433 仕事という沼
冒険者ギルドのカウンターに並ぶこと5分。すぐにフランたちの順番が回ってきた。
「おや、黒雷姫に鉄爪かい。異名持ちが揃ってどうしたんだい?」
「ギルマスに用事があってきたんだが、居るか? 緊急の用件だ」
「まあ、居るにはいるけど……。まともに話ができるかどうかは……」
ステリアはなんとも言えない目でフランを見る。なんだ?
「まあ、執務室にいるから行ってみたらどうだい? 場所はもう分かるだろ?」
「勝手に行っていいの?」
「取り次ぎしたって、あの状態じゃ断られるだろうしね。何か重要な用事なんだろう?」
「ん」
「だったら、直接話を持って行った方がいい。ただ色々と切羽詰まってるから、あまり刺激しないでおくれ」
「切羽詰まってる? ああ、オークションの処理で忙しいってことか?」
「馬鹿! 鉄爪の馬鹿! そんな簡単な話じゃないんだよ! いいかい? くれぐれも怒らせるような真似はするんじゃないよ? こっちにもとばっちりが来るんだからね!」
「お、おう。分かったよ」
どうやら仕事が忙しすぎてエリアンテが追い詰められている状態のようだ。前回来た時も書類の処理に追われているようだったが、さらに酷いことになっているのかもな。
ステリアのお言葉に甘えてギルマスの執務室へと入らせてもらう。すると、そこには書類の山に埋もれて、呻いているエリアンテの姿があった。
目が死んでいる。そんなエリアンテを見ていたら、まだ地球で会社員をしていた頃の事を思い出してしまったぜ。決算期、終電を逃して一晩中資料作りを続けたのに、元にした資料が昨年のものだったと判明して絶望した、あの日の俺と同じ顔をしている。
「あー、誰……?」
「ギ、ギルマス? 大丈夫か?」
「コルベルト? 何の用? 見ての通り、無駄話をしている余裕なんかないんだけど?」
「その、相談と報告があってきたんだが……。ほ、ほらフラン嬢ちゃん。ギルマスに話があるんだろ?」
あ、こいつ! エリアンテの迫力にビビッてフランに投げやがった!
「フラン……?」
「ん」
エリアンテの目がフランに向く。その直後、その表情が激変した。目をカッと見開き、その場で勢いよく立ち上がる。
「フラン! フランあんたっ! あんだけ頼んだのに!」
執務机に勢いよく手をついて、叫んだ。血走った目が怖い。
「ん?」
「あんなに騒ぎを起こさないでって、頼んだじゃない~!」
やばい。今度はその場で泣き崩れた。情緒が不安定すぎるんだけど!
いや、気持ちはよーく分かるけどね。だがすぐに泣いてたって仕事は減らないと悟るのだ。まあ、エリアンテはまだその域には達していないようだが。
「騒ぎ起こしてない」
『うん。俺たち自身は騒ぎを起こしてないな』
事件に巻き込まれはしたけどね。多分、エリアンテは現場にフランがいたという情報を掴んでいるのだろう。
「まず、地下道! 地下道で何かあったでしょ! 怪我人が大量に出て大騒ぎだったのよ!」
「ん。地下道で襲われた」
「やっぱり関係あるんじゃない! じゃあ、宿屋は? あなたが泊ってたはずの宿が爆発炎上した事件は? どうなの?」
「あれも、襲われた。地下道で襲ってきたやつと一緒」
「あー! やっぱ関係あった!」
関係はあるが、フランは被害者だ。進んで騒ぎを起こしたわけじゃないんだけどな。
「もしかして、貴族街の公園でも何かあった? 植物が枯れちゃって、これも騒ぎになってるんだけど?」
「ん。襲われた」
「やっぱりねー! どうして襲われるのよ! あなたが襲われたせいで、私の仕事が倍増なの! 3件の事件で仕事が4倍よ!」
理不尽な。どうして襲われるのって言われても分からんよ。まあ、今のエリアンテにまともな判断ができるとも思えないし、怒りの矛先を無差別に向けているだけだとは思うが。仕事の沼にはまり込んだ人間に、正常な思考力など残ってはいないのだ。
