435 盗賊ギルドとガルス
盗賊ギルドは最初からフランに注目していた?
「どういうこと?」
「まあ、まてまて。少し話をしようじゃねーか」
「無駄話をしている時間はない」
「じゃあ、無駄話じゃなければいいんだな? おい、オネスト」
「ほう? いきなり私で?」
フィストに話を振られたオネストが軽く目を見開く。どうやら驚いているらしい。そして、不審がっている。
「俺には荷が重い」
「それほど強いと?」
「……いいか? 絶対に敵対するな。死にたくなければな。俺の危機察知がこれだけ反応してるのは、百剣と向かい合った時以来だ」
なるほど。本来であれば強面のフィストが相手を脅しつけ、詐欺師のオネストが有利に話を進める流れなのだろう。だが、フィストは瞬時にフランの実力を悟り、武力による威圧を諦めたらしい。
「あー、お嬢さん。とりあえず茶でも用意させますので、どうぞお座りください」
「いらない。時間がないから」
「いやいや、良い交渉の席には、やはり美味しいお茶がなければ始まりませんから」
「無駄にできる時間はないと言った」
「は、はは。そうですか。いえ、あなたのような美しく、実力もある方とはぜひお近づきになりたいものでして」
オネストは髪を軽くかき上げながら、ニコリと微笑む。キラキラビーム放出中だ。地球だったらナンバー1ホストにでもなれたかもしれん。しかし、フランは表情一つ変えなかった。
「私の話を聞く気がないの?」
多分、オネストは女性相手の切り札なのだろう。確かにこのイケメンに微笑まれたら、大概の女性はのぼせ上がるだろうし、交渉も盗賊ギルドの有利に進むだろう。
だが残念だったな。うちのフランはイケメンなんかに興味はないのだよ! そもそも、遠回しな交渉なんかが通じるわけもない。特に今は気が急いている。相手が完全な味方ではないというのも大きいだろう。警戒している分、その対応は厳しくなりがちだ。
ここはやはり分体の出番かな。転移魔術で入ってきたとでも言えば、突然現れる言い訳にはなるだろう。
「ま、待ってください!」
チリッ。
オネストが声をかけてきた瞬間、まるで脳内に静電気でも走ったかのような不快感が俺を襲った。これには覚えがある。ウルムットのダンジョンで捕まえた、盗賊ソラスが所持していた強制親和を使われた時と全く同じだ。
多分、異性誘引のスキルを使ったのだろう。異性の注意を引くというスキルだ。
以前は気付かなかったフランも、スキルを鍛えた今ならハッキリと感じることが出来たらしい。目がスッと細まった。
円卓をトンと蹴って飛ぶと、フランを呼び止めるために腰を軽く浮かせた体勢のままのオネストの正面にドンと降り立つ。オネストを脅すためか、あえて円卓が軋む勢いだ。
そして、そのままその首に俺を突き付ける。上から冷たい目で見下ろされ、オネストは言葉を失う。代わりに声を上げたのは左右の2人だ。
「ちょ、ちょっと! お嬢ちゃん! 一体どうしたっていうんだい!」
「そ、そうだぜ! いきなり穏やかじゃないな!」
「……交渉中にスキルを使うのは穏やかなの?」
「!」
まさかスキルを使ったことがばれると思わなかったのか、オネストは顔面蒼白だ。しかし、ここでオネストは妙なプライドを発揮してしまった。大人しく謝るのがベストだと思うんだが、彼らのような人種にとって交渉の席で舐められる訳にはいかないのだろう。
「ここで、け、剣を抜くとは! 後悔しますよ!」
「……ほう?」
あー、やっちまったこの男。フィストに敵対するなと言われても、やはりフランの外見のせいで多少の侮りがあったのだろう。もしくは、幼いフランに突き放されたことを馬鹿にされたと感じたのか、自分の外見が全く通じずに悔しかったのか。
会話の主導権を取り返そうと、敵対的な台詞を口にしてしまった。
その直後、フランがオネストを睨みつける。まだスキルによる威圧は行っていない。だが、もうこいつらを敵認定する寸前だった。次のセリフ如何では首が飛ぶだろう。
