな」


 フランが顔をしかめている。エイワースに対して不快感を覚えたのだろう。いや、こいつに対して好意を持てという方が無理だが。


「ああ、言っておくが、実験台を殺したりはしておらんぞ? 少々中身を覗かせてもらって、その後はきっちり回復してから解放している。まあ、重犯罪奴隷は再度売り払っているが。どんな実験か知りたいか?」

「……別にいい」


 今は急いでいるからな。それに、フランは本当に興味がないらしい。フランにつれなくされたエイワースは、不満そうに眉をしかめている。


「ふん」

「はぁ。扱いづらい爺さんだが、戦闘力は申し分ない」

「……敵には魔力を打ち消して、魔術を封じる能力がある」

「なに? それは本当か?」

「ん」

「くくく。興味深い」

「いや、エイワース。いくらあんたでも、魔術を封じられたらヤバいんじゃないのかい?」


 ピンクがそう問いかけるが、エイワースの笑いは止まらない。せっかくの忠告も、爺さんの好奇心を煽っただけだった。


「くくく。構わんよ。それで死ねば儂が弱かったということ。それよりも、報告を受けた時からその剣とやらに興味が湧いていたのだ。儂の研究の一助になるやもしれんからな」


 魔術を封じられた状態でこの爺さんが役に立つのかと心配になるが、本人のやる気はマックスであるようだ。


「エイワース。やり過ぎるんじゃないよ?」

「善処しよう。まあ、相手次第だがな。くくくく」


 そうやって笑うエイワースの顔は欲望に歪み、完全に悪人の表情である。盗賊ギルド以上に信用できそうもなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あーこれ、シリーズ後半以降でラスボスとして降臨しそう
[一言] 情報だけ貰って、交渉してないやん。 煽って、殴っただけになっとる! フラン、恐ろしい子
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