「緊急依頼は倍増するし、冒険者への謂れのない抗議もひっきりなしにくるし、冒険者ギルドに関係ないことまでなんで怒られなきゃいけないわけ? 王都内の騒ぎだったら騎士団に文句言いなさいよ!」
エリアンテが半泣きで叫ぶ。
「それで、歩くトラブル製造機の黒雷姫様が一体何の用ですか~?」
「貴族街で襲撃された」
「ま、また! またなの! なんでよ~!」
あー、もう完全に泣きだしてしまった。仕事がさらに増える未来を想像したのだろう。コルベルトもこのままでは話が進まないと感じたのか、再び口を開いた。
「あー、そのだな。そこでかなりの被害が出てな。戦力の補充のためにも、冒険者を雇いたいんだが?」
「そんなに大きな戦闘があったの?」
「ああ、実は――」
コルベルトが事の経緯をざっと説明していく。するとエリアンテの表情が引き締められた。テンパっていてもさすがはギルドマスター。
「つまり、ベイルリーズ伯爵の別邸が、アシュトナーの馬鹿に襲撃されたと。その仕返しに、オルメス伯爵の別邸の査察にかこつけて、アシュトナーの馬鹿もやってやろうって事?」
「まあな。雇い主はそれを狙っている。表向きはオルメス伯爵邸への立ち入り捜査。だが、確実にアシュトナー侯爵家とも戦いになる」
「で、そのついでにガルス師と、ベイルリーズ伯爵の娘も救出すると……」
「あんたも、アシュトナー侯爵家には思う所があるだろう? あそこは冒険者を使い捨ての道具としか思っていないしな。俺も昔、依頼料の支払いをごねられたことがある」
「当然! 奴らのせいで、どれだけの冒険者が被害にあってきたことか……。セルディオ・レセップスのせいで評判も下がったし……。ついにあのクソ侯爵の最後って訳ね?」
エリアンテが暗い笑みを浮かべている。アシュトナー侯爵が捕らえられた姿を想像しているのかもしれない。
「ああ。それでどうだ? 冒険者に密かに依頼を出したいんだが」
「うーん。それは構わないけど、どれだけの者が受けるかしら? 侯爵家と事を構えるなんて、割に合わないじゃない? しかも、大っぴらに集められないとなると、高ランカーにこっそりと話をするだけになるわ」
「分かっている。だからこそ、依頼料が高めなんだ。それと――フラン嬢ちゃん」
「ん」
コルベルトの視線を受け、フランが伯爵邸を襲撃した剣士たちのうち、冒険者だと思われる者たちの遺体を取り出す。それを見たエリアンテの反応は素早かった。
「それはっ! 行方不明になってたうちの冒険者たちじゃない!」
「襲撃者に加わってた」
「どうやらアシュトナー侯爵家には人間を洗脳して操る技術があるらしくてな。こいつら以外にも、ベイルリーズ伯爵の配下なんかも襲撃に加わっていた」
「……詳しく話を聞こうかしら? この剣や、相手の詳細についてもね……」
エリアンテが本気で話を聞く気になってくれたらしい。ここで冒険者の遺体を引き渡すことは、予めコルベルトと打ち合わせてあった。
ギルドも、配下の冒険者が捕らえられ、操られていると分かれば確実に協力してくれるだろう。場合によっては彼らの関係者の中に、復讐を目的に依頼を受けてくれるものが現れるかもしれないのだ。
コルベルトの話を聞き終わったエリアンテは、怒りの表情を浮かべている。
「いいでしょう……。アシュトナーに、誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやるわ! いつまでに冒険者を集めればいい?」
「2時間後に、ここに迎えをよこす」
「分かったわ。それまでに戦力を集める。ベイルリーズ伯爵は元々冒険者びいきで有名だし、あんたの名前も出せばそれなりに人が集まるでしょ」
「よろしくたのむ」
「じゃあ、よろしくたのむ」
「ええ、こちらこそ」
エリアンテと握手を交わして部屋を出ようとしたフランたち。だが、その背にエリアンテが声をかけた。
「ちょっと待ちなさい。戦力が必要なんでしょ? 私に当てがあるわ」