壁の向こうにいる護衛たちにも、緊張が走っているのが分かる。壁ごしにフランの実力は感じ取れていなくとも、フィストの言葉を聞いて相手が圧倒的強者だとは理解しているのだろう。それでも戦えと命じられたらフランに襲いかからなくてはならない。下っ端の悲哀だぜ。
これはマズいんじゃないか。交渉は完全に決裂しそうだ。いや、交渉に入ってさえいなかったが。やっぱり最初から俺が出るべきだったかもしれん。
「まってくれ!」
「ぶべっ――?」
なんと、フィストがオネストの顔面を横から殴って黙らせた。錐もみ状態で吹っ飛んだオネストは、壁に激突して動かなくなる。胸が上下しているから死んではいないだろうが、商売道具の顔が結構酷い状態だ。
フィストはそのまま両手両膝をついて、必死に謝罪してきた。あとは頭を下げれば完全に土下座の体勢である。
「ま、まて! 今のはあいつが悪い! ちょっといつものクセが出ちまったんだ! 決してあんたと敵対しようだなんて思っちゃいねぇ! 済まなかった! だから、座ってくれ!」
フィストとオネストは一応同格っぽかったのに、いいのか? ピンクも、突然の事態に驚いているようだ。
「ちょ、フィスト。あんた何やってるの? あとでオネストの組と揉めてもしらないわよ?」
「うるせぇ! ここで皆殺しになるよりましだ! 実物を見て分かった。噂は本当だ!」
フランに暴れられるよりは、後々オネストと揉めた方がマシだっていう判断なのだろう。それにしても皆殺しって……。どんな噂を聞いているのか分からないが、かなりフランを恐れているようだった。
「だいたい俺はこんなスキル以外に能がない女衒上がりを幹部にするのは反対だったんだ! あああ! ちくしょう!」
「……あんたがそこまで取り乱すとはねぇ……。はぁ。仕方ない。男どもは使いもんにならないし、あたしが話をさせてもらうよ。あと少しだけ、辛抱してくれないかい?」
フィストの態度からフランの危険性が分かったはずなのに、ピンクはニコリと笑って話しかけてきた。フランも、オネストの惨状を見て溜飲が下がったのだろう。俺を納めて頷いた。
「……わかった」
「ありがとう」
ピンクが再び椅子に腰かける。フランは円卓からは降りたものの、立ったままだ。ピンクは完全にフランに生殺与奪を握られているはずなのだが、恐怖の色はない。幹部の中で一番肝が据わっているのは、間違いなくこのピンクだな。
「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうけど、ガルス師はオルメス伯爵邸にはもういないよ」
「! どういうこと?」
「ふふ。ようやく興味を持ってくれたわね。まあ、ガルス師とうちは少しだけ関係があってね」
ピンクがなぜフランとガルスを結び付け、その情報を教えてきたのか、軽く説明してくれる。
元々、盗賊ギルドはガルスに借りがあったらしい。
「大昔、はねっかえりが王都に持ち込んだ召喚の魔道具が暴走しかけてね。危うく王都の中に脅威度Dの魔獣が大量に解き放たれかけたことがあったのよ」
その現場に居合わせ、魔道具を破壊して召喚を止めたのがガルスであったらしい。
「いくらあたしらがお目こぼしをもらってると言っても、王都の中で魔獣を召喚したなんてことになればそうも言ってられないからねぇ。組織ごと潰されていただろうよ」
そのことから、盗賊ギルドはガルスに大きな恩があったそうだ。そして、アシュトナー侯爵家にガルスが軟禁されていることを知り、接触を図ったという。
「盗賊ギルドの人間が、侯爵のところにいるの?」
ベイルリーズ伯爵家の精鋭でも捕らえられたのに? だが、そこはさすがに盗賊ギルド。一日の長があるらしい。
「そこかしこにいるあたしらの耳目はね、自分が盗賊ギルドに協力しているだなんて思っていないのさ。普段は真面目に働いて、時おり小遣い稼ぎに情報を売る。そんだけのことさ。だから、その耳と目が潰されても、あたしらにはたどり着かない」
「なるほど」
「で、そんな奴らの手引きがあれば、忍び込むのはたやすい。いや、手引きなんて上等なもんじゃなくて、見回りを少しだけ不真面目にやってもらうだけで十分なのさ」
