432 失伝
ベイルリーズ伯爵の命を受けたフランたちが冒険者ギルドに足を踏み入れると、今日もそれなりに賑わっていた。高ランク冒険者用のレーンにも数パーティが列を作っている。
貴族街の騒ぎで町は騒然としているのに、冒険者たちはいつも通りだった。自分たちには関係ないと割り切っているのだろうか。
実際、平民たちも往来で不安そうに話をしているだけだったしな。
フランはすぐにでも受付に突進しようとしたが、それを止めたのはコルベルトだ。
「下手に揉め事を起こせば余計に時間がかかる。それに、ここで騒げば冒険者たちの心情も悪くなるだろう。普通に並ぶぞ」
「……わかった」
レーンに並ぶ間、焦燥にかられたフランを落ち着かせるためなのか、コルベルトが雑談を振ってくる。
「フラン嬢ちゃんは、武闘大会の後どうしてたんだ?」
「ん? クローム大陸の獣人国に行った」
「ほう? 船の護衛依頼か? それだったら俺も何度か受けたことあるぞ?」
船の護衛依頼で行く場合は、港町から外に出ずに戻ってきてしまうらしい。そのため、何度か行ったことはあっても、あまり詳しくはないそうだ。
「だから、意外と詳しくは知らないんだよな」
「私は獣人国の黒猫族の村に行ったりした」
「じゃあ、王都にも行ったりしたのか?」
「ん」
「へえ! どうだった? 美味い食い物とか、面白い場所とかあったか?」
「たくさんあった」
興味津々のコルベルトに対してフランが、獣人国の料理や景色の話をしてやる。語れない話も多々あるが、幸いコルベルトの興味は風土的な部分に集中していた。
料理が趣味のコルベルトは、獣人国の料理が特に気になるらしい。フランを通していくつかのレシピを教えてやると、メチャクチャ喜んでいた。
他にも、ウルシの背から見た獣人国の景色などに一々感心している。
「いいなぁ。俺も獣人国に行きたくなったぞ。美味い食べ物に、見たことのない景色。これが旅の醍醐味だよな~」
「ん!」
この2人、実は気が合うのだ。バルボラで初めて出会った時からそうだった。波長があうというか、精神年齢が近いというか、感動する物事が似ているらしい。
獣人国の話をあらかたし終えたフランは、今度はコルベルトに質問をする。実は俺も気になっていることがあったんだ。でも、コルベルトに聞いていいものかどうか。デリケートな問題だからな。
だが、フランはその質問をあっさりと口にする。
「コルベルトは破門されたの?」
「ぐっ……」
うん、フランが空気を読まずにこの質問をするの、実はちょっと期待してた。
コルベルトは以前、デミトリス流という武術の一派に所属していた。詳しいことは分からないが、そのデミトリス流には皆伝の認可を受けるための試練があるという。
特殊な魔道具で力を封じられた状態でランクA冒険者になるというものだ。凄まじく難しいと思うけどな。だって、能力が封印された状態でランクA並の力を手に入れるんだぞ? 本気を出したらランクSクラスになるってことじゃないか。
皆伝を授けるつもりがないんじゃないかと思う程である。
そして、この封印はいざという時には本人の意思で解除が可能なのだ。本来は人助けであったり、命の危険が差し迫っている時などの緊急事態にのみ許されており、私欲のために封印を解除した場合は破門になるらしい。
しかし、コルベルトは武闘大会で封印を解除してしまった。フランに勝つために。これは完全に私欲での使用に当たるだろう。
噂通りであれば、破門されていなければおかしいんだが……。
「どうなの?」
「……よ」
「ん?」
「破門されたよ!」
おお、まじで破門されていたのか。今まで楽しそうだったコルベルトの表情が一変して、暗い顔で肩を落としている。こいつ、もしかして泣いてないか?
「うぅ。そりゃあ、覚悟してたけどさ。やっぱり本当に破門されるとさ……」
「破門されると、どうなるの?」
「どうって、そりゃあ破門されたんだから、デミトリス流武技が使えなくなったさ」
「? どういうこと?」
破門されたからって、今まで修行してきたことがゼロになるわけじゃないだろう。皆伝とまではいかなくても、スキルは残るはずだし、自力で修行すればデミトリス流武技のレベルを上げることだって可能になるんじゃないか?
いや、実際にデミトリス流武技は鑑定しても見えないんだが、封印状態ってだけじゃない?
それとも、師匠であるデミトリスに義理立てして、武技を魔道具で封印する決意をしたってことか?
もしくはデミトリス本人じゃないと伝授できない奥義的な物があるとか? いや、だとしても使えないということにはならないと思うんだけどな。
「デミトリス流をはじめとした神に認められし武術流派には、開祖とその正当後継者にだけ受け継がれる特殊なスキルがあるんだ。その名も『失伝』。この世で流派の長だけが使えるスキルだ」
「失伝? どんな効果なの?」
「スキルの効果はただ一つ。その流派に属する者の持つ武術、武技スキルを消し去るというものだ。デミトリスの持つ『失伝・デミトリス流』を使えば、対象者の所持していたデミトリス流を消失させる効果があるんだ」
「コルベルトもそれを使われたの?」
「破門されたんだから当然だ」
さすが異世界。破門されたらスキルその物を消し去られるとは。
「じゃあ、コルベルトは弱くなった?」
「はっきり言ってそうだな。いや、封印状態は解除されているからステータスは上昇しているんだが、スキルがな……」
襲撃のときにデミトリス流を使わなかったのは魔力打ち消し効果など関係なく、単にスキルを失ったせいであるようだった。
「他の流派に入門する気にもなれないし、地道に拳聖術、拳聖技を磨くとするさ」
「頑張って」
「おう」
フランの励ましに、コルベルトは良い顔で笑い返す。
実のところ、恨み言を言われる可能性も少し考えていたのだ。逆恨みだが、フランとの戦いが原因の一端であることは間違いないわけだしな。文句の一つでも言いたくなるのが人間の心理というものだろう。
しかし、コルベルトにはフランに対して含むところが一切ないようだ。コルベルトは善いやつだよな。フランが懐いているのも、そのへんを敏感に感じ取っているからなのかもしれない。
「まあ、そのうちフラン嬢ちゃんをぶっ倒せるくらい強くなるからよ」
「ん。楽しみにしてる」
「へへへ。期待しててくれ」