そうやってガルスと接触した盗賊ギルドが彼に頼まれたこと、それが軟禁中に密かに作った剣の鞘を複数のオークションに出品する事であった。
「借りがあるからねぇ。断れなかったのさ。ま、鞘以外に何点か、出来の良い武器を卸してもらったけどね」
なんと、師匠の鞘と銘打たれた商品は、いくつかのオークションに出品されたらしい。万全を期して複数出品していたのだ。まあ、何も知らなければあの暗号にすぐに気づくことはないだろう。気づいても、意味が分からないだろうしな。
盗賊ギルドの人間を使ってフランに伝言を頼めばいいと思ったんだが、それだとフランが信用するかどうかも分からない。それ故、あんな回りくどい方法になったそうだ。
そして、あの鞘を積極的に落札したのがフランだけであったそうだ。盗賊ギルドは全ての鞘をきっちり監視していたんだろう。
それにしても、軟禁状態で鞘をいくつも作る事なんてできるのだろうか? そう思ったが、腕がなまらないようにとガルスにはそれなりの工房が与えられ、好きに武具を作っているらしい。
「じゃあ、ガルスは無事?」
「そうとも言えないようね。定期的にガルス師と接触している人員からの報告だと、どうやら食事に微量の魔薬を混ぜられているようで、最近では少々その影響が出始めているそうよ。時おり会話にならないことがあるそうだから、無事とは言い難いねぇ」
「……そう」
「あと、時々半ばから折れた妙な魔剣を握らされるそうだよ。すると自分の意思とは関係なく、体が動いて、鍛冶仕事をさせられるんだとか。正直言って、魔薬で壊されたせいで幻覚を見てるんじゃないかと思ったんだがね。一応その魔剣とやらについてはこちらでも調べたけど、正体は分からなかった」
魔薬で精神支配を受けやすくし、あの半壊魔剣によって操っているのだろう。状況証拠的に、あの折れた剣が狂信剣ファナティクスの可能性は高いが、まだ確定じゃないんだよな。
どうやらハムルス達のような戦闘に使う手駒の場合は、完全な魔薬中毒にして精神を破壊しているようだ。
だが、ガルスのようにスキルや知識が必要な場合は、投与する魔薬の量を調整して意識や理性を残しているに違いない。職人の腕っていうのは、単に技術だけに留まらないからな。
「で、つい先日、その身柄がある場所に移されたらしい」
「ある場所?」
「今は無人となっている旧アルサンド子爵邸の地下だと思うんだけど、よく分からないんだよねぇ」
「アルサンド子爵?」
『虚言の理を持ってた、馬鹿貴族だよ』
そういえばそんな奴もいたな。父親のオルメス伯爵の館がアシュトナー侯爵に利用されているんだ。アルサンド子爵の館も利用されていておかしくはないだろう。
「どういうこと?」
「まず前提として、ガルス師が今まで軟禁されていた部屋から連れ出されたところまでは確認が取れている。そして、アシュトナー侯爵邸、オルメス伯爵邸とオルメス伯爵別邸。ここには盗賊ギルドの耳目が入り込んでいるが、ガルス師の姿は確認されていない」
「ん」
「つまり、それ以外の場所に移された可能性が高いってことだ」
「それが、その地下部屋?」
「ああ。広い空間があって、人間と思われる気配が大量にあることは確認している」
「敵の兵士?」
「多分ね」
疑似狂信剣を作るための拠点なのかもしれない。だとしたら、相当数の戦力がそこにはいるだろう。
「でも、その地下空間への入り方が分からないそうよ。どれだけ探しても、その地下空間へ出入りするための道がない」
空間転移で出入りするのか、上手く隠蔽した隠し通路があるのか。
「そんな場所がある事、どうやって調べたの?」
「ふふ。ネズミはどこにでも入り込むということよ」
さすが盗賊ギルド。そんな秘密拠点にまでスパイがいるのか!
「正確な兵力は?」
「そこはごめんなさい。ネズミに数は数えられないから」
なんと、さっきのネズミ云々は比喩表現ではなく、本当に鼠を使役しているという意味だったらしい。いくら秘密の地下空間でも空気穴などが存在しているようで、ネズミであれば入り込めるらしかった。
「でも、情報を繋ぎ合わせれば推測は可能よ。多分、100人は下らないでしょうね」




